第10話:2人のゴールド

 ナナ=ビュランはマスク・ド・タイラーの提案に心底、嫌なモノを感じてしまう。この獅子のマスクに黒いパンツ一丁、そして黒い外套マントを羽織った男と喫茶店に行けば、街行く人々から好奇の眼で視られるのは至極当然のことのように思えたからだ。


 しかしながら、何のお礼もせずに、はいさようならとはいかないのは百も承知であるナナ=ビュランである。彼女はうーーーんと唸り数十秒ほど悩んだ末に、はあああと深いため息をつき、ちょうど近くにあるカフェテラスに向かうことにするのであった。


 そのカフェテラスでコーヒーを3つ注文し、通りに面する座席に着席し、ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーは自分たちの事情を説明するのであった。彼女らが説明している間、マスク・ド・タイラーは獅子のマスクを着けたまま、コーヒーを飲んでいた。


 その異様さが通りを行く人々を驚かせる。皆、マスク・ド・タイラーを見て、ギョッとした顔つきになり、次の瞬間には見てはいけません的な雰囲気で、さっとマスク・ド・タイラーから視線を外すのであった。


 ナナ=ビュランはそんな皆の視線を感じていたが、なるべく気にしないようにしつつ、自分たちが置かれている状況をマスク・ド・タイラーに告げる。


「なるほど、なるほど……。巫女、いや、神から指名を受けてしまって、さらにはキミの助力を買ってでた姉と婚約者が賊に攫われてしまったと……。なかなかに人生を謳歌しているなっ!」


「あのー? 謳歌って言葉は不適切な気がするんですけど?」


「ハーハハッ! すまないっ! 暗い話であるから、明るい雰囲気で表現してみたが、これは失敗してしまったようだっ! お詫びとして、ここのコーヒー代はわたしが支払おうではないかっ!」


 マスク・ド・タイラーの提案に、えっ? と怪訝な表情になってしまうナナ=ビュランであった。彼がコーヒー代を支払ってしまえば、自分たちは何のためにカフェテラスに来たのか、わからなくなってしまう。そもそも、チンピラたちから助けてもらった礼として、彼にコーヒーを奢る約束であったのに、それが根本から崩れてしまう。


 とまどうナナ=ビュランであったが、彼は良いから良いからと、店員を呼び出し、コーヒー代をささっと支払ってしまうのであった。そして、彼はグイっとコーヒーカップを傾けて、その中身を飲み干し、席から立ち上がってしまう。


「美味しいコーヒーをありがとう。では、また縁があれば、どこかで会おう! アデュー!!」


 マスク・ド・タイラーはそう言った後、ハーハハッ! と高笑いをしながら、人混みの中に消えて行ってしまうのであった。残されたナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーはお互いの顔を見つめ合い


「変な奴だったッスね。また会おうって言っていたけど、二度と御免ッス」


「まあ、紳士と言えば紳士だったわね……。でも、あたしももう1度、出会うのは勘弁願いたいわね……」


 ナナ=ビュランたちは自分たちのコーヒーカップに残ったコーヒーを飲み干すと、カフェテラスから退出するのであった。彼がいったい何者なのかは疑問が残ったが、2度と出会うことは無いだろうとタカをくくることにしたのであった。


 それから、街の食堂で軽めの昼食を取った後、彼女らはナルト=ゴールドの邸宅に向かうのであった。彼女らは邸宅で働くメイドに案内されて、ナルト=ゴールドが居る執務室へと案内される。そこで、ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーは、顔立ちはそっくりで髪の色が少しだけ違う2人の男たちの存在に驚かされることになる。


「えっと……。ナルト=ゴールドさんってどっちだったっけ?」


「わかんないッス……。どっちも茶髪で、違いと言えば、着席しているほうが明るい茶髪で、その脇で立っているのが暗い茶髪ッス。これは嫌がらせと思っておいて良いんじゃないッスか?」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーはひそひそと小声で、意見を言い合うのであった。眼の前の男たちのどちらかがナルト=ゴールドであり、片方は偽物であることは察せされた。しかしながら、どちら本物かどうかは彼女たちには見当がつかなかったのである。


「あー、すまない……。弟がイタズラをしようと言い出してですね。私もそれは面白いかもしれないと思って、その提案に乗ってしまいました」


 立っているほうのナルト=ゴールドらしき人物が苦笑しながらそう言うのであった。そして、座っているほうのナルト=ゴールドは毅然としていた態度から一変し、行儀悪く、机の上に両足を乗せて、さもぞんざいな態度でナナ=ビュランたちに声をかける。


「いやあ、すまんすまん。これはいつもの悪ふざけなんだぜ。ご新規さん相手にいつもやっていることなんだぜ。気を悪くしないでほしいんだぜ。俺様の名はゴロウジマ=ゴールドだぜ。不肖の兄貴の弟ってところだぜ」


 何がどう不肖の兄貴なのだろうかとナナ=ビュランは思ってしまう。明らかに紳士然としているのはナルト=ゴールドの方だ。対して、弟と名乗る方は行儀が悪く、あまり良い印象を得られない相手であった。


「いや、弟の言っていることは本当なのですよ。私はキレイなゴールド。そして、弟には汚いゴールドを担当していてもらっているわけです」


 訝しむ表情のナナ=ビュランに対して、弁明するために口を開くナルト=ゴールドであった。彼が言うには表の商談は兄のナルト=ゴールドが担当し、裏社会への対応は弟のゴロウジマ=ゴールドであると。ゴールド商会が親子2代でここまで大きくなったのは、ゴロウジマ=ゴールドの存在が欠かせなかったとナナ=ビュランたちは説明を受けるのであった。


「本当、荒くれ者たちとやりあっていたから、口も態度も悪くなってしまったんだぜ。だから、あんたさん方にも、悪い印象を与えちまったことになって、すまないんだぜ」


 すまないと言いつつも、机の上から足をどけることはしないゴロウジマ=ゴールドであった。あくまでも自分が上位で、ナナ=ビュランたちは下位であることを強調したいようであった。そういう態度を続けるのも、荒くれ者たちを相手にしてきたからゆえだということはなんとなくは理解できるナナ=ビュランたちである。


 しかし、それでも釈然としないモノがあった。自分たちはあくまでも立派な取引相手であり、立場は公平なはずだ。しかしながら、ゴロウジマ=ゴールドは自分の優位性を保とうとする。


「さて、商談を始めようなんだぜ。法王庁からは傭兵団の20人を1カ月ほど雇いたいって話ってのは聞いているんだぜ。んー、まあ、色々と思案してみたところ、ひとり頭、金貨12枚で、計240枚ってところなんだぜ」

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