第4話:ありったけの力

 ナーガ=ポティトゥは蛇行しながらマスク・ド・タイラーをそのまま押し続ける。ドームの壁まで5ミャートル、4ミャートル、3ミャートル……。壁がどんどん近づいてくるたびに、ナーガ=ポティトゥは彼に勝ったという確信が心の中に去来する。


「うおおおおおっ!!」


 マスク・ド・タイラーは押しつぶされてなるものかと全身にありったけの力を込めて、ナーガ=ポティトゥを押しとどめようとする。しかし、彼我の体重差は10倍以上。ナーガ=ポティトゥのエネルギーを御するにはマスク・ド・タイラーひとりの力だけでは足りなかったのである。


(力が足りないっ! わたしひとりではどうにもならないっ!)


 マスク・ド・タイラーの鉄仮面の奥にある顔は苦渋に満ちていた。このままドームの壁にぶち当たれば、いくら黒獅子・変態ダークリオン・トランスフォーメーション状態のマスク・ド・タイラーと言えども、無事で済むとは思えなかったのである。


「しょうがないみゃー。タイラー殿、これは貸しなんだみゃー」


 マスク・ド・タイラーは自分の耳にネーコ=オッスゥの声が突然聞こえたことにより、ゾクッ! と背中に冷や汗が大量に流れる感触にとらわれることとなる。


「ネーコくん、やめたまえっ!」


「ははっ。戦友ともをひとりで逝かせるわけにはいかないんだみゃー。ほら、僕も力を貸すんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥはそう言うや、マスク・ド・タイラーの背中側にいつの間にか周り込み、彼の胴を筋肉隆々な両腕で包み込み、一気に力を振り絞る。ネーコ=オッスゥは苦痛に顔を歪ませながらも、それでもマスク・ド・タイラーに助力を買って出ることはやめなかった。ギリギリと奥歯を噛みしめて、歯茎から血が流れ出ようが、それでもナーガ=ポティトゥを止めようと、出来る限りの力を振り絞ったのである。


 急に壁へ接近する速度を落とされたナーガ=ポティトゥは眼を剥くことになる。


 壁までの距離、残り3ミャートルを切ったというのに、そこで足踏みされることとなったのだ。ナーガ=ポティトゥは自分よりも小さく、力も弱いはずである虫けらに自分の突進の速度を落とされたことに立腹する。そして、その怒りは車輪の回転に加わり、ますます、車輪は地面の表面を滑るように削り、不快な音が一層、ドーム内を満たすことになる。


 拮抗しかけたに見えたナーガ=ポティトゥとマスク・ド・タイラーたちであったが、それは十数秒ほどである。またもや、マスク・ド・タイラーたちはナーガ=ポティトゥに押されて、ドームの壁へと押し込まれていく。


「くっ! すまないっ! ネーコくんひとりの助力では足りなかったようだっ! 壁にめり込まされるのは、わたしひとりで良いっ。ネーコくんは隙を見て、この場から撤退するんだっ!」


 マスク・ド・タイラーは徐々に徐々に背中側に壁が接近していることを察知し、ナーガ=ポティトゥにやられるのは自分ひとりだけで良いとネーコ=オッスゥに伝える。だが、ネーコ=オッスゥは聞く耳もたずといった感じで、ますます、マスク・ド・タイラーを支える力を強めていくのであった。


「水臭いことを言うんじゃないんだみゃー。ひとりで駄目ならふたり。ふたりでも敵わないなら、3人でやるんだみゃー。僕たちはナナ殿を護る三剣士なんだみゃー。おい、シャトゥ殿、死んでいる暇なんか無いんだみゃーーー!!」


 ネーコ=オッスゥが突然、シャトゥ=ツナーの名を叫ぶ。マスク・ド・タイラーはいったい、何を言っているんだと困惑する。シャトゥ=ツナーは先ほど、ナナ=ビュランを護るために、その身をナーガ=ポティトゥの鱗により血まみれのボロ雑巾にされたのだ。そのボロボロになっていく姿をマスク・ド・タイラーも見ていた。そうだからこそ、シャトゥ=ツナーが生きているだけでも奇跡と言っても良いのだ。


「へへっ……。ヒト使いが荒いッスね……。しっかし、さっきはマジで死ぬかと思ったッス」


 突然、自分の背中側からシャトゥ=ツナーの声が聞こえたことで、マスク・ド・タイラーは仰天する。シャトゥ=ツナーが生きていたことはもちろんとして、まさか、自分の背中側に回り込んでいたなど、予想外すぎたからだ。


「じゃあ、俺も出来る限りの助力をするッス! ネーコさんも出し惜しみしちゃダメッスよ!! 詠唱コード入力……」


「やめるんだ、シャトゥくん! キミは生きているだけでも奇跡なんだぞっ! それなのに、まだ赦しの光ルミェ・パードゥンの力を引き出そうとするのかっ!」


「うっさいッス! 俺はナナを護ると決めたんッス! 俺の命の使い道は俺が決めるッス! あんたもごちゃごちゃ言わずにナナを護るために命を薪に変えて、かがり火の炎を燃え上がれさせろッス!! 光射す向こうへヴィッザ・ルミェ発動ッス!!」


 ネーコ=オッスゥの背中を両手で押すシャトゥ=ツナーの左側に佩いた赦しの光ルミェ・パードゥンを中心に白銀の光があふれ出す。そして、その光はシャトゥ=ツナー、ネーコ=オッスゥを。さらにはマスク・ド・タイラーをも包み込む。


 ナーガ=ポティトゥは信じられない光景をその眼に焼き付けられる。光の塊と化した脆弱なる虫けらたちが、自分の前進を完全に止めたのだ。ナーガ=ポティトゥがいくら高速に6つの車輪を回転させようが、それ以上、前に進むことはできなかった。否、前進するどころか、後退をよぎなくされたのである。これにはナーガ=ポティトゥも予想外すぎると言っても過言ではなかった。


 ナーガ=ポティトゥが面喰らっていると、物理的な衝撃が喉元に突き刺さる。


爆破エクスプロージョンッッッ!!」


 なんとマスク・ド・タイラーが白銀の光に包まれながら、右手の指を真っ直ぐに揃えて、ナーガ=ポティトゥの喉仏に出来た斜めのひと筋の亀裂に貫き手で深々と右腕をめり込ませる。さらには爆発系魔術で右腕を包む黒い籠手を爆発させたのである。そして、マスク・ド・タイラーは血まみれとなった剥き出しの右腕を抜き、続けざまに左のこぶしを力いっぱい握り込む。


 鱗が完全に剥がれて、機械化した肉が剥き出しとなってしまっている喉仏に深々と左のこぶしをめりこませ、肘の辺りまでぶっこむのであった。そして、マスク・ド・タイラーは雄叫びをあげながら


爆破エクスプロージョンッッッ!」


 マスク・ド・タイラーは身体に残るありったけの魔力を込めて、左腕を包む黒い籠手を爆発させる。ナーガ=ポティトゥはたまらずウギイイイッ!! と悲鳴をあげて、頭を後ろへとのけぞらせる。


闇より暗い水底へダーカーザンダークッッッ!!」

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