第14話「アルガス出撃」

 ──はぁぁぁああ?!


 な、

「なん───」「なんやて?!」


 アルガスの言葉に被せるのはシーリンだった。


「な、なんでリリムダの領主がここにきよるねん? ウチそんなん聞いてへんで?!」

「いや、貴方に関係ないですよね──??」


 リーグの至極まともなツッコミー。


「か、関係ないことあるかい! アタシの地元の話や!」

「あ、地元なんです?」


 え?

 あれ?


「……なんで地元の人が小mのタイミングで──あれ? そして、アルガスさんが体調不良──あれ??」


 ぎくぅ!


「な、なんやんね! なんか疑わしいちゅううんか?!」

「え? いや、そこまで──え? 疑わしい?」


 どきどきぃぃい!!


「勝手に墓穴掘ってんじゃねーよ」


 げほげほっ!


「ちっ……。テメェの始末・・はあとだ。それより、面倒が起こる前に逃げるつもりだったんだがな」

「し、始末って……?」


 ゴホッ、ゲホッ。

 どうも、向こうの方が一歩だけ上手だったらしい。


「……動けますか? とても戦えるようには見えませんが……ですが、」


 慌てて駆け寄るリーグを手で制止──。


「わかってる……。どうも、出番らしいな──ちぃ。だから嫌だったんだよ……。それより、」


 ジロリと、シーリンを睨むアルガス。


「───……始末は始末だよ。テメェだな。一服盛りやがったのわ」


 その言葉に、ビクリと体を震わせ顔を引きつらせるシーリン。

 その様子を見て、ギョッとした顔のリーグと、ビックリしてシーリンから飛び跳ねるミィナ。


「えええええ、ア、アナタが?」

「シーリンさん?」


 フルフルと首を振るシーリン。

 ズルズルと後ずさるも狭い部屋のこと、すぐに壁にぶつかる。


「ちゃ、ちゃうねん……。ち、ちゃうねんて……!」


 何度も何度も否定するが、その表情が如実に物語っていた。


「ふん……。どうせ、大方ジェイスの差し金だろう? 俺の命を取ろうってのか? お前…………覚悟できてるんだろうな───」


 アルガスの目つきが鋭くなり、部屋の空気がスゥと下がる。


「ちゃう! ちゃうて!! う、うううう、ウチは殺しなんかせーへん! 絶対殺しはせん!! ほ、ほんまや!」

「ハッ。どうだか、つまり………………毒を盛ったことは認めるんだな?」


 ジロッ。


「うぐ……!」


 彼女の言い方からしても、それは間違いないだろう。

 いつどこで盛られたかは知らないが、リズの手紙を持って接触し、どこかのタイミングで毒を盛る様にジェイスに言われたのは間違いなさそうだ。


「そ、それは───……。せ、せやけど! ウチかて殺しは、しとーないからちゃんと動物で試してから、死なへん毒やて確かめてんで! ジェイスさんが言うには、ちょっとしたお灸・・やいうて……腹壊す程度や言うて……」


 そこまで言ってシーリンは目に大粒の涙をためてへたり込んでしまった。


「ゴ、ゴメンやで……! ウチ、リリムダの領主さまの軍隊のこととか知らへんかってん。ジェ、ジェイスさんがこんなこと企んでるとか知らんかってん! あ、アアア、アンタがパーティを裏切って代官を殺したから、そのケジメを付けるためや言われて。……ほんま、ほんま堪忍してや!!」


 ボロボロと涙を流して懇願するシーリン。

 事情がありそうだが、それで殴られたアルガスとしてはいい面の皮だ。


 ゴメンと言われても許せるものではない。


「シーリンさん……」


 ミィナだけは同情したのか、シーリンの元に駆け寄り頭を撫でている。

 子供だから、こういったときは感情で動いてしまうのは致し方ない。


 それにしても、リリムダの男爵といい、シーリンのことといい。


「───いずれにしても、やっぱりジェイスの野郎が噛んでやがるか」


 予想はついたがな……。

 シーリンの件は明白だし、さてどうするか──。


 軍隊の件は本当にジェイスの差し金かどうかまでは確信は持てないが……、タイミングが良すぎる。

 シーリンがアルガスの足留めをしようとしていたのも、こっちが本命か?


「ち……。軍隊まで出してきやがるとは、正気かあの野郎?」


 ……正気なわけないか。


 重戦車のことは知らないにしても、毒まで盛らせるとはな。

 どうやら、本気でアルガスと戦争したいらしい──弱らせておけば、簡単に仕留められると思われたのも業腹だ。


「……暗殺ではなく、軍隊ねー」


 ごほっごほっ……。


(……おかしい。アイツが、他人に任せるか?)


 なんとしてでも、アルガスを自分の手で仕留めようとするんじゃないか?

 なのに、今回は黙ってアルガスが死ぬのを待つ??


 しかも、男爵の軍勢に討たせると……───。


(……ありえねぇな。こりゃ、まだ何かあるに違いない)


「あの、アルガスさん……。その──」


 苦り切った顔のリーグ。

 何を言いたいかわかるが……。


「ふざけんなよ? 俺を差し出すってのか?」


 ギロ!


「え?! い、いいいえ! いえいえいえいえ!」

 そんなそんな!! と、リーグは全力否定。


「私どもとて、馬鹿ではありませんよ?! あ、アルガスさんの強さは知っておりますし──」


 ごにょごにょ。


「何より、二度も不始末を起こすわけにはいきません!」

「は! よく言うぜ──」


 一度あることは二度あって。

 二度あることは三度ある。


「……まぁ、いい」


 ──裏切るなり、突き出すなり好きにすればいい。

 アルガスはとっくに覚悟を決めた。


 代官を襲撃した時点であった覚悟だ。


「いいだろう」


 ……いい度胸だ。


 男爵の軍がアルガスを始め、街を潰そうが何をしようがしったことではないが──。


「売られた喧嘩は、買う主義だ──」

 ……リズに危害が及ばない限りは、な!


「え? そ、それじゃ──」

「ふん、突き出す気がないなら、戦ってくれってか?」


 どちらにしても結果は変わらないのだ。

 ならば、戦うのもやぶさかではない。


「ただし…………。一つ約束しろ」

「は、はい!」


 だから、ケジメを付ける。


「手は貸してやる───俺の不始末でもあるからな……。だが、」


 ギロリとキツク睨むと、


「───英雄だなんだ持てはやすのはヤメロ。鬱陶しい。あと、分かってると思うが、これはクエストと同じだと思っていいな?」

「ク、クエスト……ですか?」


 リーグは空いた口がふさがらないとばかりにパクパクと。


「ふん。一地方都市を落とそうというんだ。盗賊や蛮族と何が違う──」

「そ、それは────………………わかりました」


 悩みつつもリーグは、重々しくうなづく。

 どうやら、前のギルドマスターよりは骨があるらしい。


「それでいい。銅貨一枚でも──きっちり報酬は貰うからな……!


 タダ働きは絶対にしない。

 これは、冒険者として当然のことだ。


 たとえ、銅貨一枚であっても絶対に貰わねばならない。

 ただ働きをすると舐められるからな……!!


「も、もちろんです!」


 よし。

 リーグの言質は取った。


 あとの問題は世間のこと。

 男爵と戦うのはやむを得なくても、今後が気がかりだ。


「───……一応の確認だが、男爵を迎撃したとして、その場合に俺個人は何らかの罪の問われるか?」


 別に犯罪者扱いされても、こっちには正当性があるので何ら恥じることはない。

 それでも、捕縛しようとするならこの国から出るまで……。


「どうでしょう……。自分はそれを決める立場にないので──……ですが、王国法には仇討の正当性は謳われております。しかし、その正当性が確立すてば……のはなしです。今回のことも、そもそもが前代官が不正と圧政ゆえの不始末ですので……」


 正直わからんということか。

 なら、あとは国の判断に委ねるしか無さそうだ。


「チ……。リリムダに行く前に、リリムダの領主をぶっ飛ばすのか。面倒になりそうだ」


 アルガスはふらつく体で起き上がる。

 それをミィナが支えようとするが、体格が違い過ぎて支えにならない。


 だが、ミィナが必要なのだ。

 アルガスの戦いにおいて、装填手がいなければどうにもならない。


 結局、ギルド職員や、ミィナに支えられながらアルガスはなんとか起き上がる。

「ゴホッ、ゴホッ!」


 体調は最悪だが、そのまま街の外に向かうしかなさそうだ。

 リーグ曰く、宿の前にはギルドが用意した馬車があるそうなので、最悪でもそこまで行けば何とかなるだろう。


 アルガスが重戦車化してしまえばふらついていようが、いまいが無限装軌キャタピラ走行なら問題はあるまい。


 そうして、部屋を出ようとしたアルガスだが、

「おい、シーリン……」

「ひぅ?!」


 身体を大きく跳ねさせるシーリン。

 その目は怯え切っていた。


「テメェへの落とし前はあとだ。逃げんじゃねぇぞ……」


 拘束するつもりはないので、逃げようと思えば逃げられるだろうが……。

 それでも、そのままで済ますつもりはなかった。


「ふぁ、ふぁい……」


 泣きべそをかいたまま、シーリンはズルズルと壁に沿ってしゃがみ込み、膝の間に顔を隠してしまった。


 同情を誘うものでもあったが、ミィナですら少し渋い顔をしている。

 ミィナにとっても、シーリンは友達だが、彼女のやったことを許せるものではないと理解しているようだ。


 リーグが目でどうしますかと、問うていたがアルガスは黙って首を振る。

 ……逃げたいなら好きにすればいい。


(もし逃げたなら、その時は地獄の果てまで追っていくがな……!)

 アルガスは暗い感情の中でそう決意し、薄く笑う。


「取りあえず急ぐか……男爵の軍勢について分かっていることを教えろ───」

「えぇ、道々お話ししましょう」


 重い足取りでアルガス達は馬車へと向かった。


 そして、室内にはアルガスの吐しゃ物の酸っぱい匂いと、自分のやらかしたことの大きさに絶望し、一人泣くシーリンだけが残された。


 サメザメとなくシーリン。

 だが、それを慰めるものもなく、また糾弾するものもそこにはいなかった……。

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