第79話 王子様は真相を告白します

 とりあえず公爵の出方を見ようということで、二人は壁を背にして並んで座り込んだ。


 二人を閉じ込めた連中は灯りを置いて行ってくれなかったので、ココが聖心力で自ら光って室内を照らしている。さっきは自分一人だったから何も思わなかったけど、よくよく考えたら自分が発光しているってすごい間抜けに見えているんではなかろうか。見物客セシルがいることで、ココはそれが気になった。




 幸いセシルはそれどころではないようで、苦い顔をして見えない天井を見上げている。

 しばらく黙っていたと思ったら、急にポツッとつぶやいた。

「こうして不意に立ち止まる時間ができると、つい考えてしまうんだが」

「うん?」

「こんなヤバい話に巻き込んでしまってすまないな、ココ」

「はあ?」

 いつも不敵な態度を崩さない王子様が、珍しいことにしょげている。

 そんな素直なキャラではないのにセシルがいきなり殊勝なことを言い出して、言われたココの方が面食らった。

「よせやい。おまえセシルらしくもない」

「そうか?」

「そうだよ。おまえはもっと厚かましい性格じゃないか。そんな風に言われたらこっちが調子狂うぞ」

「よし、じゃあこの話はこれで終わりで良いな? さーて、ここからどうやって逆襲に転じるかを今のうちに打合せしておこう。存分に働けよ、ココ」

 さっきの詫びは何だったのと言いたくなるぐらい急にハキハキし始めた王子様を、いささかついて行けない聖女様はジト目で睨んだ。

「……おまえのその切り換えの早さって言うか、言質が取れると計算したうえで謙遜してから掌返しするところ、嫌いじゃないぜ。言葉の信用はガタ落ちだがな」

「ふふっ、こんなことをハッキリ言うのはおまえにだけさ」

「本当かよ」

「他の奴に言う場合は、気取られないように婉曲な表現を心掛けているから」

「言葉を飾ったって、テクニックは同じじゃないか」




 “おまえにだけ”という一言を耳にして、ココはなかなか聞く機会がない質問があったのを思い出した。

「なあセシル」

「なんだ?」

 ココがセシルを見ると、セシルもココを見ている。


 肩を並べているので距離が近いせいか、暗闇の中でほのかな灯りに照らされてというシチュエーションのせいか。今こうして話しているのがなんだか現実ではないような、どこか不思議な感じがする。

 そんな非日常感に当てられて、セシルではないが普段のココなら絶対言わない質問が転がり出た。


「おまえなら、どんな女だってよりどりみどりじゃないか。それがなんで、私みたいな扱いに困る女なんかと結婚したいんだ?」



   ◆



 神に仕える神秘的な美女に惚れて、是非にと願う純愛の物語。

 その実、後ろ盾の弱い王子様は聖女を娶って教会の後援を当て込みたい。


 額面通りに受け取る層も、裏を勘繰る連中も、どちらも満足させる素晴らしいストーリーだ。実際当事者であるココでさえ、そういうものだと思っていた。

 でも。

 表層的なきれいごとの美談はともかく、裏事情のほうも真実ではないような……ココは最近、そういう風に感じるのだ。


 まずもって、ココはあまりにも扱いにくい。

 歴代の聖女と違って、どんなトラブルを引き起こすか分からない。組織同士の縁組の為に、適当なが欲しいだけなら最悪だ。素行が一般大衆にバレれば、どれだけダメージが来るか分からない。

 ところがセシルは、そんな手綱が握れないココのことをゲタゲタ笑ってみている。本当に王妃にするつもりなら、シャレにならない人選ミスのはずなのに。

 そしてココがゴートランド教団で腫れ物に触る扱いをされているのを考えると、任期が終わった後に教団が本当にココを介して王子と手を結ぶ気があるのかも疑わしい。もしかしたら王子に押し付けた後は、教団は関わりを避けるかもしれない。

 そんな可能性ぐらい、この聡明な王太子は計算に入れている筈だけど……今までそうなるかも、と気にしているのを見たことが無い。


 セシルは次期国王という地位だけでなく、顔が良くて頭が良くて外ヅラが良い。見た目のスペック高すぎで、女子から絶大な人気がある。

 以前教皇ジジイがビサージュ王国で一番人気の結婚相手と評したとおり、国中の女の子が王子の横を狙っていると言っても過言ではない。

 それなのに当のセシルは、数多の信奉者を差し置いてココを好きだと言ってくる。


 この損得で割り切れない不思議な言動について、最近のココは真意を測りかねていた。


 

   ◆



「よりどりみどり、か……」

 セシルが視線をはずして前を向いた。

「ココ。たしか先日街で追いかけっこをした時、俺はお前に言ったよな。女が嫌いだって」

「あー……そんな事を口走っていたな」

 逃走中、“女は嫌いなんだ”とかふざけたことを言うので私はと聞いたら、“おまえはココ枠!”とか返しやがったあの時だ。

 まるで珍獣みたいに言われて腹を立てたのと同時に、自分は特別と言われた(気がした)ので、少し誇らしかったのを覚えている。


 ……ココは一つの考え方に思い当たった。

 セシルが道ならぬ恋をしていて、そのダミーとして話の分かるココと結婚しようと考えたのだとしたら……。

「もしかして、本命はナバロか?」

「なんで女子はすぐにそっちへ話を持って行くんだろうな……そういう意味じゃない。男女どちらが好きかと言われたら、俺は普通に女好きだよ。色欲的には女は大好きだ。恋愛的には嫌いなんだ」 

「あー……欲求だけ満たしたいが面倒な駆け引きは勘弁ってか? ……そういう男子の“上半身と下半身で意見が違う”って理屈がわかっちゃう私もなんだかな」

「話が早くて助かるが、俺が女嫌いなのはそれじゃない」




 セシルは前に視線を向けたまま続けた。

「結婚するとなると、王太子の俺は当然貴族令嬢と……て事になるんだが」

「何か問題が?」

「俺、バカが嫌いなんだ」

 思わず王子様の横顔を見てしまうココ。

「……全部が全部バカってわけでも、ないんじゃないかな~……」

「言い切れるか? おまえそれ、本気で信じてるか?」

「そう言われちゃうと……私も社交界を知ってるわけじゃないからなあ」

 ココの歯切れが悪いのは、今日の出来事を思い出しちゃったから。いや、令嬢がみんなあんなのばかりだとは思え……思いたくないんだけど。


「知能という点では優れた人間もいるだろうさ」

 王子様は暗い目で虚空を見据えている。

「だが、貴族の子女教育って言うのは“女は男の世界に口出しすべきでない”って教え込むのでな。政治どころか世間のことに一切興味を持たず、趣味と醜聞ゴシップ派閥力学マウンティングにだけ目の色を変える愚か者を量産しているんだ」

「あー……」

 そう言う意味かとココは納得した。


 それならわかる。

 マルグレード女子修道院へ入ってくる者、出て行った者、貴族家の出身者にはそういうヤツが確かに多かった。ドロテアドロシーみたいな商家出身者がニュースや世情を気にするのと好対照なので、ココも気になっていた。

 セシルが続ける。

「うちの母上も残念ながらそういうタイプでな。宮中の政争をスルーするくらいなら別にいいんだが、作物の不作や風水害にてんやわんやの時に自分のバラ園の被害しか気にしてなかったのを見た時は……これが自分の親なのかと情けなくなった」

 そう言う具体的な話を聞かされてしまうと、想像がつくだけにココもフォローのしようもない。ココも母の話でもしようかなと思ったけど、口に出すのは止めておいた。親の最低自慢をしあったところで何になる。

「しかも政略結婚で来た嫁ってのは、潜在的に実家のスパイだからな。親に言い含められたとおり、婚家の事情なんか斟酌しないで実家へ内部情報をペラペラしゃべってくれる。俺の嫁を臣下の家からとって見ろ。公共投資の大規模案件は毎回同じ派閥が掻っ攫っていくようになるぞ」

「そんなことまで考えないと政略結婚ってできないのか……そんなんじゃ、後先考えない恋愛結婚の方が楽かもしれないな」

「そういうことだ」


 一回言葉を区切り、不意に顔をしかめたセシルの声に力がこもる。

「うちの国も歴史が長くなり過ぎた。あちこちガタが来ているのに、実務を担っている大臣以下、前動続行でいつまでも行けるものだと思っている。俺が後を継いだら、少しずつでも現実に合わせて直していきたいんだ。その為には……」

 セシルがいつの間にかココの手を取っていた。掴むのではなく、掌の上にココの指先を載せている。

「俺は自分の嫁に、後ろを黙ってついて来るなんて可愛げは求めてない。俺が結婚するならな、辛い道のりになるのがわかっていて、それでも横を一緒に走ってくれる女がいいんだ」




 ココは自然にセシルの掌から手をはずし、両手で膝を抱え込んだ。

「将来の夢は結構だけど、その為にはまず今日処刑されるのを回避しないとならないぞ?」

「違いないな」

 セシルも笑いを含んだ声で同意を返してきた。


 そう。将来どうしたいなんて、監禁されている今に話しあったって意味はない。

 まもなくやって来る公爵一派の一撃を上手くかわし、逆に叩き潰してからの話だ。


「さーて、奴らの出方がどう来るかな」

「ま、叔父上は自分じゃ来ないだろうさ。自分の手は汚さない人だからな……」

 敵の出方を賑やかに予想しながらココとセシルは、それぞれ口には出さずに心の中で念じていた。 


 明るい所へ出る前に、火照った頬が早く冷めてくれるように、と。

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