冒険記録41. ヨシュアの秘密

「あの国と王女様と会ってたの」

「いやはや珍しいこともあるようじゃ」


 驚いたヘルニーが立ち上がってヨシュアに詰め寄り、ガルーラは顎を何度も触っていた。話し声が聞こえていた店主は、ヨシュア用に持ってきていた酒を持ってその場で固まっていた。


「なんだ」

「なんだじゃないよ。一国の王女様と親しくしてて、しかもおじょーちゃん呼びって。それで怒られなかったの?」

とがめられたが、なんともないな」

「怖いもの知らずというかなんというか……」


 そこいらにいる子供を相手にしているようなヨシュアの言動に呆れかえり、疲れが一気にきたかのような顔をして椅子にドカリと座るヘルニー。机に項垂れるしまつだった。


「んなことはどうでもいい。酒を早くくれ」


 ジュリーよりも、今は酒の味が感じられないことの方がヨシュアにとっては問題だった。いまだ固まっている店主に向けて次を催促している。ヨシュアの声で意識を戻した店主は慌てて近づき、渡した。木のジョッキに入っていたのは赤いワインだった。一瞬だけ嫌な顔をするも、一口飲んだヨシュアの顔は少しだけ嬉しそうだった。


「ワインなんぞ#お貴族様__・__#の飲み物だからって毛嫌いしてたんだが、これならいけるな。まだ満足できるものではないが」


 これを後何杯か持ってきてくれと店主に向けて言う。何ともない様子のヨシュアに驚き、また固まっていた店主は跳ねるように体を動かして裏へと走っていく。


「お酒以外の味はどうなの?」

「それは問題ない。これなんか味は薄いが、することはする」


 ジャガイモを木のフォークで串刺しし、口の中に入れている。今のところお酒以外のものは平気なようで、肉を切って食べているが、先程のラム酒のように微妙な顔はしていない。


「ラム酒だけ感じられないとは。一番の好物を取られたような気分だな。幸いこれはまだ酔えるようだが」


 ワインが入ったジョッキを手首使って回し、一気に飲み干したヨシュアの顔は満足そうだった。だが、それでもまだ酔っぱらっている段階まで行っていないのだろう。


「ちょいと目をみせてくれるかの」

「目を見て何がわかるってんだ、じいさん」

「何も分からんかもしれんし、分かるかもしれんから見るのじゃよ」


 肉にフォークをぶっさし、食べているヨシュアの近くに椅子を引きずりながら近付き、顔を近づける。70歳近くとはいっても、精悍な顔つきに、少しだけ体を後ろに離れて距離を取るヨシュア。じっと目を見られ、食事していたヨシュアの手が止まる。ガルーラに見られ続けること数分。何か分かったのか、鼻から息を出し、座っていた椅子の背もたれに背中を預けたガルーラは、おでこに手を当てて、ため息を吐いていた。


「お主、酒精が弱いお酒はもう飲まん方がいいかもしれん。酔わない体になっておるわ」

「どういうことだ」


 意味が分からないと言いつつ、次のワインを少しずつ飲みながら次を離せと促している。


「身体が作り替えられているのじゃよ」

「どこも変わっていないが?」

「表面は何も変わっておらぬ。だが、内側が人ではない物に変化しておるのじゃ。その証拠がお酒じゃよ」


 自分の体のことは自分がよく分かっているはずなのに、信じられないと言った顔で食事をしていたヨシュアの手が止まる。いくら見ても、この異世界に強制転された時と変わらず、長いこと太陽の光に当てられて明るくなった黒髪に、ほど良く焼けた肌。少しだけ汚れているが目立つ赤いバンダナ。薄汚れている深緑色のジュストコールのまま。

 おまけに腹も減るし、怪我をすれば血も出る。


「……何に変わっているってんだ」

「それはわしにもわからぬ。ただ、化け物ではないことは確かじゃ」


 未知なるものに変わろうとしている本人は興奮どころではなかった。恐怖や不安で手を震えさせて、瞳を揺らしている。化け物ではないとガルーラに言われても、安心は出来ないのだろう。椅子からふらりと立ち上がり、床に寝ているアルヴァーノにもたかる。驚いた愛馬が自身の首を持ち上げ、耳をばらばらな方向に動かしている。驚かされた原因がヨシュアだとわかり、首を降ろすとまた寝始めた。


「……いつそうなったんだ」

「分からぬが、これだけは分かっておる。どうやらお主が#人であり続けること__・__#に何か都合が悪いようじゃの」

「は?」


 意味が分からないと不快そうに眉間に皺を寄せる。


「もう一つ人ではないものの変化として、お主の馬じゃ」

「アルヴァーノか?」


 アルヴァーノはどういった種族の馬か覚えているかとガルーラに問われ、種族名とどういった習性があるかを口にしたことでヨシュアは固まる。

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