Le 21 juin 1284

ハーメルンとトーナメント

 翌日の昼過ぎ、一二八四年六月二一日。笛吹き男が出現したとされるヨハネとパウロの日まで、あと五日。


「ねえ、街よ! あれがハーメルン?」

 スミエは叫んだ。

 彼女はいつもの制服姿だが中世の人前では刺激が強いと同行者に注意され、目的地にいる間は短いスカートの下にハーフレギンスを穿くことにして、走る馬上にいた。

「そうだ、待たせたな」

 少女に背中からしがみつかれながら、クロードは真上近い太陽を仰いで応じる。

「なんかテンション低くない?」

「気にするな、また昔の夢を見たせいだ。悪い予兆でなきゃいいが」

「サガる昔か」スミエは得意気に教える。「中二病の時期でもあったわけ? そういうの黒歴史っていうのよ。みんなそんな時期くらいちょっとやそっとはあるでしょうに」

「知りたくもない知識だな」


 溜め息をついたクロードはその嫌な夢で夜中目覚めてからなかなか寝付けず、未来人はゼノンドライブの効果で寝なくても平気とほざきつつぐっすり寝ていたので、結果二人で寝坊したのだった。

 本当なら朝のうちに着いていた。それでも木々と草花に彩られて連なる丘陵の向こう、ヴェーザー川に沿って、城壁に囲まれた蜃気楼のような街並みは現れだしている。

 木組みや石造りによる堂々たるヨーロッパの佇まい。ハーメルン市だ。


「時間的には充分そうね」少女は太陽を仰いで嬉しそうだった。「笛吹き男が出現する予定の日までは、余裕があるわけだし」

「ならば、今日のところの捜索は任せたい」

「え。手伝ってくれないの?」

「もとからハーメルンには寄ろうとしていたと言ったろう、明日はトーナメントがあるんだ。参加しなければならない。手続きを済ませている間に笛吹きを見つけられなかったなら、手助けしてやってもいい。数日は泊まるつもりだしな」

「トーナメントってなに、格ゲーかなんか?」

「おまえの言動にはこちらが再度質問をしなければならず、会話が進展しなくなりそうだが。騎士たちの模擬戦闘といったところだ」

「ああ、リアルの格闘技の試合ね。いや、剣道? フェンシングかな」

「めんどうだ、なんでもいい。練習試合ということでだいたい合ってる」

「そ。けど、なんでそんなことしたいの? あたしにカッコつけたいわけ?」

「おまえにそんな様を披露してどうする」

「またまた照れちゃって」目前で揺れる背中を軽くはたくスミエ。「で、なんでなのよ」

「訓練にもなるがなにより、成績次第で賞金が貰えるからな」

「訓練なんて笛吹き探しのあとでいいでしょ、騎士道に生きる男が金目当てってのもなんだかねえ」


「あのな」

 愛馬ペダソスの両脇に吊り下げられた、ほぼ化粧道具と着衣やアクセサリーしか入ってないらしいスミエのリュックサックと自分の乏しい荷物を窺い、クロードは愚痴る。

「騎士には諸国を廻って修行をする時期がある。おれもその遍歴の騎士で、こうして旅をしてるんだ。お蔭でおまえはオーガから救われたんだぞ。これを続けるには資金もいる。一人なら当分足りていたが、二人になったために不足したんだ。誰かがやたら飯を食うしな」

 もちろんスミエのことだ。味がないだの丁寧に調理しろだの注文をつけつつも、騎士が現地調達した動植物からずっととっておいた保存食まで、彼女は無遠慮にほぼ平らげたのだった。


「あっ、そだったの」なのにほざく。「最初から説明してくれればよかったのに、あたし健康を保つ程度ならゼノンドライブで栄養補給できるから食事も不要なのよ」

「なんで食ってたし」

「口が寂しいし、中世ヨーロッパではどんなの食べてるか興味もあったからね。あんま美味しくなかったけど」

「おまえな!」


 叱ろうと振り向いた騎士だが、怒られる覚えは一切ないかのようなスエミの表情にあきらめて、進路に向き直らざるをえなかった。

 苛立ち混じりに、騎士の証明たる金拍車による扶助で馬に速度を上げさせる。

 自分も秘密を抱えている後ろめたさもあった。

 ――決別しながらも期待した、仲間たちとの再会の可能性だ。

 当初、ピエールらと目指す予定だった次の目的地は、ハーメルンだったのである。

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