第172話 聖女様は建築家を絶対許しません

 どうみても聖女ごと矢を射ろうとしているをココは引き留めた。

「なんですか聖女様!? 今、一番集中力が必要な所で」

「その前に確認だ。これ、私を載せたまま撃とうとしてない?」

「そりゃ、弾体が必要ですからな」


 清々しいほど簡単に言われ、一瞬ココは自分の方がおかしいのかと思ってしまった。


 うん。

 よく考えても……よく考えなくても、理屈がおかしいのはジジイシャムロックの方だ。

「ちょっと待てよ!? 私自身をぶつけてどうする!? 聖水みたいに私の聖心力を思いっきり込めた超高濃度の何かを載っけるんじゃないのか!?」

 泡を食ってやっていることがおかしいと指摘する聖女様だけど……。

 シャムロックが首を傾げる。

「これは乾坤一擲の後がない作戦ですぞ? ここぞという時に一番威力の強い物をぶつけないでどうします。そして一番威力が強い物と言ったら、最も強い聖心力の発生源である聖女様しかないじゃないですか」

 その顔を見て、ココは思った。


 やべえ。本気で何が問題か分かっていない顔だ。 


 マッド・スペシャリストの思考に鳥肌を立てながら、ココはなぜまずいのかを力説した。

「いや待て。おまえ私に死ねと言うのか!? こんなのの先端でやじり替わりなんて、私ドラゴンにぶつかった途端にペチャンコじゃないか!」

 丸太とドラゴンに挟まれて死亡なんて、いくら何でもご免こうむる。


 ココの懸念をイカレたジジイは笑い飛ばした……いや、本人には笑い話では済まないのだが……。

「ハッハッハ! そんな事は無いよう、当然計算に入ってございます」

「ホントかよ……?」

 シャムロックは胸を張って矢の後部を(ココには見えていないが)指さした。

「超々弩弓砲の本体と矢は縄で繋がれており、最大加速に達したところで矢だけ縄で引っ張られて急停止するようになっております。そこで弾体が分離し、肝心の部分だけが前進する力運動エネルギーを保持して突っ込むわけですな。したがってドラゴンにぶつかるのは先端だけです。その小さい弾体をドラゴンは叩き落すことができないでしょう」

「な、なるほど……」

 さすがにそこは考えていたようだ。


 ココはホッとした。

 そしてちょっと考えて、カウントダウンに入る前に再度くそジジイにストップをかけた。

「おい、よく考えたら私が龍にぶつかることに変わりはないじゃないか!」


 先端の“弾体”って、自分ココの事じゃん。


「ハッハッハ! それは心配に及びませんぞ! ちゃんと安全計算はバッチリです」

 人間を龍にぶつけるコンセプトの段階で、安全計算も何もない。

「どこがだ! 安全装置が全く考えつかないんだが!?」

「背負い袋に落下傘パラシュートが入っています。作動させるときはこの紐を引いてくだされ」

「おまえ今、使い方の説明なしに発射しかけてたよな!? それに私が龍にぶつけられることに変わりはないだろう!?」

「聖女様は心配性ですなあ」

「当たり前だ! 自分の事だぞ!?」

「よろしいですか? よく考えてください」

「何を!?」

 シャムロックが自信ありげに、心配性な聖女ココを笑顔で諭した。


「女神様の加護があるので大丈夫です」


「“たぶん”てなんだ!? そんなので助かるのなら、この討伐戦で死人が出るか!」

「聖女なんだから大丈夫! 女神様を信じましょう!」

本人ライラでもないのに安請け合いするな!?」

 本人女神に言われたってココは信用する気はないが。

「よいですかな、聖女様?」

「今度はなんだ!?」

「もし。もしも万が一、女神様の加護が足りなくて聖女様にもしもの事があったとしても」

「ハッキリ“死ぬ”と言えよ」

 シャムロックがバッと両手を広げ天を仰いだ。


「全人類を救っての名誉の戦死ですぞ。これ以上の栄誉はありますまい!」


 まったく感銘を受けていない冷めた目でココはツッコミを入れた。


「私は全人類を犠牲にしてでも自分だけ助かりたい」


 ココちゃん、他人に奢る気持ちと自己犠牲の精神だけは持っていない。

「奇遇ですな。ワシも同意見です」

「分かるのなら、なんでこの作戦でいいと思うんだ」

助かるのなら犠牲にしてもいい全人類に、聖女様も入っております」

「なるほど、理屈はあってる」

「よーし、発射用意!」

「だから待てよ!?」

 納得するのと承知するのは別問題。


「なんで私がおまえの為に死ななくちゃならない!?」

「ですから、落下傘があるので地上へは無事に降りられますって」

「その前にドラゴンにぶつかる部分で死んでるわ!?」

「よいですか、聖女様」

「今度はなんだよ!?」

 シャムロックは自分の胸に手を置き、真摯な目で怒るココを見つめた。

「今、この一撃に、魔王から世界が救われるかどうかがかかっておるのです! ここで聖女様が勇気を示せば、人々は奮起して強大な敵に向かえるようになるでしょう」

「みんなが立ち上がれるって、具体的に何ができるんだ」

「聖女様がドラゴンを倒したら、ワシもうちの母ちゃんにビンタできる勇気が持てるかもしれませぬ」

「なあ、王都に帰ったらおまえの母ちゃん紹介してよ。ドラゴン倒すくらいしないと反抗する気も起きないって、超神話級の母ちゃんを見てみたい」




 その時、何で押し問答しているか分かっていないセシルが後ろから焦って声をかけて来た。

「おいシャムロック、何かトラブルか!? ココがまだ準備が終わらんようだが!? そろそろライドンが正気を取り戻しそうだぞ!?」

「ははっ、整ってございます! ただいま発射しますです」

「だーかーらー!?」

「さんっ、にぃっ、いちっ、撃てっ!」

「十から始めろぉぉぉおおおおおおおっ!?」

 

 イカレたジジイをセシルに告発する前に。

 ココは心構えをする時間も無く、そのまま空へと飛び出した。



   ◆



 そこからの記憶は、凄くゆっくり進んでいたように思うけど。

 恐らくわずか数秒の事だったんだろうな、とは自分でも思う。


 ココは物凄い加速で何も考えられないまま暗黒龍ライドンへ向けて突進した。

 竜の姿がありえない大きさにまで見えるようになった所で、ガクンと押す力が無くなって空中に放り出された。ゆっくり回転する視界の中で、矢に引っ張られた超々弩弓砲ハイパー・ガンが宙を舞って陥没地帯へ落ちていく様子がスローモーションで見える。


 ココもハッとして紐を引いた。

 龍にぶつかる前に下へ降りないと、本当に死んでしまう。

 作戦は失敗だが、自分が犠牲になるのが前提の作戦なんか潰れてしまえと本気で思っている。保身に走ることに後悔はない。


 バンッ!

 ほどけた落下傘に空気が入り、一瞬で全開になった。


 ボンッ!

 素人のやっつけ仕事で作った落下傘が、強烈な向かい風に耐えられなくて一瞬で弾け飛んだ。


「くそジジイーッ!?」

 ココはわずかにスピードを落としただけで、そのままライドンへ向けて直進する。

 

 この状態でココにできることなんて何もない。

(ライドン着地!? ……しても、そこからどうやって地上に降りる!?)

 必死に考えるが、どう考えても安全に龍の身体を地上まで伝い降りることができると思えない。

 というかそれ以前に、この速度で突進していて龍の硬い身体に激突して無事でいられるものだろうか……?


 せめて、“聖なる焼き串”とかでも出して龍のどてっぱらにカチ込むべきか。

 あのジジイの計算通りになるのはシャクだけど、無駄死にするくらいだったらせめて一撃……ココの聖心力の武器で、岩より硬いみたいな龍の鱗は傷つけられるのだろうか?


 考えもまとまらないまま龍に向かって飛んでいたココだったが……。

 不意に龍の頭が動いてこちらを見た。

 そして……ココに向かって大きく口を開ける。

「……あっ」


 ライドンに、狙っているのがバレていた。

 待ち構えていた龍に完璧にタイミングを合わせられ、方向転換も位置をずらすこともできずに、そのままココは暗黒龍の口の中へと……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る