冒険記録26 行方不明の漁師たち

「起きてー!」

「Umm」


 ヘルニーに揺さぶられながら寝言を言っているのは、寝ている間に熱かったのか、シャツを脱ぎ捨てて布団を蹴とばし、うつ伏せで寝ているヨシュアだった。彼が着ていたシャツは胸元が大きく開けられていたとはいえ、簡単に脱げるものではない。が、彼は常に無意識でそうしていた。


眠いI'm tiredもう少し寝かせてくれPlease let me sleep just a bit longer……」

「なんて?」


 寝起きの低い声で呟いたヨシュアの言葉はヘルニーの耳には届かなかった。


 少しずつ眠さが取れた時、自分の首の後ろを痛そうにさすっていた。知らないうちに寝違えていたのかとヨシュアは不思議そうに首を傾げていたが、その原因は分かっていなかった。


「私の分は宿代に入ってるのか」


 上半身裸になっていたヨシュアは眠そうにしながらシャツを着て、階下に降りてカウンターで朝食をとっている。1人分しか部屋をとっていなかったからか、ヘルニーの分はなかった。どうしても食べたいと言っていたので、ヨシュアが追加料金銅貨10枚払い、彼は満足そうに一緒に食べていた。

 それから2人は宿を出て少しだけ港を周っていたところ、波止場で問題が起きていて、人が集まり、騒がしくなっていた。どうやらこの港に戻ってくるはずの商船が戻って来てないらしく、どうしようかと皆で相談し合っていたところだった。


「海のモンスターにやられてしまったのだろうか?」

「それか嵐に……」


 相談が激しさを増し、口喧嘩にまで発展している。それをヨシュアは外から楽しそうに見ていた。海賊として血が騒いでいるのだろう。しまいには「エールもあれば最高なんだが」と呟いている。


「怪物に関しては何とも言えんが、少なくとも嵐ではないな」


 ヨシュアが空を見上げ、見える範囲の雲の動き、波の揺れを見ているが何も起こっていなかった。


「だったらなんなんだ」

「分かり切ったことを」


 盗賊がいるならば、海にも必ず海賊がいる。そんなことは言わなくても分かるだろうという目でヨシュアは波止場にいる者達を見ているが、見当もついていないようでお互い顔を向けながら首を傾げている。


「海にいる賊だ。いてもおかしくないだろ。盗賊や山賊がいるなら」


 ヨシュアの期待した顔とは反対にヘルニーの顔は困ったように眉を下げていた。


「残念だけど、見たことないね」

「は?」


 寝起きの時よりも低い声がヨシュアの口から漏れる。いないと言われた驚きと嘘をつかれていると疑っている感情が顔に出ていた。彼は自身が海賊であることに誇りを持っている。それなのにこの世界には海賊がいないと知ったヨシュアの心情はとんでもなく荒れていた。


「いない?」

「そ」

「捕まっているとかではなくてか?」

「そもそも存在していないが正しいと思う」


 ヨシュアがリアの村に居た時、冒険者を名乗るグループに山賊と勘違いされていた。そして、ジュリーと会った時、護衛の者達から何者だと問われたとき、ヨシュアははぐらかした。その時から海賊はいないのかもしれないとヨシュアは考えていたが、本当にいなかったのだ。


「兄ちゃん、海にいる賊ってなんなんだ? モンスターの類かい?」

「いや。海で略奪行為をする者達のことだ」


 海賊が一番多くなったのはヨシュアが生きている時代。15世紀半ばから17世紀半ばだ。だが、それ以前からも海賊という名前ではないが、略奪行為をする者達は多かった。その一つがヴァイキングである。

 この世界も完全に同じではないが、似た世界だった。山賊や盗賊は知っていて、海賊という存在は知らないという。


「聞きたいことがある。商船を出すとき、その船一隻だけか?」

「あ、ああ」

「もう一つ質問だ。今までこういうことがあったか?」

「ああ。誰一人帰ってこなかった」


 その質問でヨシュアが仮定としていた考えが確定した。海賊という存在を知らない者達を逆手に、海にいる賊は略奪し、商船に乗っている船員を殺しているのだ、と。そして、それを海のモンスターにやられてしまったのだと漁師たちは勘違いしていたのだ。


「これで最後だ。帰ってこない者達の調査を誰かに頼んだりしたか?」

「冒険者ギルドに依頼したんだが、その者達も帰って来なくてな」


 海は地上よりも危険が多くある。地上に慣れている者達は、海の揺れや大波、嵐に慣れていない。それに手間取り、海賊たちに負けたとヨシュアは考えていた。いくら港の者達が屈強だとしてもあちらは海の戦いのプロだ。漁師達が武器を持っていたとしても敵わないだろう。そしてなすすべもなく無残に殺されていった。


「なるほど。興が乗った。おい、今から出す船はあるか?」

「あるが、兄ちゃんどうするつもりだ?」

「それに乗る。お前ら、海の族がどういう奴らか知っておけ。そして戦い方も教えてやる。その前に……」


 腕をまくり、意気揚々とどこかへ歩いていくヨシュア。その後を不思議そうにヘルニーと漁師達がついていっていた。


「戦い方? それってどんなやり方なのさ」

「いろいろとあるぞ。殺戮さつりく、捕縛、恐喝きょうかつ、暴力等々」


 指を折りながらヨシュアの口からどんどん出てくる言葉に、全員の血の気が引いていた。意気揚々と話すヨシュアに恐れている。


「今私が言ったやり方はオススメしないが、平和的に解決したいなら護衛船を雇うのが一番だな」

「ごえいせん……」

「あんたらのように屈強で海で戦える者達が必要だ。とは言っても他の船も改良が必要そうだが」

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