第1章 旅

冒険記録6 貴族と盗賊


 村を出たヨシュアは、地図を頼りに森を歩いていた。

 その場所は、時折獣のような唸り声が響き渡る所だった。


 彼が良く知っている獣であれば、近づいて食料にしていただろうが、ここは異世界だ。

サーベルやピストルを持っていたとしても対処がわからない相手と敵対する気はないヨシュアは距離を取り、音を立てないようにこっそりと移動していた。


「フゥ。ヤケニ、つかレ、タナ。ダガ、ぼうけん、シテイル、かんかくニ、なれた ノハ、よかたノカモ、シレナイ」


 視界が開け、草原に出た安心感と、森の中で正体不明な獣に見つかってはならないという緊張感を同時に味わったヨシュアは、今出た場所を振り返って見ていた。


「もうすこし、いたカッタガ、いのちニハ、かえらレ、ないナ」


 名残惜しそうに見ていた彼だったが、諦めて街へ行くために歩き出した。


「それにしてモ、コノせかいハ、かわてイル。でんせつノ、いきものト、にたセイブツガ、いるトハ」


 森を歩いている時に、頭が獅子で体が山羊の怪物を見かけたが、それが本当のキマイラだとは、この時のヨシュアは知る由はなかった。

 彼が思い出しながら歩いていると、途中で行商人と思われる人物と遭遇するが、それ以外は無く、ずっと穏やかな風景が続く。


 村を出てからずっと歩き続け、そろそろヨシュアの飽きがき始める頃、金属がぶつかり合う音と男性のやられた悲鳴が路上から聞こえてくる。

 誰かが魔物か野党に襲われているのだろう。

 

 その声が聞こえたヨシュアは、無視を決め込むことにした。

 海賊として生きてきた経験上、ここで関わってしまえば後々面倒な事になると知っているからだ。


「旅の方……! 援護を頼みます!」


 少しだけ距離を取って歩くヨシュアを見つけた護衛の男が、すがる思いで声をかけてくる。

 悲しいかな。現実は非情で、無視するという選択肢が彼の目の前で崩壊していくのであった。


「ヤハリ、こうなる、ノカ」


 この世界に来ても似たようなことを繰り返す運命に、目を逸らしたくなるヨシュアだった。

 助けようか、しまいかと彼が考え込んでいると、先程援護を求めてきた男性の悲鳴が草原に響き渡る。

 男が倒れても、金属音が鳴り響く中、



 ドン、と破裂する音が草原に響き渡る。



 耳をつんざく音と、頭を撃たれた盗賊が草原に倒れる様子を見た彼らは体を強張らせた。


「しょじき、だれが、ドコデ、しのうガ、わたしハ、きょみナイ」


 音の出所を山賊らが探すと、右手にフリントロックを持って構えているヨシュアがいた。

 ピストルを敵に向けながら、草食動物を追い詰めるかのようにゆっくりと近づいていく。

 頭から血を流して死んでいる盗賊の姿を冷たい目で一瞥する。


「なっ!」

「ダガ、あるジョセイ、カラ、ひとヲ、たすけろト、いわれテ、イル」


 護衛の一人がヨシュアの発言に驚く中、弾切れとなったピストルを直しつつ、盗賊たちを牽制する。

 少しでも動けば容赦はしないと目で語りながら。


「ある女性?」

「それは、おしえナイ。あのじょせいノ、コトハ、わたしダケガ、しってイレバいい」


 盗賊を警戒しつつもそう語る彼の声は、欲求を抑えきれていない声色だった。

 ヨシュアと女が会話している間、彼から睨まれている盗賊たちは、やられっぱなしなこの状況を何とか打破しようと剣に手をかけた。


「〝動くなFreeze″」


 ヨシュアの低く太い声が彼らの耳に届く。

 だが、彼らはヨシュアのドスの利いた声を聞いても止まろうとしなかった。

 それどころか一人が抜くと全員が剣を抜き始める。


「死にやがれぇ!」

「ケーコク、したゾ」


 怒声をあげながら近付いてくる盗賊を見つつ、ヨシュアも剣に手をかける。

 一番早くヨシュアの元についた敵が、剣を勢いよく振り下ろす。

 それをヨシュアは軽く頭上で受け止める。

 

 追いついた盗賊四人達が、ヨシュアを逃がさない様に取り囲む。

 囲まれても周りを確認せず、静かにしている彼を見た盗賊達は、下卑た笑い声を出していた。


「ビビってんのか? そりゃそうだ。そんな細ぇ体で何が出来るってんだ」


 親玉らしき大柄な男がヨシュアを馬鹿にする。

 その間にも、盗賊の一人が乱雑に剣を振り下ろしていた。


「フム。いま、わたしハ、ばかニ、されたノカ」

「鈍感野郎め!」


 自分に言われた言葉とは反対にヨシュアはのんびりとした返事をする。

 先程から敵がヨシュアに向けて打ち込んでいるのだが、彼は剣で軽くいなしているだけだ。

 疲れてきたのか相手の息が上がり始める。


 それとは反対に、彼はまだまだ余裕があった。


「あまりニモ、なれすぎテ、かんかくガ、クルッテいた」


 この一撃で終わらせようと、先程よりも勢いのある敵の剣を柄で受け止め、自分の腕を少し上にあげる。

 そのまま刃の部分を斜め下に傾けると、相手の剣が地面に吸い付くように流れていく。

 たたらを踏んだ相手がヨシュアに近づく。


「かはっ……!」


 よろけて近づく相手のみぞおちを膝で抉る様に蹴り上げる。

 肺から息を絞り出した敵はゆっくりと倒れていく。


「なっ……!」

「これでオワリ、ではナイ、ダロ?」


 お腹を押さえ蹲っている盗賊を、囲んでいる中の一人に向けて蹴り飛ばし、自分の手首を使ってカットラスを優雅に回したヨシュアは、刃先を親玉に向けた。


「な、舐めやがって! てめぇら! やっちまいな!」


 その声を機に盗賊達がヨシュアに向かって行く。

 前後から彼の左右の肩目掛けて剣が振り下ろされる。

 それが当たる前に正面にいる敵に近づき、相手の左手首を右手で掴むと、後ろから迫る剣を自分の剣で受け止め、暫く鍔迫り合いが続くが、


「あくびガ、でそうナ、たたかいカタ、ダナ」


 と、呆れながらも、ヨシュアは敵の腕ごと自分の右腕を後ろに勢いよく引き、上半身を捻りながら後ろにいた敵に当てる。

 とっさに避けられなかった敵はお互いの頭をぶつけて倒れた。

 敵が倒れたのを一瞥したヨシュアは、いまだ固まったままでいる敵の近くに走りよる。


 突然の事で驚いた敵が慌てて剣を振り下ろすが、彼がそれを剣ではじくと、敵の横腹を巻き込むように蹴る。

 蹴り飛ばされた敵は、勢いよく転がり、親玉の足に当たって止まった。


「ききわすれていたガ、たすかりタイ、ノナラ、わたしニ、なにヲ、サシダス?」

「急に何言ってやがる!」


 ヨシュアの突然の質問にキレだした親玉が剣を抜いて勢いよく近づく中、唖然となる貴族の女と護衛達。


「そ、それは、誰に言っているのですか?」


 ヨシュアが問いかけた質問に、勇気を絞り出して答えた彼女の声は、聞き取るのが難しいほどか細く小さかった。


「きみノことダ、きぞくノ、オジョーチャン」

「わ、私!?」


 まさか自分だったとは思っていなかった貴族の女が驚く。

 その間にも親玉が連続で切りつけていた。


「ハヤメニ コタエテ クレ」

「な、舐めるな!」


 ヨシュアが親玉の剣をさばきながら、余裕な表情を見せている。


「何を差し出すって……」

「いのちいがい、ナラ、なんでもいいゾ」


 貴族の女が迷って言葉にしたことに余裕綽々な顔で返答するヨシュア。

 その事といくら打ち込んでもヨシュアに自分の剣が当たらないことに不満がたまった親玉が、自分の武器を投げ捨て、突進してくる。


「オ?」


 戦いでは一瞬の気の緩みが命取りになるにも関わらず、余裕そうなヨシュアは少しだけ離れている貴族の女を一瞥する。

 その隙を狙った親玉がヨシュアの腰にしがみ付いてき、ヨシュアの腰に腕を回して逃がさぬように掴むと、そのまま持ち上げて地面に叩き付けた。


「グ……ッ!」


 相手によってきつく締めつけられた自分の腰と、強く打ちつけた背中から嫌な音が聞こえた。

 痛みでヨシュアの意識が一瞬だけ飛ぶ。

 

 息を吐かせる間もなく相手の武骨な拳が彼の顔に近づいてくる。

 その拳を見つつ、間一髪で避けたヨシュアは背中と腰の痛みのお返しと言わんばかりに親玉の顎を左手で狙った。

 

 ヨシュアの拳が親玉の顎に綺麗に当たる。

 殴られた衝撃が脳にまで達したのか、親玉は横に倒れて意識を失った。


「おんなニ、またがられるのなら、カンゲーするガ、おとこハ、きょひシテオク。わたしハ、おとこズキデハ、ないノデネ」


 痛む背中を支えながら、ゆっくりと起き上がる。

 親玉が起きてこないことを確認したヨシュアは、剣を直し、服に着いた砂を叩き落として貴族の女達の方に向いた。

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