第29話


 さてさて、兄上たちが下級貴族のお披露目パーティーを終えたころ、僕は再び王宮を訪れていた。なんでも公爵家の人たちと顔合わせをするらしい。本当はあの後、またシントと話したかったのだけれど、王宮はパーティーの準備で忙しいから、といけなかったのだ。


 もう王宮の人も僕の顔を覚えたようで、すんなりとシントのところへと通してくれる。もしもほかの人に会う前に時間があるのなら、目のことを話しておきたかったんだよね。なので、少し早めの時間に来てしまいました。


「早かったね、アラン」


「少し話したいことがあって」


 首をかしげながらもひとまず席を勧められたので座っておく。ふう、と一息つくとそっと眼帯に手を伸ばす。この部屋にいるのはシントとサイガ、それとシントの執事だけ。シントの執事さん、どうしよう……。出て行ってもらった方がいいのかな?


「どうかした?」


「いえ、あの……」


どうしよう、と動きを止めると、サイガが察してくれたようで、シントの執事を僕の背中側の壁際に誘導してくれる。ありがとう、と言うと、ただ一礼だけを返した。これで大丈夫だよね、と今度こそ眼帯を外した。


「父上に許可をもらったので……。

 この目は両方とも見えてはいるのです。

 ただ、目の色がこれですので、余計なことに巻き込まれないように隠しているんです」


 目の色を確認すると、シントが目を見開く。なんだか最近人が驚く顔をよく見る気がする。でも確認はできたみたいなので、すぐに眼帯を戻す。誰かに見られたらまずいものね。


「なる、ほど。

 僕も詳しく知っているわけではないけれど……。

 うん、大丈夫、誰にも言わないよ。

 ありがとう、教えてくれて」


 シントの浮かべた柔らかな笑みを見て、自分の判断は間違ってなかったんだ、と確信する。うん、良かった。

そうしていると、部屋にノックの音が響く。ちょうど来たみたいだ。それにシントの執事がすぐに動いた。というか、あの人名前なんていうんだろう?


「あの、あの人の名前なんていうの?」


「ああ、ゾーゼルだよ。

 ゾーゼル・ツェベル。

 ずっと仕えてくれているんだ」


 ゾーゼル、ね。よし、憶えた。


「シフォベント殿下、皆様がいらっしゃいました」


「通して大丈夫だよ」

 

 おっと。おそらくこの中で一番身分が低い僕が座りっぱなしなのはまずいよね。慌てて立つと、そのタイミングで三人の人が入ってきた。


「おや、もう来ていたのかい?」


「フレン兄上。

 はい、早めに来ていました」


「兄上?

 おまえ、妹はいたか?」


 妹? 誰のことだよ!


「ハール、さすがに失礼よ。

 彼は男の子じゃない」


 すごい賑やか。ワイワイと何かを言いながら、シントにあいさつをしてさっそく席へとつく。え、どうしたらいいかな。


「アランも座って」


 シントに言われてさっそく席に座る。すると、三人の動きが固まっているのに気が付いた。いったい何事?


「アラン?」


「あ、はい。

 アラミレーテ・カーボと申します。

 カーボ辺境伯の次男、です」


 心持ち、次男、という言葉を強調しておく。僕は男だ。でも、そこは重要ではなかったようで、いまだ何も言わない。


「あ、失礼しました。

 ごきげんよう、アラミレーテ様。

 わたくしはシャーロット・シベフェルラと申します。

 シベフェルラ公爵の長女ですわ」


 シベフェルラ、なるほど……。


「俺はハレベルシア・クルミレート。

 クルミレート公爵の長男だ」


 ふつうは名乗るだけで誰の子かなんてわかるから、そこまでは言わないのだけれど、どうやら僕の言葉にのっているみたい。まあ、どっちでもいいけれど。


「フレンはあいさつしないのですか?」


 そのままフレン兄上に視線が集まる。すると当然のようにうなずいた。まあ、もうあいさつは済んでいるものね。


「僕はもうアランに会っているから。

 アランの母は僕の伯母上なんだ」


 その言葉になるほど、とうなずく二人。あれ、知らなかった?


「それよりも!

 シフォベント殿下、どうして彼のことはアランと呼んでいるのですか?」


 あ、もしかしてそこが気になって固まっていたの? そこそんなに反応するところなんだ……。僕としてはどういう呼び方でもいいのだけれど。


「あ、ああ……。

 アランにもシント、と呼んでもらうことにしたから」


 まあ、あまり片方だけが愛称呼びはしないよね。例外はもちろんあるとはいえ。でも、どうしてそんなに傷ついた顔をしているのだろう?


「ならば、俺のこともハールと呼んでください!

 よいでしょう?」


 なぜかハルベルシア様はすがるようにそう言う。えっと、なるほど。シントはいまだに彼らのことをそのまま呼んでいるんだね。それが不満、と。シントの方を見ると、え、あの、と困ったように視線を泳がせる。


「シフォベント殿下!」


「だ、だって、君らはいずれ兄上の側近になるじゃないか……」


 ぽつり、とつぶやかれた殿下の言葉。声は小さいけれど、なぜかしっかりと耳に届く。何も言っていなかったけれど、フレン兄上も、シャーロット様も同じことを思っていたみたいでハルベルシア様の言葉を否定していない。でも、シントの言葉にえ、と声を漏らしていた。

 シントははっとした顔をすると、すまない、とだけ謝った。ああ、ものすごく気まずい空気。どうして僕、ここにいるんだろう……。


「今日は帰ってくれないか?」


 シントの言葉に三人ははい、とだけ返事をした。そして部屋を出ていく三人に続いて、僕も部屋を出ることにした。


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