【1-13】兄弟の情報

「そういえば、王都に着いたらリアムとはお別れしなくてはならないのでしょうか?」


 心強い友人を手に入れたことで思考に余裕ができたキリエは、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。夜霧の騎士に今回与えられた任務は、「キリエが本当に次期国王候補の一人であるのか確かめること」と「キリエが次期国王候補だった場合には王都まで連れてくること」だと思われる。キリエが王都へ到着したならば、彼の任務は終わり傍を離れてしまうのかもしれない。せいぜい、王家の元へキリエを案内してくれる程度だろうか。それは少し寂しい。


「どうでしょ……、いや、どうだろうな。おそらく、俺はこのままお前の側近になる流れだと思う。それは、あまり好ましくない展開なんだが」


 つい敬語が出そうになったのを抑え、リアムは苦みを含んだ口調で言う。キリエは銀眼を瞬かせた。


「好ましくないのですか? ……それは、君が僕にはあまり関わりたくないという?」

「違う。王都の中で誰よりもお前の味方になれるのは、俺だ。お前を支えていくために、俺がキリエの側近に選ばれるというのは、ある意味では好ましい。だが、次期国王選抜においては立場が弱くなるだけだ」

「僕は国王になりたいわけではないので、選抜で弱くてもよいのでは……?」

「力を持たない人間の言葉に耳を傾ける者は少ない。キリエが挑む戦いが国王の座を目指しているのではないのは分かっているが、国の流れを変えたいのであれば発言力はどうしたって必要になる。各候補者たちは、側近として有力騎士を傍に置き、その他に支援者として有力貴族を囲い込んでいるんだ。支援者が皆無で、側近が没落貴族の末裔となると、キリエは信じられないくらいの最弱ザコということになる」

「信じられないくらいの最弱ザコ……」


 育ちの良さと口の悪さがちょうどいい塩梅で放たれた言葉を、キリエは思わず反芻してしまう。そんな信じられないくらいの最弱ザコを支えようとしてくれているらしいリアムは、いたって大真面目に頷いた。


「順を追って話をしていこうか。──まず、次期国王候補様方のことから。お名前くらいは知っているか?」

「はい。えぇと、一番上の方から順に、マデリン様、ライアン様、ジェイデン様、ジャスミン様、でしたよね」

「そうだ。キリエにとってはご兄弟にあたるわけだから、敬称はいらないだろう」

「兄弟……、さすがにまだ実感が湧きませんね」


 キリエにとっての兄弟は、現時点ではまだエステルたちだ。青年の苦笑につられたのか、リアムも眉尻を下げて笑った。


「ご兄弟といっても、キリエも含めて皆が同じ年にお生まれになっている。マデリン様とライアン様に至っては、一週間しか差が無い。とはいえ、長子は長子であると……まぁ、マデリン様は強くこだわっていらっしゃる」


 彼の語り口から察するに、リアムはマデリン王女があまり得意ではないのだろう。今までは名前を知っていれば十分という雲の上の存在だった王子王女たちのことが気になってきて、キリエは純粋な興味をぶつけた。


「王女・王子の皆さんは、どのような方たちなのですか? みんな同じ歳ということは、仲が良かったりします?」

「そうだな……、それぞれ個性が強い方々なのは確かだ。先代国王陛下は四人の奥様を迎えられたが正妻をお決めにならず、それぞれとの間に一人ずつお子様を授かった。──そういう背景があるからか、ご兄弟の間にもどこか緊張感が漂っているな。ジェイデン様とジャスミン様はそれなりに仲が良さそうだが」


 リアムは数を数えるように一本ずつ指を折りつつ、兄弟四人についての印象を更に語ってゆく。


「マデリン様は、先ほども言ったように長子であることにこだわり、ご自身が一番手であることに執着されている。国王の座を最も強く狙っているのは、マデリン様だろう。実際に、支援者の囲い込みも露骨なほどに積極的だ。ライアン様は冷徹な傾向があり、選民意識が高い。マデリン様ほど表に出されてはいないが、次期国王の座を強く意識されているだろうし、キリエとは対極的な考え方の御仁だ。私腹を肥やしたい有力貴族の多くが支援についている。ジェイデン様は……よく分からない。一番個性的な方だろう。上流貴族との遊びに没頭しておられるかと思えば、お一人で勝手に王都をふらふら回っていらっしゃることもある。王都を出て一人旅をしようと画策し、側近に全力で止められていたこともある。あの御方については、本当に何もかもがよく分からない。ジャスミン様は、良くも悪くも可愛らしい姫君だ。次期国王選抜には全く興味を示されていないが、母君が隣国──アルス市国の姫ということもあり、地味に支援者は多い」

「アルス市国……、よく、あの謎の国から嫁入りしていただけましたね」


 ウィスタリア王国がある中大陸は、もともとは全土がひとつの国──要は中大陸まるごとウィスタリア王国だったのだが、百五十年ほど前に起きた革命と戦争の影響で一部地域が独立国家となり、アルス市国とモンス山岳国という隣国が生まれたのだ。休戦協定を結んではいるものの国交は無いに等しく、隣国に関しては謎に包まれている。


「ジャスミン様をご出産なさった後は単身でお国に帰られているし、ご結婚のいきさつはよく分からない。ただ、奥様の方から強い求愛があったが、そのあと急激に冷めたらしいという噂話はある。所詮は噂話だがな」

「なるほど……」


 こくこくと頷いたキリエは、今までの話を脳内で整理する。その中で不意に気になったことがあり、それを素直にリアムへぶつけた。


「あの……マデリンさんは、一番であることに拘るのですよね? それなら、側近の騎士にリアムを欲しがったのではないのですか? 剣の腕はリアムが一番なのでしょう?」

「言っただろう、没落貴族の騎士に価値など無いと。王都では特に、地位や名声が物を言う。俺に利用価値は無い。だからこそ、どのご兄弟からもお声が掛からなかったし、それは当然のことだ。──それに、マデリン様は側近として『騎士団一の男』を選ばれている」


 キリエにとってのリアムは、かけがえのない友人であり英雄だ。そんな存在が蔑ろにされているのは悲しいし、少々腹立たしい。キリエは納得がいかない顔で、リアムに問い掛けた。


「騎士団一の男……、その人、強いのですか?」

「弱い」

「……えっ、そんな、即答するほど?」

「剣の腕だけに絞って言えば、十人中九人がザコと断言するだろうな」


 不本意に感じているという気持ちを隠そうともせず、リアムは虚空を睨み付ける。


「能力は無いが、親の権力は非常に強い。──正義の集団だと信じていた王国騎士団も、結局は汚れた忖度に左右されているということだ」

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