Le 24―25 juin 1284

後日談と未来談

 妖精たちとの戦闘は決着が着いた。

 もっとも、スミエ自身がもたらしたわけではないハーメルンの建物損壊などは取り消せばいいというわけでもなく調整も難しいためほとんど手作業での修復となり、当然死者も戻ってはこなかった。

 そして、市は笛吹き男事件を受けての対策会議を開始することになった。トーナメントを見学した王侯貴族も事件に巻き込まれたので、ただでは済まなかったのだ。


 後日の夜。


 いつかパリで修行したときのような星空の下。クロードは胡座をかいて戦友に報告していた。

「おまえは争いを嫌っていたのにな」

 建物に挟まれた墓地の一角。

 目前には二つ並んだ、荒削りなまだ仮の墓石がある。ピエールとセシールのものだ。

「結局、方向は望みと反対になりそうだよ。おれたちも当事者として会議に参加はできるそうだが、おまえやセシールに通じる者などほぼいない。ハーメルンの人たちにも理解者はいるが、トーナメント参加者や主催者、観客までとなると難しい」


 大部分、出身も身分も別々な者同士の集まりだった。被害者意識が強かったし、妖精にも人間にも死傷者が出た。赤の他人であるピエールとセシールの内情になど、気遣いようもないだろう。

 二人の墓をここにするのにさえ反発する者たちもいたが、ピエールの一族とは連絡がつきそうにないし、もういるかどうかも定かではなかった。セシールは遺体もなくなってしまった。いちおうトーナメントの優勝者であったことで、どうにか賛同してくれる人たちの支援で永眠を許されたのである。


「クロード」

 背後の通りから、誰かが呼びかけてきた。

「みな待っているぞ。今日は、笛吹き男事件での我々の功績を称えてくださるんだからな」

「あまり、気分ではないんだが」

 振り向きつつ返すと、新たな声は予想通りロドルフだった。クロードは街で買った一般市民の服装だが、友人は盛装している。

 アンヌとスミエもまだハーメルンに滞在していた。未来の事情通であるクロードとスミエにとっては予言にある二六日まで安全を確認しようという試みだが、残る二人へは会議を言い訳にできるのが不幸中の幸いかもしれない。


 さえない返答を受けて、ロドルフは説得する。

「気持ちは察するが、英雄になるのも発言権を増す手立てでもあるんじゃないか」

 もう一度、クロードは墓石に対面した。長考の末に、

「……一理あるかもしれんな、がんばろう」

 本心から述べて、立ち上がった。

 ピエールは明るい世界を切望していた。ならば、そういう方面から開拓していくのもありだろうと。

 そこでふと、感づいた。

「っておまえ、にやけすぎやん!」

 控えめながら、ロドルフはニヤついていたのだった。

 戦友ピエールやセシールのことでは彼も間違いなく悲しんではいた。埋葬のときも涙に暮れていたが、やっぱり称えられるのは好きらしい。

 しょうがないなという心境で、クロードは彼に同行して祝祭式典用の館を目指した。



 同時刻。

「あたしの行動は、成果あったよね。パパ」

 ハーメルンにほど近い丘陵の上では、スミエが制服姿で仰向けに寝そべって祈っていた。星が、一筋流れた。


「こんなところにいたのね」

 とっさに願い事でもしようとしたところに、唐突に声を掛けられて見下ろす。声音は、丘を登ってくる人影からのものだった。

「アンヌさん」

 上体を起こしたスミエが口にした通り、それはドレスを纏ったボワヴァン姉妹の姉だった。

「小悪魔とかもいそうなのに、夜中に街から離れて危なくないの?」

「平気ですよ」訊かれて未来少女は即答した。「あたしには、バリアがありますから」

 未来の都市を覆っていたような半透明の結界が、小振りなドーム状にスミエの周囲には築かれていた。


「となり、いい?」

「え、ああはい。どうぞ」

 バリアを消去し、アンヌを歓迎するスミエ。尼僧は横に座った。

「あなた、魔女でもないわね」

 寄り添って早々、開口一番ぶっこむアンヌ。

 どきりとして様子を窺ったスミエだが、シスターは疎らな町灯りを見据えているだけだった。さらに彼女は、独白のようにしゃべる。


「魔法を使っているときとそうでないときの差がありすぎるもの。バフォメットを倒したほどの魔力があれば、どんなに抑えてもここまで表層から滲むものを抑制はできないはずよ」


「え、えっと」

 スミエはしどろもどろになった。

「……あ、あたしはですねぇ。実は東洋のジパングとかいう国の、魔法少女というか美少女戦士というか。すっごく特異な能力者でありますから――」


 みっともないごまかしをするのには、わけがある。もとより未来人であることはクロードにしか打ち明けていないが、彼女はもうよその時代の誰にもばらすまいと、この事件を通して決めていた。

 鈍い頭でも、時間移動による矛盾タイムパラドックスを軽んじ過ぎていたと反省したためだった。過去を変えることも想定していたが、バフォメットらも誰にも気付かれないようにそれを成そうとした存在らしいのだから。


「――とにかく。この辺りでは馴染みが薄いかもしれませんが……」

 意味不明な弁解を継続するスミエの唇に人差し指をあてがって、アンヌは制した。

「いいのよ。どうしても、明示したくない経緯があるなら」

「ご、ごめんなさい」

 とりあえず謝って、しばらく間を空ける未来少女。

 ややあって、一言だけ明かしておくことにした。

「……あたしは、未来を切り拓く者なの。今現在は、そこまでしか開示できないんだ」

「そう。ありがとう」

 それで満足したらしく、アンヌはスミエの頬に軽くキスしてから立ち上がった。

「お礼の先払いよ。期待してるから、妹たちの分まで」


 尼僧は、未来人へと手を差し伸べた。アンヌの目尻にはまだ涙の輝きがあった。

 彼女も、未だ妹を失った哀しみを癒しきれてはいなかったのだ。


「さあ、行きましょう」それでも、シスターは気丈に振る舞った。「みんな待ってるわ。今晩は、あたくしたちの功績を称えてくださるそうだから」

 まんざらでもなさそうに、赤面したスミエはアンヌの手を握って立ち上がった。

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