第72話 ついにヤツが現れた…

お食事中の方、お食事後に読むことをオススメします。


────────────────────


 宿というのはログイン場所を固定させる効果はもちろん、HPとMPを回復させることが出来る。

 さらに、グレードが高い宿ほど食事付き、お風呂付き、従魔入室有り、防音効果、体力回復効果、空腹回復効果、状態異常解除効果など、テントで得ることが出来ない様々な恩恵を得られる。

 と言ってもHPMPは自然回復するし、ログイン場所が広場か宿かの違いなので、一般的なプレイヤーたちの利用頻度は低い。

 でも、一般枠だと言い難いレストは、レジェンドスキルを獲得したあの日から防音効果付きの部屋を使うし。

 様々な理由が絡み合い、アリスもとあるオプション付きの宿を頻繁に使っていたりする。

 なので、現在12時過ぎということもあり、昼食休憩の為に宿へ向かっていたのだが。

 路地裏の木箱が詰まれた場所を跳んで登っている時、木箱に着地したアリスが突如止まった。


「どうかした?」


 足下を見ているアリスの背後で、一段低い木箱の上に登ったレストが見上げながら聞く。

 それに、数回飛び跳ねて確信を得たアリスへ言った。


「…この下、何かある」

「この下って木箱の下?」

「…そう。木箱で遮られているけど、着地した時、金属音が聞こえる」


 アリスが再度跳躍し、その場で着地するとレストも、木箱からの衝撃で鳴る僅かな金属音に気付く。


「良く気付けたね…流石アリス!!」

「……偶然」


 笑みを浮かべてサムーズアップするレストに、そっぽ向きながらアリスもサムーズアップした。

 二人は宿や昼食のことを忘れて協力して木箱を退かし、周囲が木箱の壁になった頃。

 アリスが経験から僅かな違和感で気付いたものは、


「マンホールがあったみたいやね」

「………片付けよ…」


 石畳に埋め込まれた四角形の枯茶色で出来た金属製のマンホールがそこにはあった。

 新しい発見かと期待していたアリスは、意気消沈をしたかのようにか細い声で呟いた後、マンホールをつついているレストに目もくれず、背後の木箱を抱える。

 アリスは木箱を持ったまま振り替えると、挙動不審なレストと目が合うといつぞやのテヘペロをした。


「落としちゃった☆」


 ただし、レストが四角形の穴に落ちないよう足を広げて、マンホールは何処にも見当たらない。

 落として脳内パニックを起こしたレストは、隠そうとしたのか、それとも取りに行こうとしたのか、自分自身でも分かっていない状態だ。

 さらにいうと、何故テヘペロという奇行に走ったのかも分かってない。

 きっと、レストは後で思い出すと悶絶するだろう。


「…はぁー」


 ジト目でため息を出すと、アリスは背後に振り返って木箱を置く。


「…私、何も見てないから」


 アリスの何も見てないという大人の対応で、今の自分自身の状態を知りたくないレストのに沁みた。

 それからのレストの行動は早かった。

 アリスの対角線上に移動したレストは、穴があったら入りたい心境で、穴に背を向けて片手で顔を隠す。

 この羞恥心を忘れない内に、そっと心中で決心した。


(もう絶対にテヘペロはしない!!)


 過去に戻って最後の手段を自身に投擲したい、とすら思ったレストがテヘペロを永久封印することに決める。

 だが、封印することに頭がいっぱいのレストは、反射的にした行動であることを気が付いてなかった。


「ねぇアリス」

「……なに」

「この穴の探索は昼食を終えてからにしない?」

「…分かった」

「取り敢えず隠そうか」


 レストが穴へ落ちないように木箱を置く瞬間すら、アリスと顔を合わせなかった。

 木箱を積み、マップで場所を確認したレストは、やはりアリスと顔を合わせずに言う。


「アリス、13時にここ集合で大丈夫?」

「…今からログアウトして…13時30分ぐらいからなら」

「分かった。13時30分にここ集合で…さらば!!」


 レストは最後の最後までアリスと顔を合わせることはなく、木箱を急いで飛び越え、全力疾走で逃げ出した。



 13時20分という10分前にお互い集合したので夜闇に紛れて、木箱を除けた後に戻ってきたマンホールを開け、二人は梯子を伝って下りた。

 順番は、今から行く場所が下水道と予測できた為、ゲーム的にモンスターが出現するフィールドである可能性が高い。

 なので、下りた時にすぐに戦えることや、【退魔之剣】で周囲を照せるスキルを持っているアリスが最初と決定した。

 それ以外の理由にも、


「…レスト。ここから滑る場所がある」

「流石に滑って落ちるへまはしないよ!!」


「…レスト。体重掛けたら折れそうな所があるから気を付けて」

「分かった。気を付けるよ。サンキュー!!」


「…レスト。マップが変わった。フィールドに入った」

「………」←そこまで下りてない


 と、先に下りたアリスが初心者のレストに注意喚起するという理由もあり、アリスが先に下りた。

 結果は無事に落ちることなく、アリスが4分、レストが5分ぐらいで最深部まで到着する。

 到着そうそう、鼻を掴んだレストが変な声になりながら堪らなくなって吼えた。


「めっちゃ、臭い。鼻を折りたくなる所存です」


 フィールドに変わった部分から悪臭が漂い、レストは最後まで下りると既に嗅覚低下微となっているのに、最初より強烈な臭いで顔を歪ませていた。


「……もしかして、器用値高い?」

「確か…40ぐらい」

「…器用は高いほど五感が鋭くなるから、それが原因」


 呆れた雰囲気を出しながら言うアリスに、レストは器用が具体的に何へ作用しているか知らなかったので、何故こんなに臭いか納得する。

 今さらだが、ステータスの器用は五感を司る値であり、他の能力値ほど強化幅が低いとは言え、高いほど遠くまで見えたり、索敵スキルの索敵範囲が広がったりする。

 これが、マッドネスウルフ戦で遠くにいるマッドネスウルフを、レストだけがはっきりと見えていた理由だ。

 また、能力値の特性として1と2では大差ないが、11と12は僅かに差が、21と22では感覚的に分かる程の差が出る。

 これは能力値の数値が増えれば増えるほど、強化幅が大きくなるということを意味している。

 つまり、レストの器用値41というのは、五感があり得ないぐらい鋭くなっているという証明だ。

 ちなみにだが、他の生産プレイヤーは高くても器用値10ぐらいで止めて、鍛冶や大工をする者は筋力と体力になど、それぞれの生産活動に必要な能力値や、戦闘に必要な能力値に振っていたりする。


「…レストだし、気にしても無駄だった…」

「何が?」

「…何でもない」


 アリスは器用に振り過ぎだと思ったが、よくよく考えてみると、防御力の可笑しい装備だったり、他の能力値が高かったり。

 心配しても意味が無いことに気付き、アリスは一人納得する。


「そうだ。これこれ」


 レストはメニューから松明を取り出した後、オババの所で買ったチャッ○マンで火を付けた。

 この松明は自作で、耐久値減少軽減小はもちろん、攻撃+16、6時間は延焼、攻撃時に確率で火傷と燃焼、光源範囲拡張小、耐熱小、火属性強化小、火傷確率上昇微、火属性耐性微、火傷耐性微の効果が付いている優れものだ。

 原材料でマッドネスシープの布や糸、神殿の備品である高品質の料理用油を使ったことが原因である。

 レストは両手の装備を外して装備した。


「…凄い明るい」

「自作だからね」

「…納得」


 【神匠】の効果でLEDを越える明るさの松明となり、白剣の2倍以上の範囲を照らす光景に、違和感が半端無い二人だった。

 すると、カサカサと言った音が響き、視線だけを感じたレストが、自分たちがいる通路上の見えない所へ視線を向ける。


「【ショートカット】」


 レストの新スキル【ショートカット】で、MPを対価に予め設定してあるアイテムの爆裂玉が手元に現れた。

 アリスはやっぱりあのスキルオーブと交換していた、と思いながらレストと同じ方を向く。

 そして、【夜目】で見えたレストがアリスを絶望に落とす。


「ゴキブリか…」

「………えっ」


 アリスは思わず、白光を放つ剣を手放し、金属音を下水道に木霊させた。

 それに、レストがアリスの方へ慌てて向くと、病人のように青ざめたアリスがいた。


「アリス大丈夫!!」


 そんな間にもカサカサ音を立て、遂にアリスも見える範囲に近づく。

 全長1メートルはあるゴキブリの姿を確認していたアリスが、泣きそうな声で告げた。


「…私、ゴキブリ無理なの…」

「……マジか!!」


 その言葉を理解したレストが慌てて爆裂玉を投げ、こちらへ来る前に爆発させる。

 だが、ここで運営のレスト対策が発動し、アリスをさらに絶望へ落とす。


「…もう無理…」

「【ショートカット】!!」


 爆発してゴキブリは全て倒されたが、爆発で崩れた壁から新たなゴキブリたちが10匹以上現れたのだ。

 アリスの手を取ってゴキブリの反対方向へ進みながら、再度レストは爆裂玉を投擲し、


「………」

「相性最悪だぁーー!!こんちくしょう!!もうやけだ!!【ショートカット】【ショートカット】【ショートカット】【ショートカット】【ショートカット】【ショートカット】」


 ゴキブリを追加。

 放心したアリスを横目で確認したレストが爆裂玉を投げ続け、大量発生、大量爆殺、大量破壊という悪循環が続き、梯子があった場所も巻き込んだ。

 最終的に二人は、松明のお陰でどうにか九死に一生を得た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る