第3話:馬鹿者

 シャトゥ=ツナーは黒い馬上槍に腹と背を突き破られながらも叫んだ。ここで自分は死ぬだろうとわかりながらも、それでも創造主:Y.O.N.Nにナナ=ビュランを殺されないために、最後の力を振り絞り、右手に握る赦しの光ルミェ・パードゥンにありったけの魔力を注ぎ込む。


 だが、赦しの光ルミェ・パードゥンはほのかに明滅するだけで、光り輝こうとはしなかった。シャトゥ=ツナーは自分の意思を汲み取ってくれぬ赦しの光ルミェ・パードゥンに歯がみする。腹に突き刺さりつつも、うねうねとのたうち回る黒い馬上槍による痛みよりも、右手に握る長剣ロング・ソードが自分の言うことを聞いてくれぬことのほうがよっぽど彼の心に痛みを与えたのであった。


(俺の命を全部持っていって良いから、俺のために力を貸してくれッス! このままだと、ナナまでヨンさんに殺されてしまうッス! 俺はそんなの嫌なんッス!!)


 シャトゥ=ツナーは血反吐を口からまき散らし、両目から血の涙を流しながら、赦しの光ルミェ・パードゥンに訴え続けた。自分の命などどうなってしまっても構わない。でもだ、それでもだ。自分が惚れた女性を護れれば良いと強く心に念じるのであった。




――汝、真に大切な者が見つかったのか?


 視界が紅く染まり、ついには暗い色に変わりつつあったシャトゥ=ツナーの脳裏に誰とも知れぬ壮年の男の声が聞こえてくる。


――汝、その大切な者を護るために自分の命を捨てるのか?


 その男の声はどこか残念至極と言った印象を受ける。まるでシャトゥ=ツナーの想いを否定するが如くの口調である。


(惚れた女のために命を捨てることのどこが間違っているッスかっ!)


――それはある意味で正しい。だが同時に間違っている。


 男の声はまるでシャトゥ=ツナーを諭すかのように語気を強めて言う。


――大切な者が真に求めることが何かを汝はわかっていない。


(俺が間違っているって言いたいんッスか! 確かに俺は馬鹿ッス! だからどうしたと言うんッスか!)


 シャトゥ=ツナーが怒気を孕んだ想いで壮年の男に喰いかかる。しかし、壮年の男は明らかにため息交じりの台詞を紡ぎ出す。


――かつてのわれも汝と同じ馬鹿者であった。しかし、われは死んだ後に気づいた。天に昇っていくわれわれの愛する女性が地面に額をつけて泣き崩れているのを見た。


 シャトゥ=ツナーは自分に語り掛けてきている男が誰なのであるか、察するに至る。かつて、自分と同じように命を懸けて護りたい女性がおり、その女性のために命を落としたことを。


(そう……ッスか……。でも、あんたは護れたんッスよね? その女性のことは。それであんたは本望だったんじゃなかったんッスか?)


――われの想いは叶った。しかし、彼女の想いはわれのものと違っていた。それがどれほどの不幸か、わからなかったゆえにわれは馬鹿者なのだ。


 壮年の男の声には悔恨が込められていた。馬鹿者は自分ひとりで良いと伝えているのである。


――汝、愛する者と生きよ! それがわれが汝に力を貸す条件だ!!




 シャトゥ=ツナーは視界が真っ暗になりながらも、両目を見開く。例え、その瞳が何色をも映さなくても、彼は脳裏に浮かぶ愛する女性の全身像を眼に焼き付けた。


「ナナ、俺は死なないッス! 生き続けて、ナナに降りかかる災難を全て振り払ってやるッス!」


 シャトゥ=ツナーは腹を黒い馬上槍に貫かれたままの状態で、赦しの光ルミェ・パードゥンの柄を両手で握りしめる。ゴボッ! と大量の血反吐を口から吐き出しているにも関わらず、彼は長剣ロング・ソードの柄を決して手放さない。そしてシャトゥ=ツナーは長剣ロング・ソードの刀身の腹を額に付けて、こう叫ぶ。


「『光射す向こうへ彼女と共にヴィッザ・ルミェ・アベックエル』発動ッス!!」


 シャトゥ=ツナーが喉の奥から想いのたけの全てを乗せた魂の叫びが奇跡を呼び起こす。シャトゥ=ツナーの身に突き刺さっていた黒い馬上槍は黄金こがね色に染まり、霧が晴れていくかのように宙に溶けていく。そして、彼の身もまた黄金こがね色の光に包み込まれ、彼はニンゲンの眼では知覚出来ぬほどの細かい粒子へと変貌していく。


 しかしながら、その細かい粒子は宙に霧散していくわけでもなく、一つ処に集まり、再びヒトの姿へと舞い戻る。そして細かい粒子はヒトの姿だけでなく、そのヒトを包み込むようにあるモノを形どり始める。


 彼の両腕には黄金こがね色の金属製の籠手が。そして、両足の足首から太ももを覆うようにこれまた黄金こがね色の金属製の脚絆きゃはん。さらには、下腹部、みぞおち、胸部、背中へと黄金こがね色の粒子が集まり出して、意匠が施された黄金こがね色の全身鎧フルプレート・メイルに変化していくのであった。


 その全身鎧フルプレート・メイルの胸からみぞおち辺りにかけては、獅子の顔がくっきりと浮かび上がる。そして、彼の顔の前面部を覆う金属製の黄金こがね色の鉄仮面付き兜に変わる。その鉄仮面付き兜は胸部分に浮き出た獅子のたてがみの一部でもあるかのような形となる。


 黄金こがね色の全身鎧フルプレート・メイルに身を包んだシャトゥ=ツナーは、2本の足でドームの地面にしっかりと立っていた。その姿に一番驚いたのは黒獅子・変態ダークリオン・トランスフォーメーション状態のマスク・ド・タイラーであった。


「なん……だと!? あれは伝説の金獅子・変態ゴルデオン・トランスフォーメーション……だぞ!? 真の勇者のみが装着することを許される『勇者の鎧』をあのシャトゥくんが身に着けた!?」


 シャトゥ=ツナーが身に着けている黄金こがね色の全身鎧フルプレート・メイルは色こそマスク・ド・タイラーが身に着けているそれとは違うモノの、意匠はまったくもって同じであった。まるでそこに背の低いマスク・ド・タイラーの弟が現れたと言われれば、皆が納得してしまうほどにそっくりだったのである。


「不思議な気分ッス……。さっきまで死にかけていた自分なのに、今は身体の隅々に力が行き渡っているのを感じるッス……。俺、本当は死んでしまって、魂が自由になっただけなんじゃないかって思ってしまうッス……」


 シャトゥ=ツナーは鉄仮面の奥から自分の両腕、両足、胸を見る。先ほどまで感じていた、死ぬほどの痛みなど全てがどこかに吹き飛んでいた。ただただ、心地よい爽やかな風が心を支配していたのであった。

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