第16話
「アラン様、少々休憩しませんか?」
一向に上達しない僕を見捨てもせずに教え続けてくれているキャベルト隊長は、その日急にそんなことを切り出した。向かった先は木陰で、地面にそのまま座り込むのはなんだか懐かしい。ほほをなでる風がとても心地いい。基本的には外で休憩なんてしないしなー。
差し出された水はよく冷えていておいしい。少しすっとするのは何かの果実を混ぜているのだろう。ここまで来てもキャベルト隊長は何も言わなかった。ただ、隣でじっと考え込むようにしているだけ。果たしてこちらから聞いてもいいのか、と悩んでいるとようやくこちらを向いてくれた。
「少し、私の話をしてもいいでしょうか?」
ようやく切り出してくれた隊長に僕はもちろん、と答えた。むしろやっと話してくれる、そんな気持ちにすらなってくるよね。
「私がもともとあまり裕福ではない出身なのはご存じですか?」
そうなの? てっきり貴族なのかと思っていた。それをそのまま口にすると、我が辺境伯家の名のもとに与えられている騎士爵なのだと教えてくれた。そうだったんだね。
「そんな我が家にはきれいな容姿をした姉がいたんです。
あんな貧乏な家には似合わない、と私も思っていたものです」
くすくすと笑いながら話す横顔は穏やかで、思っていたよりも暗い話ではなさそうなので安心しました。それにしても姉がいたんだね。
「そんあある日、姉に結婚を申し込んできた男性がいたんです。
その人はお金を持っている家の人でね、みんな喜びました。
これでしあわせになれる、と。
我が家はその日の暮らしに困るほどではありませんでしたが、あまり贅沢もできないくらいでしてね。
私もよかったね、と姉にいったんです」
そこで一回言葉を切る。そこには先ほどまでとは違い、なんだか寂しそうな顔をした隊長がいる。
「その時に、言われたのです。
私は裕福なのが幸福ではない、このままずっとここで暮らしていたかったのに、と。
本当に衝撃でした。
周りがよいと、自分がよいと思っていたことが姉にとってはそうではなかった、ということが」
お姉さんは結婚を望んでいなかったってことだよね……。だけれど、周りが盛り上がってしまったと。なるほど。
「それで、隊長の姉上は?」
「今はとても幸せそうに暮らしていますよ。
義兄さんはとても良い人ですから。
でも、あの時の姉の言葉はずっと頭から離れません」
そっか、良かった。結婚は幸せな方がもちろんいい。まあ、何がどういう風になるかその時にならないとわからないことが多いしな……。
「私はそんな姉と、アラン様を重ねていたのです。
もちろん、アラン様には魔術の才のおありだと思います。
でも、初めて剣を握られた時のあの嬉しそうな笑顔をどうしても無視することはできなかった。
本人が望むのならばその手助けがしたいと、そう思ったのです。
実際、アラン様は騎士向きの思考もされていましたしね」
それ以外がなかなかやばいんだけれど……。でも、よく付き合ってくれるな、とは思っていたけれど、そういう事情があったのか。そんなに僕のことを考えてくれていたなんて、今こうして話してくれるまで気が付かなかった。
「そんなに考えてくださり、ありがとうございます」
「いえ、勝手に重ねていただけなのですから。
これから外に出ていくと、あなたのその才能だけでこれが正しいと言ってくる人もいるでしょう。
でも、忘れないでください。
アラン様の人生はあなただけのものです。
決めつけてくる人の言葉を聞く必要はありません。
どうぞご自分が何を学びたいのか、何をなしていきたいのか、それを自身に問いかけ続けてください」
僕の目をまっすぐに見て、キャベルト隊長はそんなことを言う。自分が何をしていきたいのか。考えたこと、なかったかもしれない。いつでもやりたい、ではなくやらなくては、が先行していて自分の願いを振り返る暇もなかったのだ。でも、これからは違うんだね。
「はい!
……、キャベルト隊長は本当にいい人ですね。
隊長に剣を教えていただくことができてよかったです」
そう、剣を持った時うれしかったのだ。久しぶりに触れたかつての相棒が懐かしくて。でも、ここ数年、稽古を見てもらいながらとうに気が付いていた。この『アラン』の体には剣術に対する適正がないって。思いっきり動く気持ちよさを知っているから、それがすごくもどかしかった。
でも、もしかしたらそれは次は剣以外にも好きなものを見つけたらいい、ということなのかもしれない。そういう道もあるよね。
「ふふっ、何ですかそれは。
でも、ありがとうございます。
そうだ、何か欲しいものはありませんか?
9歳のお祝いに何か贈らせてください」
「ええ⁉
こちらがお世話になっているのに贈られるんですか……?」
ふつう逆だと思う。あれ? と首をかしげていると、子供は素直に受け取っていればいいです、と言われてしまう。そういうもの?
「そうですか?
でも、特にほしいものはないんです」
「では何か選んでおきましょう。
文句は受け付けませんよ?」
「言うわけがないですよ」
そんな貰ったものに文句なんてつけない。まあ、それが呪いの何か、とかだったら無言で突き返すけれどこの人はそんなことはしないだろう。楽しみにしていてください、と笑う隊長からは先ほどまでの空気はない。でも、まっすぐに伝えてくれた言葉はずっと頭に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます