SS6 幸香と敏雄の約束
敏雄の目覚めを待っていた時のまるで牢屋のような部屋から、一見すると不通の部屋に移された幸香は、ベッドの端に座って俯いていた。
先ほど彼女は、敏雄のこれから、そして自分に架せられたことを伝えられた。
新型ジルコンとして、敏雄に戦わせるための人質。
それが幸香の役目だと言われた。
そして、自分と敏雄が、あの時アンバーが襲撃してきた時に死んだことにされ、葬儀もすでに終わっており、死亡届も出されて社会的に殺されたことも。
親代わりである院長や、友達達が葬儀に参列したことやその様子まで映像まで見せられ、幸香は見ていられず顔を覆って泣いた。
「我々を恨むのなら、勝手に恨みたまえ。これもすべては世界の平和のためだ。」
そう言い残して、幸香に説明をした使いの者はいなくなった。
人がいなくなった後、幸香はさめざめと泣いた。泣き尽くすほど泣いた。
どうしてこんなことになってしまったんだと、自問自答した。
悲しくて、言いようのない絶望感に打ちのめされいっそ気が狂ってしまえば楽なのにとも思った。
しかし……。
ふと、敏雄の顔が脳裏を過ぎり、幸香はハッとした。
説明をしに来た者が言っていたじゃないか。今頃、敏雄は新型ジルコンとしての説明を受けているだろうと。
それを思い出した幸香は、敏雄は今頃どうしているのだろうかという心配の気持ちがこみ上げて、泣いている場合じゃないのだと気持ちを切り替えることが出来た。
「…敏雄……。」
独りぼっちの部屋の中で、幸香は敏雄を恋しがって名前を呟いた。
その時、勢いよく扉が開かれた。
「幸香!」
「敏雄!」
ビックリして顔を上げると、そこには、赤い髪と赤い目になってしまった敏雄がいて、幸香に駆け寄ってきた。
「無事か!?」
「敏雄こそ…。」
「俺は平気だ。アイツら…何もされてないだろうな?」
「説明は…聞いたよ。それと、私達のお葬式の映像も見せられた。」
「なっ…、あ、ああ、アイツらぁ!!」
「だいじょうぶ。私はだいじょうぶだから。暴れちゃダメだよ。」
「幸香…。」
幸香は無理に笑い、敏雄を落ち着かせた。
敏雄は、幸香の顔に残っている涙の跡と、泣きはらした目を見て、グッと怒りを堪えた。
「ねえ、敏雄…。」
「…なんだ?」
「私のことは…、気にしないでいいよ?」
「なっ! 何言ってやがんだ!」
そんなことできるかと敏雄が怒る。
「だって……、私…、敏雄の足手纏いになりたくないもん…!」
幸香の目から再び涙が零れだした。
「馬鹿野郎…!」
「敏雄…。」
すると敏雄が顔を歪め、幸香を抱きしめた。
幸香は、ビックリして大きく目を見開いた。
「……俺は、戦うからさ。」
「敏雄?」
「アンバーを……、全部ぶっ倒す…、いや、ぶっ殺すから!」
「と、敏雄? く、苦し…。」
「あ、ごめ…。」
敏雄の腕力に幸香の身体が軋むような気がして、幸香はたまらず苦しい声をあげると、敏雄は、ハッと我に返り、幸香を放した。
「痛いよ…、馬鹿…。なんか、力が? 強くなってるの?」
「ああ…、そうみたいだな。なんていうか、今ならビルひとっ飛びぐらいできそうな気がする。」
敏雄は、ベッドの縁を囲む鉄の柵の部分を掴んだ。そして、握ると、簡単にグシャグシャにできてしまった。
「……これが、ジルコンの力かよ…。」
「敏雄…。」
「幸香は、気にすんな。俺は、俺の望みで戦うって決めたんだからな。」
「何言ってんの!」
「だって…、明日には、ダチや院長達も…死ぬかも知れないんだぜ!? アイツらはどこにでも現れるんだからな!」
敏雄の強い言葉に、幸香は言葉が出なくなった。
何を吹き込まれたのか知らないが…、敏雄は望んで新型ジルコンとしてアンバーと戦い、その核を《GAEA》に供給するという永遠に終わらない作業をしようとしているのだ。
それがどれほど空しく、死ぬまで終わらない辛いことであるかを、先ほど説明を受けて幸香はざっくりとだが理解していた。
「ダメだよ…、そんなの、ダメだよ!」
「戦わないと、俺に残された道は人体実験だけだってさ。」
「そ、んな…。」
幸香はそれを聞いて幸香は言葉を失い、ガクリッと床に両膝をついた。
「……なあ、幸香…。」
「……なに?」
愕然としていた幸香に敏雄が一転して弱い声で言った。
「……俺……、俺達は……、殺されたんだ。大人達に…。」
「うん…。」
「二人っきり…だな。」
「だね…。」
「……頼みが…あるんだけど…いいか?」
「……うん。」
「………戦って、何度でも戦って帰ってくるからさ…。そん時は……、愚痴とか…聞いてくれるか?」
「……馬鹿だね。」
フフッと幸香が笑った。
「なんだと?」
「その代わり、私の愚痴も聞いてよね? いい?」
「当たり前だろ?」
「じゃあ、決まりだね。」
「いいのか?」
「当たり前でしょ? 私とあんたの仲じゃない。」
「……ありがとな。」
「こちらこそ。」
幸香は顔を上げ、今度こそ、無理もせず、笑えたのだった。
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