第4話 恐怖の拡散

右京「じゃあ続きいきます?」

ジロー「お願いします」


そうしてまたすごい勢いで右京さんが写真を鑑定していく。

右京「これは抜け殻、これも抜け殻、こっちは本物、これはそもそも偽物、これは抜け殻、これは本物……ていうかなんだこれ……」

不意に右京さんが手を止めた。

霊能者さんの前に写真を並べようとした手を引っ込めて、まじまじと写真を見つめる。


小林「右京さん?」

右京さんは写真をゆっくりとジローさんに手渡した。

霊能者さんは目の前に並べられた写真から目を逸らさない。

小林「えっ?…これ?……なんですかこれ……」

小林アナがジローさんの手に握られた写真を覗き込んで絶句している。


「…………」

沈黙。

番組中とは思えない静寂が画面から伝わってくる。

コメント欄だけが慌ただしく流れていく。


やがて「えー……」とジローさんが声を出した。

ジロー「えー……と……ですね。すいませんちょっと一瞬言葉が出てこなくて……」

珍しくジローさんが動揺してる。

声が震えている。

こんなジローさん初めてだ。

何が写っているんだろう。


ジロー「勧請院さん、これ、わかります?」

互秋「わかります。見たくないです。そこにしまってください。見たくありませんから」


霊能者さんの声が硬い。

そうとう緊張してるのか、強張った口調で素早くそう言った。

コメント欄は「なんだなんだ?」とか「やばいのきた?」などの文字がすごいスピードで流れている。

対してほぼお通夜状態になった画面の中で、ジローさんが唸った。


ジロー「うーん……これは…予想外……。えーと……ち ょっと今……大変混乱してますけども………何が写ってるのか…と言いますと」

およそジローさんらしくない、モゴモゴとした口調だ。


ジロー「このスタジオが……写ってるんですが……ちょうどそのカメラの少し右側あたりから我々を映した写真なんですが……結構色褪せてて、古い感じになってるんですが……間違いなく今…このスタジオにいる我々を写した写真です」


んん?

「どういうこと?」

日菜がこぼした言葉は私の疑問と同じものだった。

ジローさんが画面の外側に向かって話しかけてる。


ジロー「これ何かした?…仕込んだ?…違う?…違うの?…じゃあマジ?……あー……マジか……」

番組の仕込みじゃないかと確認しているようだった。


ジロー「えーと……麦かぼちゃさんの家から持ってきたこの箱の中に…なぜか今このスタジオにいる我々を写した写真が入ってまして…それで……えー……勧請院さんの顔が……まあ……不自然な形で……歪んでいると……そういう写真ですね」

ジローさんが写真の内容を説明する。


どういうこと?

この、私が今観ている画面と同じ内容の写真が、箱から出てきたと。

それで霊能者さんの顔が……。


ジロー「勧請院さん、どう思います?」

互秋「わかりません、けど、そうとう嫌な感じですよね」


ジロー「スタッフが何かしない限りこんな写真が出てくるなんてありえないんですよ。俺達が座る位置もさっき決めたんだから。技術を持った人間がやらない限りこんな風に劣化することもない。……それでも出てきちゃったと……これはやっぱり、なんらかのメッセージだと考えた方がいいですよね」

互秋「そうなりますよね。その箱の中にいるモノが、これ以上面白おかしく見世物にするとタダじゃおかないぞという、そういうメッセージだと思います」


窓の外で雨が降り始めたようだ。

カタカタと窓枠が揺れている。

この雨は昨日と同じように幻なのだろうか。

手を握られる感触がしてハッとする。

隣を見ると日菜が私の手を握っていた。

「……これ本当かな?…………この雨は本当?」

不安な声をあげる日菜の手を握り返す。

「わからない。でも怖いね」

画面の中では霊能者さんが気丈に考察を述べている。

自分が写り込んだ心霊写真が出てくるなんて私だったら絶対嫌だ。

「ジローさんはどうするんだろう」

答えの出ない不安をジローさんに託す。

丸投げしてしまうのも怖かったけど、この状況で取れる選択肢は多くなかった。

このまま番組を見守るか、見るのをやめるか。


ジローさんが霊能者さんに問いかけている。


ジロー「どうします?やめた方がいいですか?」

互秋「私はやめた方がいいと思います」


ジロー「そうなると、番組の終了まであと1時間ちょっとあるんだけど……」

小林「もちろんここでやめても番組は続きます。勧請院さんのコメントを頂いて、右京さんの鑑定結果もお聞きして、ジローさん含めてフリートークでも………いやああっ!!」


突然、脈絡なく小林アナが叫んだ。

画面の中で後ろに仰け反るように手で顔を覆っている。

顔に当てた手の、指の隙間から見開いた目が写真を見ている。

凄まじい形相に息がつまる。


何を見ているんだろう。

小林アナはブルブル震えながら写真から目をそらさずに「動いて…!……動いてる!!」と叫んだ。

再び写真を覗き込んだジローさんが呻く。

ジロー「うわ……」

右京「どうなった?……どうなってるの?」

霊能者さんは無言で目の前に並べられた心霊写真を見ている。

ジローさんは「さっきと写真が変わってる」と言って右京さんに写真を手渡した。

右京「マジか……うわー……変わってるね……」

そう言って顔をしかめる。

霊能者さんは俯いたままだ。

また数秒の沈黙が降りて、そしてジローさんが口を開いた。


ジロー「えー……まあ……まさに信じられない……ってやつなんですが……先程から見ているこの写真……に、写っている内容……といいますか……シーンなんですけども……」

ジローさんの声が震えている。

事態についていけてないのか、あるいは単に怖いのか、いずれにせよこんなジローさんは初めてだ。


ジロー「さっきまではそのカメラのちょっと横から我々を写した写真だったんですけども……えー……構図は変わらないんですけど……さっきまで変な顔で写ってた勧請院さんが……今見ると上にずれてる………というより……足がブラブラして……頭は写真の上に切れてて見えなくて……まあ要するに……首を吊ってる…ように見えるんです」

霊能者さんは俯いて動かない。


ジロー「さっきまでは普通に座っている写真だったんですが……それは間違いなくここにいる全員が確認してたわけなんですが……今見ると首を吊っている……この数秒の間に写真が変化したっていう……まあそういうことなんですけども……」

右京「ありえるの?そんなこと」

ジロー「いや…ありえるとかじゃなくて……現にほら……変わってるじゃん」

右京「マジで仕込みじゃないの?……ジローさんの企画でしょこれ?………」

右京さんの声も尋常じゃなく震えてる。


右京「だっておかしいじゃん!」

こらえきれないように右京さんがカン高い声で叫んだ。

右京「どう考えても作ってるよこれ!……ありえないでしょ!」

「…………」

誰も反応しない。

再び画面の中で沈黙が訪れる。

頭を抱える小林アナ、腕組みをして考え込むジローさん、俯いて動かない霊能者さん。

右京さんが周りを見回して怒鳴る。

「これ作ったやつ誰よ!いくらなんでもタチが悪いって!遊びの限界超えてるよ!」

興奮して声が裏返りながら叫ぶ右京さんの横でジローさんは動かない。


右京「ちょっと一旦番組止めよう!シャレになってないって!」

そう言って懐からタバコを取り出した。

おそらくどこかの会議室だろうに、右京さんはタバコに火を付けて吸い始めた。

誰も咎めようとしない。

番組を止めるどころかカメラは回り続けているのに、誰一人まんじりとせずに固まっている。


右京さんが携帯灰皿にタバコをねじ込んで火を消した。

右京「ジローさん、どうすんのこれ?」

若干落ち着きはしたものの、まだ右京さんはテンパっている。

ジローさんは腕組みをしたまま動かない。


「ジローさん、やめましょう」

誰かの声がした。

ジローさんが画面の外に顔を向ける。

「やめましょう、シャレになってないです」

ウーンと唸ってジローさんが頭をかく。

どうやらスタッフの人がジローさんに喋っているらしい。

フーッと大きく息をつくジローさん。

右京さんは黙っている。

ジローさんの答えを待っているようだ。


「えー」と言いながらジローさんがカメラを見る。

ジロー「番組をご覧の皆さん、大変残念ですが、これ以上の撮影は困難という判断が……あー…出ました。今日のところはですね…えー…一旦これで終了して……後日また…えー…みなさんに報告できるように…したいと思います」

色々考えながらなのだろう、ジローさんが放送終了の旨を告げる。


ジロー「この写真と箱についてもですね、一応この後すぐにしかるべきところでお祓いとお焚き上げをして、安全が確認できた段階で皆さんに何かしらお伝え…したいと思います。すいません。今日のところは一旦終わりです」

そう言って頭を下げるジローさん。

進行役の小林アナは震えてるだけで何も言わない。

右京さんも霊能者さんも黙ったままだ。


「はい……終わりました」

先ほどのスタッフさんの声が聞こえる。

カメラはスタジオを映し続けている。

撮影を止めたつもりなのだろうか、何人ものスタッフさんが画面の中に現れて箱に蓋を閉めてどこかへ持って行くのが見える。


右京「いやー……ヤバいヤバい。こんなヤバいの初めてだわ俺笑」

右京さんが座ったまま伸びをして頭の後ろに両手を添える。

完全にカメラを止め忘れている。

コメント欄はものすごい勢いで流れている。

「ふざけんな」とか「マジならやばすぎ」などの書き込みが見えた。


画面の中ではジローさんと右京さんが話している。

霊能者さんはさっきから俯いて動かないままだ。

と思った瞬間、霊能者さんが座ったままの姿勢で横に倒れた。

腕を膝の上に乗せて姿勢良く座っていた霊能者さんは、その格好のまま右京さんの反対側、画面の右側にふらっと倒れた。

倒れる途中で顔ごと机にぶつかってガンッ!という音が響いた。

驚いたジローさんと右京さんが立ち上がって霊能者さんに駆け寄る。

小林アナも我に返ったように立ち上がり画面の外に消えた。

机を回り込んで霊能者さんの方へ駆け寄る小林アナの服が画面左側から一瞬大きく映ってすぐに反対側に消える。

全員がおそらく床に倒れている霊能者さんに駆け寄ったので画面の中から人がいなくなる。


真っ白な壁と茶色い机。

その画面の右側で何かが動いた気がした。

なんだろうと思ってよく見ると、白い壁の中に影のようなものが見えた。

「愛梨…………映ってる……」

日菜が震える声を出した。

日菜が何を言ってるのかすぐにわかった。

影のようなもの、と感じたソレは、明らかに人の形をしたナニかだった。

白い壁に投影されるように写り込んだ黒っぽい影。

それはさっきまで俯いて動かなかった霊能者さんのシルエットをそのまま壁に映しこんだような、人型の影だった。

画面の右側に映っているソレを認識して数秒、私も日菜も何も言えずに黙って画面を見ていた。

ふと画面の左側、大きく白い壁が映し出されているその空間に、画面の左半分を埋め尽くすほどの大きな顔が映り込んだ。

「いやっ!!」

日菜が大声を出して椅子から飛び上がるように立ち上がった。

「なにこれ!なにこれ!……愛梨……嘘でしょ!?……これヤバいよ!……」

取り乱す日菜と対照的に私は画面に釘付けになっていた。


画面の半分を埋め尽くした白黒のその顔は、こちらを見ているようだが判別がつかない。

影が人の顔の形に壁に映り込んでいる。

まるでよくできた心霊写真のように、しかしわずかに蠢いているような生々しさで、画面の中からこちらを覗き込んでいる。

それが大きな顔であるとはっきりわかった途端、その顔が口を大きくパクパクさせて何かを言っているように動いた。

コメント欄がありえないほどの速度で流れていく。

皆こんな状況でよくコメントできるものだと、妙に冷静に考えている自分がおかしかった。


バン!と音がして風が窓に打ち付けてきた。

外はものすごい雨と風が荒れ狂っている。

本当に雨が降っているなら、傘など吹き飛ばされるほどの嵐だろう。

さっきから勢いを増してきた嵐は立て付けの悪い窓を揺らして、私の部屋をめちゃくちゃに荒らそうとしているかのようだった。


「愛梨!」

突然日菜が叫んで私の頬を引っ叩いた。

「何してるのダメだよ!!」

両肩を揺さぶられてハッと気がつくと同時に、左の手首に鋭い痛みが走った。

左手を見ると手首に真っ赤な線が引かれて血が溢れてきている。

違和感に戸惑いながら周りを見ると、右手に血まみれのカッターを持っていた。

びっくりして手を離すと、カッターはそのまま落下してカチャンと音を立てた。


「どうしたの愛梨!?ねえ、なんでそんなことするの?」

日菜が泣きながら肩を揺すってくる。

画面に目をやると、相変わらず人型の影と大きな顔が画面に映っている。

左手の痛みを意識しつつ右手でマウスを動かしてブラウザを閉じる。

窓の外は嵐が荒れ狂っている。

打ち付けてくる雨も風も今まで経験したことがないほどに強い。


不意に右手に痛みが走った。

見ると右手の中指の先から血が流れ出していた。

痛みは弱まるどころか強さを増し、メリッ…メリッと音が聞こえるかのようにゆっくりと中指の爪が剥がれていく。

「…………!!」

痛みに呻いて左手で右手の指を包み込む。

その中で中指の爪がベリっと剥がれたのがわかった。

「ぐっ……ぎぎぃぃい……!……」

悶絶する私の両肩を日菜が揺すっているけど、何を言ってるのかわからない。

日菜が何か言ってるとわかってはいるけど、新たに生まれた薬指の痛みにそれどころではない。

同じように左手で中指と薬指を握りしめても、その手の中でベリっと音がして薬指の爪も剥がれた。

「ぎっ…いっ……ひぃぃ……」

痛みに何も考えられず、声にならない絶叫が漏れる。

続いて現れた人差し指の痛みに、まだ続くのかと悟った途端、窓の外に渦巻いていた嵐が消えたのがわかった。

なにも考えずほとんど条件反射のように、窓を開けて身体をさらけ出す。


「愛梨!!」

日菜の声が聞こえてきたが、酷くなる人差し指の痛みに耐えきれず私は窓枠を超えて静寂の中に飛び出した。

そこに平安があると何故か思っていた。

次の瞬間、手の痛みは綺麗さっぱりなくなり、視線の先、はるか遠い地面で私を見上げる女の人と目があった。

その女の人がさっきの画面に映っていた大きな顔の正体だとわかった。

あの人が画面の中から私を見ていたんだ。

楽しそうに笑うその女の人の笑顔が気持ち悪くて、私は自分がしたことの取り返しの付かなさに気がついた。

落下する私を見ながら笑っているあの女の人は、きっと落ちてからも私に酷いことをするのだろう。

目の前に迫る地面を見つめながら、私はそんなことを考えていた。


第一部 完

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