第74話 複雑な作業も単調な作業も疲れる

お食事中の方、お食事後に読むことをオススメします。


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 松明の火が着いてない方で、壁をコンコンと叩きながら【音響察知】を使って、周囲にモンスターが居ないこと確認しながら進む二人。

 マップを開いて先行するレストはT路地に着くと、アリスと相談をする前に別の要件で声を掛ける。


「今からエコーロケーションするね。【ショートカット】」

「……そう」


 承認の言葉を聞いたレストは、深呼吸をした後、前方の足下に銅球を全力で投げ付け、目を閉じた。


──ゴンッ!!


 銅球が地面に衝突した音を利用して【音響察知】でより広く周囲の状態を把握していく。

 響いた音は線で描かれた地形として脳内に浮かび、一瞬毎には描かれる範囲が広がり、数秒先には曖昧になって消える。

 目を開いたレストは、梯子らしき形を見付けることが出来ず、ため息を吐いた後にマップで今の成果を確認した。


(せめて、拾える素材があればな…)


 探索開始3時間以上経った現在も二人はさまよい、単調作業をずっと繰り返して出口を探している。

 さすがの500個連続で作り続けた男も気が滅入り、下水道は採集物が無いので面白味も欠けているので、レストは太陽の光と変化が恋しくなっていた。


(素材と言えば、ドロップアイテムのゴキブリの羽。あれに使えそうじゃない)


 貰った素材や買った素材で何かを作りたいという、もの作り欲求が影響して思わず、レストは作るアイテムの構想を考え始めてしまったが。

 コートを引っ張る感覚に気付き、慌てて振り向く。


「どうした!!もしかして敵襲!!」

「…違う。レスト、あれ!!」


 さっきまで、何度死者蘇生しても瀕死状態だったアリスが。

 まるで、一握りの希望を見付けたかのような反応ではないか。


 レストは反射的に確認作業をする。

 1度目に見た時はアリスから視線を外して目を擦り。

 2度目に見た時は頬を引っ張ってアリスから視線を外し。

 3度目に見た時は己の状態異常と相方の状態異常を鑑定し。

 4度目に見た時、夢じゃなくて現実なんだと認識した。


 次に言葉の意味、剣を向ける先へレストは視線をずらしていく。

 最初に抱いた感想は、今まで構える度に震えていた剣が震えてないだと…と戦慄を内包する感想だった。

 次に示す先を見た感想、というか出来事はアリスに行った確認作業+生命水を飲み、やっと夢じゃなくて現実だと理解したのだ。

 さらに念のための確認作業で、左手の松明を汚水へ落ちないように伸ばし、汚水を挟んだ反対側へ光明を届ける。

 最後にジト目のアリスを見て、今日はもうお疲れかもしれない、という自分への感想を思い浮かべた。


「アリス。ごめんけど、今の忘れて」

「…大丈夫?」


 アリスが言ったそれは疲れなのか、頭がなのか、それとも別の何かなのか、知りたくないレストだった。



 アリスが見付けたのは梯子ではない。

 コンクリートみたいな材質で出来た下水道内の異質と呼べる梯子や橋に並ぶ錆びた金属製の扉。

 幅が約2メートルほど、高さが約3メートルの赤褐色のボロボロな扉に、一つだけ使えるか分からない取っ手が付いている。

 二人はその前に15分掛けてたどり着いた。


「あんな、場所まで戻る必要があるって。作為的な、モノを感じるぞ」

「…運営、許さない」

 

 全力ではないとは言え走ってここまで来たので、息が切れているレストと、スキルのお陰でレストよりマシなアリス。

 ただし、希望を胸にどうにか耐えているアリスは、あり得ないぐらいの遠回りさせられ、絶賛キレている。


「念のため、中を確認しようか」

「…分かった」

「Gが居るかも、しれないから、見なくても」

「…大丈夫。道中は耐えられた。今の私なら例え、幾らいようが、もっと大きいのがいようが、諸悪の根源がいようが、耐えて出口に着いてみせる」


 運営への怒りと希望を胸にアリスは【退魔之剣】を使ってまで決意証明をする。

 それに、キレている女性は触らぬ神に祟りなし、と経験から悟っているレストは取り敢えず頷いた。


 松明をアリスに預けたレストはドアノブをひねり、なかなか開かないので全身を使い力強く押す。

 突如、扉が開いて入りそうになり、嫌な感覚を全身に浴びた。

 反射的に、回し蹴りの要領で右足を動かし、フックのように壁へ掛けて、ドアノブを自分に引き寄せて、左足も使いバランスを取った。

 背後からカーンという音が響き、光源の向きも変わる。

 それを合図としたのように、レストは中を見た。


「フラグだったぁーー!!」


 全身に感じる程の多くの視線に、音が重なり合って煩く感じる程の動作音。

 照らされた部屋全体に艶のある焦げ茶色がぎっしりと蠢き、ビックコックローチと大量に表示される。

 レストの視界にギリギリ見えた、扉からは出られそうな、高さが4メートル以上ある巨大ゴキブリの姿。

 その巨大ゴキブリの表記はレベル50の“憎悪の女王(ボス)”と書かれていた。

 瞬時にそれを理解したレストは咆哮を上げながら閉じる。

 出てきた4匹にレストは【挑発】を使い、立ち尽くしているアリスの近くに落ちていた松明を拾った。


「【ショートカット】」


 高速移動してきたゴキブリに松明を叩きつけ、一番遠くの個体には銅球を投げる。

 すると、自分たちが通ってない方からカサカサと音が聞こえ、レストは舌打ち。

 飛び掛かってきた1匹に蹴りを食らわせ、瞬時に松明を持ち変えて、背後から襲おうとする個体へ投擲した。

 再び、【ショートカット】で銅球を呼び出し、足を噛もうと来た最後の個体を踏みつけ、至近距離からの投擲。

 燃えるゴキブリたちを無視し、


「【ショートカット】【ショートカット】【ショートカット】」


 再度呼び出した銅球を使い、【夜目】で見えるぐらいまで近付いてきた援軍へ投擲をして倒す。

 最後に、至近距離の投擲で飛び散った靴の汚れを、踏んでいた方の靴底で軽く落とした。


「もう、全部終わったね」


 燃え尽きたゴキブリたちの終わりを見届けたレストは松明を拾う。

 大崩壊に始まり、【音響察知】を得るまで、動かずにいたことで発見されなかったGとの必死な戦闘により、レストは近接もある程度戦えるようになっていた。


「アリス。もう大じょ…」


 レストが言いながら振り返ると、顔を手で隠し、いつの間にか女の子座りとなり、両手で顔を隠している。

 ただし、両手の隙間から水が流れ出ていた。

 それに一瞬硬直した後、すぐにレストは駆け寄り、


「アリス。もう大丈夫だから。扉も閉めたし、周囲のGは倒したから」


 ゆっくりとした口調で、静かに泣く少女の背中を摩った。

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