守巫屋のパムと、カワウソのペコ

草詩

第1話「守護精霊のカワウソくん」

「お父ちゃん、なんで今洗い物出すの」


 私の追求に、お父ちゃんは仏頂面のまま髭を弄っていた。お客さんはお父ちゃんの厳つい顔でこれをされると怖いらしいけど、私はこれが子供のするような誤魔化しだって知っている。


「昨日寝る前に気付いたんだ。しょうがねぇだろ」

「しょうがなくない。毎回言ってんじゃん。洗濯日は昨日。一週間それどうするの」


 お互いを挟んだ木製テーブルの上には、煤と油で汚れた大きな厚手の布地が広げられていた。

 多分、作業の時に敷いていたクロスを何処かに丸めて押し込んでおいたんだ。そんでお父ちゃんはすっかり忘れて、よりにもよって週一の洗濯日が終わってから出して来た。


「パムやっといてくれ」

「やっといてくれじゃないよ。今日が何の日か忘れたの!?」

「あー、あれか」

「大事な日なんだから、自分でやって」


「どうやるんだ?」

「灰汁玉、はもう売ってないかも。なかったら最悪暖炉の残った灰でもいいや。一回煮たてて濾して、桶に溜めてつけといて」


 私はお父ちゃんを放置して出かける準備を進める。今日は大切な日で、暇じゃないのだ。

 今日は水の週の精霊感謝の日。そして16歳誕生周期の私にとって、生涯を共にする守護精霊との契約日でもある。聖王国民にとって重要な日だ。洗濯なんてやってらんない。


「なんだ面倒くせぇな」

「お父ちゃんが面倒臭くしたんでしょ!? 私神殿行くから、あとでね」

「おう。良い守護精霊だと良いな」

「祈ってて!」


 私は軽食をつめた肩掛け鞄を手に家を出た。人と共に生きる守護精霊は全て良いもの、だけど。

 家業がある身としてはどうしたって向き不向きがある。大精霊様、どうかお父ちゃんの跡を継げるような特性を持つ精霊をお願いします。


~~~


「で、なんだその。けったいな色したのは」

「……私の、守護精霊」


 その日の夕暮れ時である。昼食をすませ、神殿でのお祈りその他を終えた私は、契約した守護精霊を伴って帰り着いていた。

 誕生周期なのもあって、お祝いのため近所のおばさんやら多くが集まる中、広場に通された私である。


「えっと、ぼてっとした精霊様だね?」

「すらりとしているような気もする」

「こういうの、ブサ可愛いって言うんだろ?」


 皆から注目されて言いたい放題だった。私は言われて、横にちょこんと立っている守護精霊を見る。きゅい? という鳴き声で首を傾げるその子は、後ろ脚で立って私の腰ほどの大きさだ。

 頭が平たくて、胴体が長くて、手足が短くて。細長くぼてっとしていて尻尾が長くて太め。おまけに全身を覆う体毛はピンク色。


 守護精霊は多くの場合自然界に生きる命と同じ形を取るって聞いてきた。幼い頃はあれこれ妄想をして、大精霊やら王家のような竜とか。

 かっこいいの可愛いの、それらと冒険を繰り広げる自分を思い描いていた。


 人によっては守護精霊の影響で髪色が変わると聞いて、綺麗な金髪を夢見た時期もあったっけ。今はちょっと、変わって欲しくない感じである。


「で、パム。そいつは何て動物で、特性は?」

「このあたりでは見ないけどカワウソっていう動物だって。本来はピンクじゃないって言ってた。特性は、水と土の複合」

「決まりだな」


 ああ、その先は聞きたくない。私は、俯いてズボンを握りしめてしまう。


「細腕を補えるゴーレムタイプでもない。俺みたいに焼き入れを刻める火特性でもない。お前は、俺の跡は継げねぇ。大人しく嫁修行だ」

「……できるもん!」


 咄嗟に言ってしまった。事前にお父ちゃんとそういう約束をしていたのに。我慢出来なかった。


「私が、お父ちゃんの技を一番知ってるもん。今から他の人雇って修行させるなんて無理だもん!」

「なに我儘言ってんだ。そう決めてただろが!」

「守護精霊が向いてないからって出来ないなんて決めないでよ!」

「水と土でどうやって火の技を受け継ぐんだ!」


 全くもってその通りだった。お父ちゃんの守護精霊は火のゴーレム。私の子は小さな体躯で水と土。でも、でも。話し合いの時から感じていたことが、どうしても引っかかっていた。


「どうせ、どうせ。お父ちゃん、ほっとしたんでしょ! この子じゃなくてゴーレムだとか火特性でも、私に継がせる気あったわけ!? この子じゃなかったら喜んでくれた!?」


 私は多分、心の何処かで“これなら家業を継ぐことに文句ないよね?”と言えるくらい後押ししてくれるような守護精霊を望んでいたんだ。そういう運命があってくれると信じていた。でも、違った。


「それは関係ねぇだろ!」

「あるよ! だって、私が家業を継ぐのに賛成ならどんな特性だって出来ることや応用を考えるじゃん!」

「はい、そこまで!!」


 私とお父ちゃんの言い合いはもっと大きな声と、鳴らされた銅鑼で止められた。親子揃ってそちらを見れば、集まったご近所の皆さんやらを前に、おばさんが仁王立ちして銅鑼を構えている。


「まったく、皆の前で何やってんだい」

「あ、ああ。すまんすまん」

「ごめん、おばさん」

「ま、今後を決める一大事だからね。わからんでもないよ。ただ、守護精霊は王国民にとっては大事なパートナーであり、大精霊様が遣わしてくれた守護者なんだろう? 見てごらん」


 言われて、おばさんが示した方向を見やる。私の隣、守護精霊であるピンクのカワウソは二足で立ったまま俯いていた。

 きゅーんと長く鳴く声が、契約で繋がっているからか私には“僕じゃない方が良かったの?”と意味となって届く。


「ご、ごめん。そうじゃないから!」

「同盟出身の私にゃわからんけど、こうやって実体化させられるって強い繋がりなんだろ? 大事にしてやんなよ」

「そうだな。俺のゴーレムは装具がないと実体化はさせてやれんからな。そいつはきっと強い子だ」


 そうなのだ。普通の人は契約出来ても実体化の維持はなかなかできない。そして、そういう人のため守護精霊の身体や補助する装具をつくるのがお父ちゃんの仕事。私のしたい、仕事だ。


「じゃぁ継いでも良い?」

「そうは言ってねぇ」

「その話はあとでしな。今はパムちゃんのお祝いだろ。皆も料理を前に待ってるんだ。いい加減にしな」


 全くもってその通りだった。精霊感謝の日は持ち回りで御馳走を用意してご近所で食べる習慣だけど、今日は誕生周期の私が居るので私が主役である。それも守護精霊との契約日、特別だ。


 皆が持ち寄った豪勢な大皿料理が4つのテーブルに並び、多くの人がそれらを前に待っている。手にしたエールやリンゴ酒の杯もそのままに。


 私とお父ちゃんは皆に謝りつつ、テーブルへと向かった。ひとまずは楽しくやろう。そうじゃないと、皆に悪い。お父ちゃんとの話はその後だ。

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