第158話 王子様は先に進みます

 ゴートランド教団教皇庁からの通達は、早い国では翌日にも届けられた。


 教皇庁ではなく、教皇名での宣言文。

 その内容に……大陸中に激震が走った。

 

 ゴートランド教の最高権威、“全なる女神の御言葉を代弁する者”である教皇ケイオス七世の名において。

 スカーレット大聖堂、並びにクリムト王国を……“聖務に対する意図的なサボタージュと異端信仰の罪”により、公式に破門したのである。



   ◆



「教皇聖下も、ずいぶん思い切ったな……」

 遅ればせながら一切の情報をまとめて届けられたセシルが、雑多な形式の文書に次々目を通しながら半分呆れたような声を出した。




 ここ数百年なかった、教皇名での正式な破門状。

 しかも破門されたのが、教団にとってももっとも重要な教会であるスカーレット大聖堂と設立以来のパートナーであるクリムト王国とくれば、事態がどれほど深刻か、子供でも分かる。

 “不快”の表明でも“警告”での再考を求める文書でもなく、完全に見放し“敵対者”と認定する“破門”は……教団初期の“正統派”が乱立した頃まで遡らないと前例がない。


 “破門”は教団内部から存続を危ぶまれるような事件を起こす異端者が出たと、教皇が公式に認めるようなものだ。

 あまりに大ごとになるので、教団の安定期以降はまず出されることは無かった。

 問題視されるような事案でも通常は個人だけを告発するか、内々に処罰して組織的な問題と見なさない処置が一般化していた。


 それが今回については、このケイオス七世による破門である。

 それこそ「五百年に一度の重大な誤り」と破門状の中にも書かれている通り、対魔王戦線からの離脱に教皇がどれだけ激怒したか、この文書によって世界は知ることになった。




「スカーレット陣営から発表されて痛手を被るより前に、先手を打って教皇庁側からクリムト王国側の声明を公表、合わせて反論と破門状を突きつけるか……」

 セシル王子は教皇の決断を評価した。

「うまいところで魔族が潜入していた情報も挟み込んだな。教皇庁側の公式声明を最初に見れば、どう考えたって奴らが魔族に踊らされた愚か者って印象になる」

 横に座っていたココも、セシルが見終わった文書を斜め読みして次に渡す。

「クリムト側の声明をもらってから、後出しで教皇庁の反論を渡されてたらイメージは逆だったな。痛い所を突かれて慌てて反論をでっち上げたように思われる」

「まさに。さらに、破門状の付帯文書が秀逸だ。こいつはウォーレスの発案か? やっぱりアイツ、王宮に欲しいな」




 格調高い文章で両者の行動を非難し、破門を宣告する破門状と一緒に。

 教皇が思い悩んだ末に破門の結論に至った経緯を自ら語った文書が、柔らかい口語体で書かれて一緒に同封されている。


 現実を見ないで独善的な思考に走ったスカーレット派の思想は既に女神が顕現してまで自ら否定し、上層部の断罪を行っていた事。


 現状を改革する為に教団から幹部を送り込むも様々なレベルで抵抗に遭い、一向に進んでいない中で中堅が勝手に暴走してこの事態に至った事。


 大聖堂と古王国の声明はなんだかんだ理屈をつけても、自分が主役で無いのが面白くないという幼稚な感情に理論武装させているだけな事。


 その感情を魔族に見透かされてつけ込まれた挙句、この人間が滅びるかどうかという瀬戸際に主導権が取れないのが気に食わないという理由で離反した事。

 

 これだけの事をやらかしている彼らを私はもう大目に見ることはできません。


 そう言った事情を赤裸々に、子供にもわかる文章で教皇は心情を吐露している。




「スカーレットの石頭ども、このストレートな告白に激怒はしても効果的な反論はできないだろうな」

 ココは添付文書を投げながらため息をついた。

「アイツらのやたら文章を難しくしたがるクセが、土壇場で急に治ると思えない」

「周辺国がどちらを信用するかと言えば、こりゃもう教皇聖下の方だろうな……と、これはウォーレスが書いたモノっぽいな」

 セシルが手にした一枚を読み上げた。

「今度の事態は、一部の過激派による策謀だというのは分かっている。心ある者は今のうちに、そうすれば一緒には処罰しない……スカーレット大管区の地方教会は一斉に教皇庁へなびくぞ。公式な破門はそれだけ重い」

「ウォーレス様の工作は、こんな表に見えるレベルだけじゃないですよ」

 これらの文書を直接セシルに渡すために、自ら馬で駆けてきた聖堂騎士のウォルサムが苦笑する。

 セシルが面白そうな顔で顔見知りを騎士を見上げた。

「あいつ、何やった」

「クーデターです」


 ウォーレスはスカーレット配下の司教座教会へ、他派の親しい神官から水面下で切り崩し工作せっとくをさせると同時に……クリムト王国政界の非主流派へこっそり接触し、王国が破門の危機にあるのは現執政部が現実を見ないからだと吹き込んだ。

「不満が燻っている連中は、現体制をひっくり返す正当化の口実さえあればいいですからね。王国では大公殿下が自派の貴族たちを連れて立ち上がり、教団から破門されるようなことをしたと国王と宰相一派を攻撃中です。王城内では内戦の様相さえ見せているとか」

「それでこそウォーレス!」

 他人事ではない政権の転覆工作の話なのに、なぜか王子が嬉しそう。


「さらにスカーレット大聖堂のお膝元でも、街の民衆が離反して大聖堂への抗議行動が激化しています」

 “神権都市”とまで言われたスカーレットで、庶民が絶対服従であったはずの大聖堂へ反旗を翻した。

「スカーレットの街は大聖堂が支配して、堅苦しい修道士みたいな生活を庶民にまで押し付けていましたからね。不自由な生活を強いられていた結果が、偉そうな事を言っていた神官どもに連座しての破門ですよ。、不満が爆発して石でも投げたくなります」

「潜り込んでいたのは魔族ばかりではなかったようだな」

 こういう話が三度の飯より好きな王子様は、もうニマニマ笑いが止まらない。

「王国も大聖堂も、もう魔王討伐に反抗するどころじゃないですね。今実権を握っている連中がひっくり返されるまで、あと一週間もないでしょう。今こうして話しているあいだにも“改革派”が教皇庁へ謝罪に訪れているかもしれません」

「なるほど」

 ウォルサムの説明に頷いたセシル。


 後方を脅かされる事態が未然に防がれた。

 ひとまず“勇者”はそのことにホッとした。


「ウォーレス、ビネージュ王国うちに引っ張れないかな。アイツを宰相に就ければ、俺がだいぶ楽ができる」

「おまえら二人がタッグを組んだら、その他の人間は地獄を見るけどな」

 そう言って手酌でお茶のお代わりを入れ始めた聖女様を、セシルとウォルサムは何か言いたそうな顔で眺めた。




 一緒に作戦会議の卓を囲む各国軍の指揮官、有力諸王国の国王や名代の将軍も、回し読みしている手紙や聖堂騎士ウォルサムの説明に唸り声を上げている。


 知らない間に起こっていたこの事件の顛末は、彼らにとっても他所の話では済まされない。

 何が起きたか裏事情まで聞かされれば、一歩間違えれば……と思ってしまうのは誰もが同じ。国を保つためには、呼びかけに従って参戦しておいて良かったとさえ思える。


 そんな中で一人青い顔をしている、クリムト王国派遣軍の侯爵にセシルが目を向けた。

「で、元帥。どうされますかな?」

 各国の要人たちから一斉に無遠慮に品定めするような視線を向けられ、クリムト国王の名代はだらだらと汗を流し始めた。

「も、もちろん、私は心正しきクリムト王国の民として! 今後も皆様と轡を並べ、共に魔王と戦いますとも!」

 事態が破滅へと進んじゃった今頃に本国の動きを教えられて、ここで他に返答のしようがある訳がない。


 国王に操を立てて軍をまとめて帰ると宣言したところで……自前で兵站を用意していない今回の戦では、連合軍から離脱すれば食料どころか水の供給さえ止まる。街道周辺の村から強制徴用すればビネージュ王国と戦争だ。

 そんな事情でこのまま帰路についても、五千の大軍でのろのろ歩いていてはクリムトとの国境までたどり着けるわけもなかった。

 逆に言えば、ネブガルドの策に踊らされた本国の連中は、派遣軍の引き上げ方法さえ考えていなかったということになる。


(国王の身代わりに前線に派遣されるなんて貧乏くじを引いた上に、陰謀からも政変からも一人蚊帳の外……情報弱者ってやっぱり大変だなあ)

 ココは冷めた茶をすすりながら、脂汗を流しているオッサンに同情した。

 


   ◆



 逃げ帰ったゴブリンからの報告を聞き、魔王軍の方でも呻き声が上がった。

「グラーダがやられたか……!」

 上手い罠をしかけて勇者を引っかけることには成功したものの、腕力で聖女に負けて一方的に暴行された……そういう内容の報告を受けて、ネブガルドたちは頭を抱えた。

「勇者より格段に暴力的な聖女って、どうなんだ?」

「あの女ならさもありなん。要注意だとは思っていたが……」

「これは……始末する順番を間違えてはいかんな。まず聖女。それから勇者だ」

「聖女が一番問題だなんて、こんなこと今まであったか?」

「そもそも魔族を一方的に殴り倒す人間と言うのが想像できん」

 あまりの意外さに、作戦会議というより井戸端会議になってしまった幹部会。


 悪魔神官ネブガルドが立ち上がった。

「グラーダの術が幻であったと見破られたのが失敗の原因のようだ。ならば、次は俺が死霊でもって奴らに襲撃をかけよう」

「自信があるのか?」

 暗黒龍ライドンが尋ねるのに、ネブガルドは意味ありげな笑みで答えた。

「我が死霊兵は、聖魔法の使い手でなければことができない。やつら全軍を押しつぶせるだけの数の死霊兵を相手に苦戦しているあいだに、俺が狩ってやる」

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