第160話 聖女様は知人に再会します

 ココたちが王都を発って一か月。

 とりあえずの目的地としている魔の森まで、あと一週間ほどで着くのではないかと言う地点までやってきた。


「……いや、一月ってさ」

 ココはジト目で視界いっぱいに広がる軍団を眺めながら呟いた。

「十人かそこらで突っ走って来たら、十日もかからない距離だったよな」

「これが軍隊の移動ってヤツだ。大人数で統制を取りながら動くって、凄い大変だろ?」

「三倍四倍の時間と膨大な食糧、薪炭を使って総勢十万人で超非効率なピクニックかよ……コレで勝てなかったら丸損、勝っても経費は回収できないと来た。魔王襲来って、戦争って言うより自然災害だよな」

「だがな」

 そんな感想を言うココに、セシルが一点指摘する。

「今回は魔王軍の動きが活発化する前に押さえたからまだマシだぞ? 襲われた町がほとんどないからな」

「あー……そうか、普通は襲われてから分かるのか。マジで災害じゃないか」

「民の被害が出てなくて、街の修復もない。国内で戦闘になっている割には助かってる」

 そこまで言ったセシルが、ココにだけ見える角度で……イイ笑顔でニタリと微笑んだ。

「しかも今回の遠征は各国とゴートランド教団で費用を按分しているからな。ビネージュ王国うち単独で動くより、よほど安く済んでる」

「おまえのそういう計算高いところは高く評価してるよ」




「さて……そういう“計算高いところ”で言わせてもらうとだ」

「ん?」

 セシルが合図を出し、全軍に小休止を命じた。

 指揮をする騎士が叫び声を上げ始め、徐々に兵たちの動きが停まる。疲れさせないように、一定の周期で休みが入るのだ。こういうのが個人行動に比べ時間がかかる理由でもある。

 王子も馬を降りながらぼやいた。

「行程と目指す場所までの距離と地理的な面を考えると、そろそろなんだよな」

「なにが?」

「魔王軍の次の手」

「あー……先日のグラーダアホが来てから、もう一週間経つのか」


 前々回のの差し入れから二週間。 


 前回の魔王軍幹部幻魔グラーダによる襲撃から一週間。


 奴らの本拠地? まで今から一週間。


 タイミング的に、そろそろ迎撃しないと魔王軍も後がない。

「でも、まだやる気なのかな?」

「そりゃそうだろ。やる気でないと、こんなことにはなってないだろう?」

 遠くの方で監視担当の兵が声を上げた。空を指さす者がいて、周囲も騒いでいる。

 見れば魔王軍と思しきガーゴイルが空を遊弋していた。数匹なので、偵察だろう。

「あー、また来たのか」

 ちょうど飛んできた“証拠”に、聖女様も頷いた。


 ここのところ毎日、魔王軍も偵察や小部隊による奇襲攻撃を仕掛けてくる。

 そういう点でも、魔王軍の大規模な襲撃がそろそろではないかと考えられるのだ。



   ◆



 さて。

 敵の偵察が来たが……だからと言って、セシルやココは特に慌てなかった。


 かつての勇者パーティは空飛ぶ魔獣が鬱陶しくても、攻撃手段がなくて何もできなかったかもしれないが。

 勇者セシルのパーティは芸が達者なのだ。“仲間”に任せておけばいい。


 討伐軍の一部の兵の動きが慌ただしくなり、大型の木製兵器が何台も空を向く。

「仰角よーし!」

「チョイ右、チョイ右、やや下げ……撃てぇ!」

 照準手の指示に合わせて対空用に設計された特殊な弩弓機バリスタが旋回し、号令に合わせて一気に多数の矢が噴き出した。

 あちこちでその光景が見られ、魔獣が次々と落ちてくる。たまりかねて低空に降りてきたガーゴイルは、数百人による槍衾と投網で地上に叩き落してタコ殴りだ。


 魔物に対して、非力な人間は一対一では太刀打ちできないかもしれない。

 しかし人間には、“道具”を作り使いこなすという知能が備わっている。


 そして“勇者セシル”は、一人二人の個人技能に頼るようなリスクヘッジは行わない。

 勇者一人に頼るやり方の危険性をもっとも理解しているのは、その勇者を最も信用していない男……勇者セシル本人なのだから。




 この大軍を認知していながら少数で強行偵察に出た魔王軍は覚悟が足りない。

 逆に魔王討伐軍はこの期に及んで、今見たバリスタみたいに戦力をまだまだ増強中だ。


 人数と物量に物を言わせた“勇者パーティ”の圧倒的な戦力に、呆れ気味のココが半眼で呟いた。

「……あの矢で弾幕張って面で制圧する変態兵器、どこから持ってきたんだよ」

「王都の建築ギルドを仕切ってるシャムロックという男が、新しいカラクリを開発するのが好きな発明家へんじんでな。ほら、覚えてないか? 前に叔父上に追われた後、おまえの知り合いジャッカルアジトを直した爺さんだよ」

「その爺さんの趣味の結晶か……おかしな発想をする奴はおかしな事をしでかしそうで怖いんだけど、大丈夫か?」

「まともに使えそうなアイデアだけ試作してみて、良かった奴は木工ギルドに量産させている」

「じゃあ、ヤバい問題はないか……」

 この時は納得したココ。


 聖女様は後日、この判断を後悔することになる。



   ◆



 すでに出発準備を整えて最新の偵察情報を待っていたネブガルドの元へ、敵を偵察に行っていた魔獣が帰ってきた。


 悪魔神官の部下が速報を上げる。

「ブラパ様、ガーゴイルが戻ってきたのですが……」

「うむ、やっと勇者の位置が分かったか……どうした?」

「十匹出して、三匹しか戻って来ません」

 配下の報告に、思わずネブガルドも黙る。

「……契約の呪文に支配されている魔獣が逃げる筈がないが……どういうことだ?」

 偵察に出した魔獣は特に高度を上げて見てくるように命じておいた。低空を飛んで引きずり降ろされるような間抜けな事にはならない筈だが。

「は、それが……」

 悪魔神官は後ろに控えているガーゴイルの翼の先端が切り裂かれているのを見せた。

「最近人間軍は次々戦術を変えているみたいでして……高空の翼獣を落とす手段を手に入れたらしく、偵察に出した魔物の未帰還が増えています」

「またあの王子なのか!?」

 最近のセシル、魔王軍からの評判が悪い。


 ネブガルドは忌々しそうに吐き捨てた。

「なんでアヤツめは次々奇策に頼るんだ!? 剣と魔法しか知らなかった前の勇者が懐かしいわ!」

 様式美にこだわらない王子様は、使えるものがあれば何でも使います。

「どうしますか? まだ何かあるかもしれません」

 部下の質問に、ネブガルドは首を横に振った。

「これ以上奴らに時間をくれてやれぬ! それに、後になればなるほど何をやり始めるかわからぬぞ、あのイカレた王子は!」

 舌打ちしたネブガルドは位置情報を記した地図を一瞥すると、待機していた部下たちに出撃を命じた。

「これ以上奴らがおかしな戦力増強をする前に、さっさと叩いてやる!」

「はっ!」



   ◆



 討伐軍の本陣が平原に差し掛かった時、それは前触れも無しに現れた。

「殿下! 前方、丘の上に!」

 騎士の叫びに皆が前を注視すれば、やや小高くなった場所にさっきまでいなかった人影が現れていた。

 一列に並んだ十ほどの男たちと、その一団を代表するように一人だけが数歩前に立っている。たった今まで誰もいなかった高台に、彼らは急に姿を現した。




「……魔族だな」

 額に手をかざし、陽を遮りながら目を細めたセシルが呟いた。

 丘に立つ者たちはフードを目深にかぶった黒いローブ姿で、ぱっと見にはどこかの宗教の神官に見える。ただ、剥き出しの手首より先が人にはありえない青い肌だった。おそらくこちらの者と並べば、頭一つは身長も高いのだろう。


 セシルの断定する声が聞こえたわけでもないだろうが、王子の呟きを受けるように一人前に立つ男がフードを跳ねのけた。

「ハハハハハ! 勇者よ、よくぞここまで来たと褒めてやろう。……と言われても、我らの急な出現に声も出ないか? ん?」

 魔族の代表は自信たっぷりな様子で前口上をかましてきた。


 ……が。

 白けた様子の勇者が聖女たちを振り返った。

「やっぱり出たぞ。予想の範疇から飛び出せない奴らだ」

 うんざりした顔の聖女が勇者に頷き返した。

「どうにもお約束通りの連中だな……なんでこう、意表を突いたことができないのかなぁ」

 そして二人して、丘の上の魔族をじとりと白い目で眺める。

「おい、早く本題に入れよ」

「え? あ、そう……?」




 勇者の薄い反応に戸惑いながら、魔族の男が一つ咳払いして仕切り直した。

「貴様らにはここで死んでもらうが……それにしてもお懐かしや、王子に聖女よ」

 ゆったりした袖を、顔を隠すように振る。何らかの術をかけたらしく、彼が肩を回す間にその姿形は急に小さくなり、服装も魔族の黒いローブからなぜか見慣れたゴートランド教団の法衣へと替わった。


 男の顔が再び見えるようになった時、その顔は人間の中年男のそれに変わっていた。後ろの一団がいなければ、こちらの中に紛れていても全く違和感がない。完全に人間に見える。

 どことなく見覚えのあるようなその男は、皮肉気に嘲りを載せた笑みを見せた。

「つい先日までそちらのゴートランド大聖堂にお邪魔しておりましたのでな。こちらの姿の方が、話しやすいでしょうかな? 特に聖女様は」

「おまえは……」

 男の姿をしばし眺めたココも、ふっとニヒルに微笑んで見せる。

「まさか、こんなところで再会するとはな。逃げ帰ってからどうしたかと案じていたんだぞ?」

「ほう! それはご心配をおかけしましたな。私はこの通り元気でおりますよ!」

 白々しい芝居めいたやり取りの後ろに、肌がヒリヒリするほどの緊迫した空気がある。

 固唾をのんで皆が注目する中。

 ココは大仰に男の姿を上から下まで確認し、肩を竦めた。


「今日は珍しくパンツ一丁じゃないのだな。なあ、ダマラム」


「僧兵団のアホと間違えるなぁぁぁぁああっ!」

 聖女の爆弾発言に、見え透いた演技をかなぐり捨てて魔族が絶叫した。  

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