第8話 別れ

 無我夢中で走るあまり、目的の方向とは逆に来てしまったらしい。突然の襲撃から逃げてきたにもかかわらず、街中に逃げてどうするんだろ。せっかくの……の助言なのに勿体ないよ……


 ——あれ、僕、なんで走ってるんだろ。逃げる? ボクは逃げているの? 何が僕を追いかけているの? ねぇ、ここはどこ。






『うや……坊や……』


「んん……ううん……」


 どこからか声が聞こえる。母さ、ん……? いや、知らない人の声だ。そもそも、僕に母親どころか父親もいなかったじゃないか。家族なんて知らないまま、いつも小屋で機械をいじったりご飯を作ったり……あれ、誰か僕には保護者がいたはずなんだけど……だって、そんなに治安もよくない場所で僕みたいな、誰も守れない人間が・・・・・・・・・生き残れるはずがないじゃないか。


「う……うう……」


『うなされているね……どんな酷い目にあったのだろうね』


『可哀想だわ。最近人身売買がここらでも流行ってるらしいから、連れてこられた子供なのかもしれない』


『連れてくるって、こんな田舎に子供をこき使う場所なんてないだろう』


『いいえ、それが……』


『なんだって……あの胸の内が真っ黒になりそうな空気のなかを清掃させられるのか、こんな年端も行かぬ子供が』


『そんなビジネスがあるらしいわ。怖いわねぇ』


 人身、売買? 僕は連れてこられたの? 胸が黒くなるような労働に使役させられるために?


「……嫌だ」


「……!」


「嫌だ!」


 赤ん坊のように泣き喚くことしかできない。誰か重要な人物と、重大な別れを経験したような気がする。それが何年前のことなのか、つい最近のことなのかわからなくて頭の中がモヤモヤしている。その落ち着かない不安がパニックを加速させた。


 そんななか、背中をさすり続けてくれる手があった。冷え切った涙を出し続け、ほのかな温かさに気づいたとき、ロンは自らの置かれた環境に思いをいたす。


「ここは……?」


「坊や、もう大丈夫だからね」


 少なくとも中産階級、そんな家庭だった。ロンがかつて住んでいた貧民の町ではありえない家具と壁紙。そして、部屋着の男がドアの外から入ってきたあたりこの家には部屋が複数個あるらしい。


「お、坊主の目が覚めたか」


「ええ、よほど酷い扱いを受けたんだと思うわ。ついさっきまで号泣していたのよ」


「坊主が喜ぶと思ってお菓子を持ってきたぞ。ほれ、食え遠慮は要らない。心が寂しいときには甘いものを食べるに限る」


 菓子など、生涯一度も食べたことのないロンである。恐る恐る口に含んでみた瞬間に、むせるほどそれを口に詰め込んだ。

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