第10話:人竜一体モード

「さてと……。このまま戦うのも面倒ですし、かといって、退けば貴方たちは大喜び……。それではつまらないので、全力を出させていただきますわ?」


 コニャック=ポティトゥはそう言うと、紫色のボロボロのフード付き外套マントを身体から剥ぎ取り、美しいプロポーションを強調する服装を露わにする。まるで娼館に住む女王然とした、身体にぴったりフィットした紅い革製のボディスーツと、膝まである革製の紅いブーツを着用していた。


「殿方をこの豊満な胸の谷間にうずめながら、首を掻き切るのが好みですが、貴方はそうさせてもらえないでしょうし……」


 コニャック=ポティトゥは右腕の刃先でボディスーツの胸元を軽く斬る。するとだ、ボディスーツに包み込まれていた大きな胸が零れ落ち、同時に桜色の乳首が剥き出しになる。ネーコ=オッスゥはその豊満な胸を見て、ごくりっ……と生唾を飲み込んでしまう。だが、マスク・ド・タイラーは違った。


「ふんっ! 作り物のおっぱいに何の興味を持てと言うのだっ! おっぱいとは大地を耕すかのように丹念に育てあげるものだ! 貴様のおっぱいを見たところで欲情などせんわっ!!」


 マスク・ド・タイラーの啖呵に、ネーコ=オッスゥは、おお……と感嘆の声をあげるしか他なかった。グラマラスな女性が好みのネーコ=オッスゥは、コニャック=ポティトゥが露わにした乳房に釘付けになっていた。あの乳房の谷間に顔をうずめたまま死ぬのであれば本望とも思えてしょうがなかったのである。


 しかし、マスク・ド・タイラーの言いにネーコ=オッスゥはわれに返ることになる。こいつらは一言では言い表し難い怪物に変わるのだ。それならば、あの美しく豊満な乳房も自由自在に変えれるはずだと。ならば、そんな作り物の胸に何の価値があるのかと。そんなまがい物を拝むくらいなら、貧しい土壌でしかなかったであろう、ナナ=ビュランのつつしまやかなおっぱいのほうがよほど価値があるとネーコ=オッスゥはそう思いながら、ナナ=ビュランの胸を見て、はあ……とため息をつく。


「ちょっと? ネーコさん! 今、あたしのほうを見て、あからさまにため息をつかなかった!?」


「気のせいだみゃー。貧相な土壌でも美味しい葡萄が実るのか、思案していただけだみゃー」


 なんとも釈然としないナナ=ビュランであったが、ネーコ=オッスゥに構うよりかは、今はコニャック=ポティトゥに注目せざるをえない状況であった。彼女は本当の力を出すと言ってのけている。ということは、マウント=ポティトゥ同様に下半身は馬のように4本足の怪物に変化すると言うことを表しているからだ。


「では、わたくしの本当の姿を見せてさしあげますわ……!」


 ナナ=ビュランの予想通り、コニャック=ポティトゥはその身から膨大な魔力を発する。そして、その魔力は黒い霧のようになり、渦巻きながら辺り一帯を包み込む。急に視界が黒に染まり、ナナ=ビュランたちは困惑する。何度も経験しているので頭の中ではわかっているものの、やはり、身体が恐怖を覚えるのであった。ナナ=ビュランたちは心から湧き上がってくる恐怖にその身を縮こまらせる。


 そして、その黒い霧の中からカマキリのような大鎌が飛び出てくる。その大鎌の刀身は銀色に輝いており、夕日を浴びて、刃先が血の色のように染まっていた。さらにズシンズシンという地響きと共にコニャック=ポティトゥの下半身が現れる。今までのように馬の下半身ではなく、それは虎を連想させる力強さを持ったモノであった。


「なん……なの? この前、見た時と下半身の形状が変わっているわっ!」


 ナナ=ビュランを驚かせたのは下半身の形状だけではなかった。黒い霧から飛び出すように現れた顔も以前と違っていたからである。記憶が確かならば、以前のこいつの顔は豹であった。しかし、ナナ=ビュランの眼には明らかに爬虫類のように見えた。いや、よくよく見れば、ドラゴンの顔であったのだ。


「フフフッ。この形状は気に入らないのですが、マウント=ポティトゥとジャガ=ポティトゥが倒れた今となっては、わたくしひとりでどうにかしないといけませんノデ……。力・技・速さの全てを兼ね備えた形にさせてもらいまシテヨ?」


 コニャック=ポティトゥが先ほどまでの妖艶とした声から一変し、まるで男性と女性の声が合わさったような声に変っていたのである。そして、姿かたちも以前とはまるで違っていた。下半身は虎のように太くたくましい4本足を持ち、上半身は細くしなやかなメスの鳥人間ハーピーを連想させた。しかし、両腕は羽毛ではなく、爬虫類の皮膚のように硬い鱗で覆われており、手首から先はカマキリのような大鎌であった。


 そして、極めつけはドラゴンそのものの顔をきたモノだから、ナナ=ビュランたちは恐怖心だけではなく、忌避感にも襲われることになる。


「ふんっ……。龍族を喰ったか……。なるほど、さすがは三大貴族で最強と自称するだけはある」


「ご名答デスワ。名付けて人竜一体モード……。紅き竜レッド・ドラゴンの幼子を10匹ほど、いただきまシタワ。でも、勘違いしてほしくなくテヨ? 彼らはわたくしの胸にしゃぶりつきながら、嬉し涙を流していまシタワ?」


 コニャック=ポティトゥの言う通り、老齢なドラゴンのいかつい顔つきではなく、どこかに柔らかさを持っていた、彼女のドラゴンの顔は。だが、その柔らかさが余計にマスク・ド・タイラーをいらつかせたのも事実であった。


 マスク・ド・タイラーは何も言わずに胸の前で腕組をしていた両腕を黒いパンツの中に突っ込む。そしてもぞもぞと何かを探る。彼が黒いパンツの中から両腕を引っこ抜くと、その両手は真っ黒に照り輝くご立派な棘だらけの金砕棒の柄を力強く握っていたのであった。


「貴様に龍剣ドラゴン・バスターを使うのはもったいないっ! この金砕棒で、その醜い顔を砕いてやるっ!!」


 マスク・ド・タイラーは下手したてに持っていた金砕棒を持ち直し、独特の構えで金砕棒を握りしめる。全身全霊を持ってして、その金砕棒を振りぬかん意思が込められた構えであった。しかしながら、そんなマスク・ド・タイラーに向かって、くっくっくと笑みをこぼすコニャック=ポティトゥである。


「わたくしを挑発して、突進させようとしているのは馬鹿でもわかりますワヨ。さて、ご期待に沿えぬことは残念デスガ……。竜の焼き付く息吹ドラゴニック・ファイアブレスを喰らいなサイ!!」

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