ep16.『新春』
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4月に入ってようやく春という実感がする。
それに伴い、サクラがどこからともなく吹いてくる。
ソメイヨシノかな?毎年見てる光景なのに何故こんなにも心惹かれるのだろう。
「綺麗ですね。もう4月ですよ」
左隣からそんな言葉が投げかけられる。
「まぁ綺麗、ですね。んで、ところで一体何をしてるんですか?」
「お花見です。と言えば聞こえはいいんですが残念ながら違うんですよね…」
「はぇ…それじゃ何を?」
うーん、とくぐもった声を出している。
「暇つぶしです」
そう言って、ニッコリ笑う彼女。喋れば芍薬、黙れば牡丹、笑う門には福来る。
ちょっと変えさせてもらったけど、彼女にはこれが丁度いいだろう。
さて、未だにこの
だから綺麗な桜と、彼女、ひよりさんを視界に収めてゆっくり簡単に思い出した。
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新しい春を迎えて、春休みの終わりが近くなってきたことを感じ取れる四月一日。
この日は、花祭りやお花見ということもあり、たくさんの人が観光に来ていた。
どうせなら有名な静岡の河津桜や、福島の1000本しだれ桜、東京都、目黒区にあるソメイヨシノなんかを見に行った方が綺麗だろう。
家にいても、落ち着かず(近所がうるさい為)仕方なく出かけることにした。
丁度良い日照りで、簡単な無地シャツの上にデニムのパンツ。そして上に紺色のジャケット。寒くもなく暑くもなく、それでいて青空。まさに、いい天気。
さて、ここで既にもうミスを冒していたんだろう。
いつも通り、乗り換え駅のツタヤまで行こうとしたことが。
イベントに行ってる者が大半だと思っていて、しかも時間はお昼前だ。
いるとは思わない。そもそも警戒も何もしてなかった。
そして、駅から出た途端ひよりさんと鉢合わせしてしまった。
当然、逃亡しようとした。だけど、何度も何度もこうやって運命的に近い会い方をしていると当然、その後のシナリオに続く出来事がある。
それが、こんな卑怯な言葉だとは思わなかった。
「あ、久しぶりですね。本屋さん以来、ですかね。ご無沙汰してます。ところで、この後何か予定ありますか?何もなければ付き合っていただきたい場所が…」
「あーはい。ありますね。あるので、自分はこれで失礼します」
このように逃げようとしました。だけど、ここでそれが働くとは思ってなかった。
「本の値段いらないと行ったのは私ですが、そのお礼という代わりに付き合っていただきたいんです!ダメですか?」
「………えっと、今はダメですね。また後日」
「ちなみに、どこに行くんです?」
「…彼女の家です」
ここで適当で証拠も証明もないような嘘をついた。後々、返ってくるとも知らず。
「今からですか?それに彼女さんいたんですか!?」
「つい最近ですよ」
ここでミスという名の嘘をついた。明け透けなのに嘘なのだ。
「…嘘ですよね?」
じっと見つめられて、真顔対決に入る。この隙に逃げれば良いものの。
「………なんでわかったんですか?」
ため息とともに、降参した。しかも、お礼と言われてしまえば引き下がれない。
「どこに行くんですか?」
「お花見です。えっと、もしかしてどこかに行くっていうのは本当だった?」
「本屋に行く予定だったんですよ。もう帰りますけどね」
そしたら急に笑う彼女。怖気がして駅に戻ろうとすると。
「駅からでてきたばっかなのに、そんなはず無いですよね。さ、行きましょう!」
こうして、ツタヤに寄ってその後に強制強引お花見に行くことになった。
♦︎
と言う経緯で今に至る。川面にはさくらがプカプカと浮いている。
まるで、今も自分の気持ちみたいにプカプカと。心ここに在らず。
いつもなら、いやいつもじゃなくても断り続けたはず。
観光客がうじゃうじゃといる中、隣にはニコニコと笑いながら芝生に座ってる彼女がいて今更ながらなんで一緒にいるんだろうと思ってしまう。
「さくら綺麗ですね。ひよりは…私はさくらが好きなので毎年ここでのんびりとしてるのが年に一度の行事みたいなものなんです」
「そうなんですか。自分は、家でゴロゴロするはずだったんですがね…なぜか今年はお花見来てるんです。事案ですね」
嫌味も込めて言ってもニコニコ笑ってるだけ。嫌味ってわかってないのかも。
それと、自分の名前から私に言い直したのはなぜなのだろうか。
「お花は綺麗ですよ。さくらが咲く時期は春しかないんですから。春限定です!」
「自分が限定という言葉に弱いと思ったのなら大間違いですよ」
えぇ〜という悔しそうな?声をあげた。
「あ、そういえば。本は何買ったんですか?」
「漫画です」
「ジャンルは何ですか?」
「エロ漫画と言ったら?」
「なるほど…」
ちょっと、思ってた反応と違うけどそんな反応をするひよりさん。
「よく買えましたね。店員さんに出す時恥ずかしくなかったんです?」
「あ、それは気にしたことないですね…まぁそもそもそも買ってないんですが」
「買ってないんですか!?え!じゃあ本当は何を買ったんですか?」
「ミステリーです。家にある本が全部既読本になったので」
「そんなに家に本があるんですか。すごい…」
世の中、本好きなんていくらでもいる。自分はそのごく一部にしか過ぎない。
すごい人なんて、部屋全部が書庫になってたりするから羨ましいとさえ思う。
俺は最近、本を買いすぎて本棚に入りきらなくなってきていた。
「別にすごい要素なんてどこにもないです。探せば自分より本好きなんていくらでもいますから。自分が読んでる理由は本当の本好きさん達に失礼な気持ちですし」
「文字の羅列を追うこと自体はできるんですけど、その難しい本が読めなくて」
「例えば、どんな本です?」
「今あげてくれたミステリー小説なんか私には全然わかりません!」
そんな難しいのだろうか。でも、ここで敢えて他の人の見方を聞いてみるのも良いのかもしれない。何を思ってどう感じるかは人の自由なんだから。
価値観の相違。だから、これは自然なこと。
だけど、俺は…僕は聞かずにこう言った。
「自分はそろそろ帰ります。あなたも帰るときは気をつけて」
頭が痛いのを無理やり隠して、視界を暈して、その場から逃げる言葉を吐いた。
「え?あ、はい。わかりました。今日は無理やり誘ってごめんなさい。
それと気をつけて…夜春君またね」
最後に、自分の名前を呼んだ彼女を背にして家に帰った。
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