冒険記録19 次の場所へ
ジョッキに入っていたエールが無くなり、お代わりを足すヨシュアを宥めていたジュリー。その光景に女将が笑いながら次を取りに行こうとすると、勢いよくドアが開いた。さっきまで賑やかだったお客たちが音に驚き、静かになる。
「酒だ!」
リーダーと思しき屈強な男が大声で注文する。その後部下たちがぞろぞろと入ってきた。
「おじょーちゃん、今来た客と男の会話するから席外してくれ」
「わ、わかりました」
乱暴者たちに聞こえないようにジュリーに話す。それを聞いた彼女はこっそりと席を外し、巻き込まれないであろう場所に行った。
「おい、兄ちゃん。ちょっとこっちに来て話しようや。酒もおごるぜ」
「ほう? 気前がいいじゃねぇか」
離れたことを確認し、いつのまにかジュリーの懐から盗ったお金を掲げ、男を隣に呼ぶ。奥で驚いた顔をしている彼女がいたが、今は無視しておこう。
「女将! エールをコイツと俺に」
「はいよ」
乱暴者が来てからその場に留まっていた女将に声をかける。その声にハッとし、奥へ走って消えていく。
「お前さんは盗賊か?」
「いかにも。そういうてめぇは」
「しがない賊だが、なかなか稼ぎは良くてね」
隣に移動してきた男に、自分の
「で、その金でおごってくれんのか?」
「ああ」
話が盛り上がってきた頃、女将が二人分の酒を机に置いた。木製のジョッキに並々と注がれた黄金に輝くエールの一つをヨシュアが持って立ち上がり、掲げる。
「今後の繁栄に!」
「栄光に!」
釣られたリーダー格が立ち上がり、掲げた。
「乾杯!」
木同士がぶつかり、乾いた音が店内に響き、二人して一気に飲み干した。それを盗賊達の仲間は、見て騒いでいる。
「で、今回は誰を襲ったんだ?」
「いや、これからだ」
「景気づけにってか。上手くいくことを願ってるぜ」
盗賊の肩を軽く叩き、座らせて女将が持って来させたつまみ用の塩漬けサラダをヨシュアは食べながら、リーダー格を
「いい飲みっぷりじゃねぇか。ほら、もう一杯飲め」
隣で
リーダー格が一杯目を飲み終わった時点で、顔が赤くなっているのをヨシュアは見逃さなかったが、何も言わなかった。ばれない様に一緒に飲みながら。
談笑しながらお互いが二杯目を飲み終わった時、盗賊がジョッキを持ったまま大きい音を立てて後ろに倒れ、先程まで盗賊が座っていた倒れた木の椅子は倒れたはずみで壊れてしまった。飲み比べを見ていた部下たちが騒がしくなる。
「おいおい、兄ちゃん。もう終わりか? これから楽しくなるってのに」
次のエールを頼み、飲みながら倒れているリーダー格を見下ろした。三杯飲んでいるにも関わらず、ヨシュアの顔に変わりはない。
「てめぇ! 何しやがった!」
「私は何もしていないさ。ただ運が悪かっただけだな、コイツの」
三杯目を飲んだ後でも顔を赤くしないヨシュアに、得体のしれない恐怖を感じて固まっていたが、正気を取り戻した部下達が剣を抜き、
動くな、と。
それを感じられない程馬鹿ではなかった衛兵たちは、剣にかけた手を離し、また客になりすましだした。
「暴れたいか?」
本来ならリーダー格が飲むはずだったものを飲み、警戒している部下たちを馬鹿にするように笑った。
「やりたいなら、付いて来な」
飲み終わったジョッキを勢いよく机に叩き付け、しっかりとした足取りで外へ向かって行く。それに続くように部下達も外へ出た。
「さぁ、暴れようか。ちょうどいい具合に酔いが回ってきたところだ」
両手を広げ、口角を上げる。怒りが頂点に達した盗賊達は、怒号を上げながら近づいて来た。周りに住民はいない。関わりたくないが、どういう展開になるか気になっているのか、家の中から見ていた。
「死ねぇ!」
二人同時に責めてくる。向かって右側の少し痩せた男が少しだけ早く、先にヨシュアの元にたどり着く。
動きはバラバラ。
だが、そのお陰で一人ずつ対処することが出来た。先に着いた男の左側に体を回し、左手で武器を押さえ、お腹に膝蹴り喰らわせた。
海で生きてきたヨシュアの脚力は、地上で生きてきた者達よりも
この異世界に来てから初めて盗賊と戦った時、一瞬だけ油断した時の事が彼の脳裏に浮かんだ。その時、怪我こそなかったものの二度と繰り返さぬようにと、表面は不敵な笑みを浮かべ、内側では警戒していた。
「勢いがあったのは最初だけか?」
格闘家の様に構え、相手から動くのをじっと待っている。より相手の動きを把握するために。
彼の予想通り、相手が突っ込んでくる。今度も二人。両側から殴りかかってきたのを両腕で防ぎ、一人を受け流すと相手はたたらを踏んだ。もう一人の男の腕を脇に挟み込み、腹に膝蹴りを何度も食らわせ、離れてから頭を両手で抱え込むと顔に向かって思いっきり蹴り上げた。顔を蹴られた盗賊は血を流しながら後ろへ倒れていく。
「あとは得物持ちと素手の三人だけか」
構えを解かず、目を動かし周りを見渡す。殺しは女神から禁止されている。それ以外で使えるものはないか、とそう考えていると、さきほど受け流された一人が懐から青銅で作られた筒を取り出した。それはヨシュアがよく知る武器に似ていた。
「こんなの見たことねぇだろ」
「ああ、そうだな。初めてみる。その形はな」
そういうとコートの中に手を入れ、フリントロックを相手に向けた。ヨシュアが見たことない武器を取り出したことで周りが驚いている。そう驚くことでもないだろうに、と彼は思ったが、女神からこの世界は50年発展していないと言われていたことを思い出していた。それなら驚いても仕方がない。
「な、なんだそれは!」
「お前さんが持っているものと同じさ。私の物はお前さんのよりも進化した武器だがな」
相手が持っている物は、ヨシュアが持つ物の元となった武器だ。だが、性能となればヨシュアが持つフリントロックの方が良い。
「そいつの使い方知ってるのか? 反動はどうするつもりだ? まさか対策なしにそいつを撃てるとでも思っているのか?」
当て金を閉じ、
まったく怖くないといえば嘘になる。いくら戦闘でピストルを使い慣れているとはいえ、いつ暴発するか分からない相手が持っている銃に近づけば、自分も被害を受ける。それでも、恐怖を見せようとはしなかった。その姿から物怖じしない歩き方に、相手は腰を抜かした。ついでに手に持っていた武器も手からするりと地面に落ち、転がった。
「戦意喪失したか」
剣を持っていた二人も、同じように地面に落としている。周りを見渡し、戦闘が終わったの確認すると、人がいない方へ空砲を撃った。
「おい、金を出しな」
「へ?」
ピストルを直すと、腰を抜かしている盗賊の前にしゃがみ込み、手を突きだす。
「酒代だ。お前さん達のリーダー分のな」
「お、俺達は」
「後、迷惑料だ」
口ごもり余所を見る盗賊の胸倉を掴み、強制的にヨシュアの方へ向かせた。片方の手は握りこぶしを作っている。また別の方向を見たり、嘘を吐こうとするつもりなら容赦なく殴るといっているかのようだ。
「だ、誰がお前の」
口答えしてきた相手の頬を殴り、掴んでいる服を引っ張ってまた正面を向かせる。
「お前さん達にどうこう言う資格がないのだけは自覚しな」
「だ、だが」
さらに顔を殴る。殴られたところが腫れ、血も出ていた。
「殴られて、会話している内はまだ温情があると思え。お前さん達ならよく分かっているだろ?」
「は、はい」
「分かったなら金を集めてこい」
盗賊の服を掴んだまま立ち上がり、投げ飛ばした。勢い余ったのか地面に一度倒れたがすぐに起き上がると、気絶している奴やまだ意識ある者達から必死にお金を集めていた。その姿をヨシュアは腕を組みつつ、監視している。逃げ出すことが無いようにと。
「あ、集めてきました」
「それを持ったまま付いて来な」
何袋かを手に持ったまま見せている盗賊を後目に、酒場の中へ入っていく。中は先程の騒動で静まり返っていた。
「騒がせてしまってすまないな、女将。こいつが持っている分で酒代や食事代は足りるか?」
怯えるようについて来た盗賊の服を掴み、前に引きずり出す。引っ張られて情けない声を出していたが、無視をした。
「ちょいと数えさせて」
「ああ」
盗賊が女将に袋を渡し、近くの机に向かうと袋を開けて確認しだした。
「ヨシュアさん」
「おじょーちゃんか。どうした?」
先程の喧嘩で酒が体全体に回ってきたのか、椅子にどっかりと座り、体を休めていた。その姿を見ながらおずおずと近づいてきたジュリーの方へ顔を向ける。
「あれがヨシュアさんのやり方なんですか」
「いつもよりかは優しいがな。あいつらにはあのやり方が一番わかりやすい。説教垂れるよりかは」
椅子に
「で、どうだ? 金は足りてるか?」
視界の端で数え終わったのを確認したヨシュアは椅子を戻し、机に肘を置きながら女将の方を向く。
「充分足りてるよ。むしろ貰いすぎなくらいさ」
「そいつぁ良かった。余分なもんも貰ってくれ。迷惑料としてな」
充分払えたことを確認した彼は、椅子から立ち上がり、出口へと向かった。その後をジュリーが追いかけようとしたが、衛兵たちに止められている。
「ああ、そうだ。女将。私は今、人を探していてね。ハイド村出身の魔法使いを探しているんだが、何か知らないか?」
「魔法使いねぇ。一度も聞いたことないよ」
木のドアを開けつつ、背を向けながら質問する。酒場は情報が集まりやすい所。何か少しでも情報があればと思いながら聞いたが、首を傾げる女将からは何も得られなかった。
「……そうか。では地道に探してみるとしよう」
「あ、あの! ヨシュアさん」
その答えを聞き、外へ出ると、衛兵を振り切ったジュリーが追いかけてくる。
「悪いな、おじょーちゃん。宿を一緒に探せなくなってしまったな。騒ぎを起こした私は、この街から出るとしよう。その方がお付きの人たちは安心するだろう」
城門へ歩き始めたヨシュアの服を引っ張り、止めている。走って出てきたのか衛兵たちも慌てて外に出てきた。
「いつでも戻って来て良いですからね! 衛兵の方達がなんて言おうと待ってますから!」
「いや、さすがにそれはダメだろおじょーちゃん。そこは入るなって言わねぇと」
腰に手を当て、仁王立ちしながら鼻息を荒くする。こんなことを言っていたが、彼女の立場は王女だ。軽々とあのような言葉は言ってはいけない。だが、彼女はまだ幼い。分かっていたとしても、感情を抑えることはまだ難しいのだろう。
「それと……」
「なんだ? おじょーちゃん」
「私の名前、覚えてますか?」
「ああ、覚えているとも。ジュリー・マクシーラ・アニス、だろ?」
「はい! 今度からはおじょーちゃんではなく、ジュリーと呼んでください」
「それは、おじょーちゃんがもう少し大人になってからな」
正面にまわってきた彼女の頭を乱暴に撫で、にやりと笑った。その背後から馬の蹄の音が近づいて来る。
「よぉ、アルヴァ―ノ。
音に気付き、後ろを振り返えるとすぐ近くにいた。誰かの手を借りたのか、それとも自分でしたのか、朝にはしていなかったサドルバックを付けていた。
「こいつはありがたいな」
上質なもので作られたのか随分と肌触りがいいマントと、小さいがそれでもいっぱいに詰められたお金が入っていた。
「それ、貰ってください」
「ただの旅人にこれは多すぎなんじゃねぇか? おじょーちゃん」
小袋を持ちながら眉間に皺を寄せ、睨んでいる。しばらく何かを考え、鞄から袋を取り出すと、半分だけ移してもう一個をジュリーに放り投げた。驚いた彼女は、慌てて受け取り、目を真ん丸にさせヨシュアを見る。
「半分だけ貰うとしよう」
「え、全部じゃ」
「残り半分は今までのお礼だ。その後のことは自分でなんとかする」
これ以上の会話は不要といわんばかりに、愛馬の背にするりと乗り、去っていった。慌てて止めようとジュリーが手を伸ばしたが、空しく彼女の手は空を切るのだった。
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