第74話 聖女様は懐かしのあの人へお手紙を書かせます

 これは王宮でセシルが、諜報部副長官へクビを申し渡す前のこと。


 朝を迎えたマルグレード女子修道院で、ココはナタリア他を集めて作戦会議を開いていた。

「というわけでだ。向こうがこっちの自宅ヤサまで攻撃カチコミして来るんじゃ、今後もとても枕を高くして眠れやしない。公爵やろう痛いところドテッぱらにこっちから一撃ヤッパ食らわして、脳筋オヤジに身の程をわからせてやる」

「ココ様ーっ、興奮しすぎて地の言葉が出てますー!」

「出てるんじゃございませんのよ? 出してんだよ! ちょっと煽ってやったら脊髄反射でマジ切れしてくるアホウに、テメエが三下だってのを言い聞かせてやらないとな」

 それって煽ったほうが悪いんじゃないかな、とココの言葉遣いを指摘したアデリアは思ったが黙っていた。たぶんココはそんなツッコミは求めていない。


「でも~、具体的に~どうするんですの~?」

 ドロテアに聞かれ、ココは夜明けまで考えていた公爵への嫌がらせを披露した。

「いいか、ドロシー。古株の修道女を動員してできるだけ多く、マルグレードをした連中に手紙を書いてくれ」

「はあ~。内容は~?」

 肝心なところを聞かれ、ココがニタッと笑みを深める。それを見ただけでドロテアは(あ、これロクなものじゃないな)と思ったが、敢えて言うほどでもないので黙っておく。

「最近のマルグレードの様子や向こうの健康を心配する辺りの、当たり障りのない話から始めて」

「はい~」

「それから『近頃王家の雲行きが怪しいみたいだが』って話で、公爵クソオヤジじゃなくて王太子セシルにつくように家を説得しろって書け」

「はあ~」


 ドロテアはじめ、居並ぶ面々は首をかしげた。その程度の働きかけ、多数派工作をするなら当たり前に皆やっている。

 そもそもずっと疎遠だった昔の同僚にそんな手紙をもらっても、一読したらおそらくほとんどの人間はそのまま捨てる。昔の仲が良かったら「ご忠告どうも」ぐらいは返信するかもしれないが、たいていは言質を取られるのを恐れて返事もしない。

 それに。

 だいたいの貴族女性は、政治や家の方針に口出ししないように教育されている。だから旦那が宮中で何をやっているかとか、政界で今何が起きているかも知らない者が多い。彼女たちが気にするのは派閥だけである。


 そんな手法に何の意味が? ぐらいに思っている皆の視線を受けて、ココが指を三本立てた。

「手紙の中にな、これを書いてくれ。セシルにつかないまでも、せめて中立するように親父や旦那を必ず説得してくれと」

「ふんふん~」

「なぜなら。公爵がよりによって『今の聖女』と『前の聖女エッダの姉御』、それに『修道院長シスター・ベロニカ」をカンカンに怒らせたからだと。没落して路頭に迷いたくなければ、絶対に公爵から距離を取れと家の男どもに進言しろってな。三人のうち二人でも知っているヤツなら、血相変えて旦那の首を絞め上げるぞ」

「……ココ様~、これ酷い脅迫です~」

「事実だ。セシルが勝ったら、公爵にヨイショしていた連中はまとめて首を斬られるぞ? 良くて左遷、本当に爵位剥奪や財産没収も……今の情勢じゃセシルが若過ぎる上に、貴族の間じゃ圧倒的に派閥が小さいからな。少数与党が自分よりデカい野党を野放しにしたら、いつ仕返しされるかわからない」


 変な話、王太子派と公爵派で貴族が均等に分かれていた方が穏便な処罰ができたのだ。

 今の“文官+αセシル派”対“貴族の過半と武官のほとんどオヤジ派”の状態では、クーデターを恐れて公爵の影響力を一掃するしかない。軍人は政治に首を突っ込みたがるヤツを取り除けば済むだろうが、政治がメインの貴族は……。


「だから今と同じ暮らしがしたかったら、何としてでも家の男どもを止めさせろ。もしどうしても説得に応じてくれなかったら、聖女が当主にに行ってやってもいい……って書き添えとけ。家が商家の連中にもだ。ここに娘が来てる庶民上流層の店は、だいたい貴族の家に出入りしてるからな。巻き添え食うぞ」

「うわぁ~……没落も~家庭訪問も~大惨事~」

 はっきり言っちゃったドロテア。

 聖女はドロテアの横を向く。

「それでアデル」

「あいあい」

「おまえは今在籍している連中に、同じ話で彼氏や婚約者に手紙を出させろ。聞いてくれなきゃあんたと一緒に心中したくないから別れてくれ、ぐらい書かせるんだ」

「遠距離恋愛で熱愛中の子も結構いるよ? アツアツの子がそこまで書いてくれるかな?」

 アデリアが自信なさそうに眉根を寄せて唇をすぼめた。郵便係だけに、男から手紙が届いた時の反応を見ている。

「そういうヤツがいたらこう言え。『おまえが書かないんなら、聖女と修道院長とおまえで三者面談をやる。書いても彼氏が話を聞いてくれなさそうなら、ソイツとおまえと私たちで四者面談をやる』。だから死ぬ気で説得しろって発破かけろ」

「最悪だ……」

 アデリアも絞り出すような悲鳴を上げた。


 ココは地獄を覗き見たような顔をしている一同に申し渡した。

「本当に最悪なのは家が無くなることだぞ? おまえたち育ちのいい人間が、いまさら施しの配給に並べるか? 街角に立って男を誘えるか? 生き残るために今を耐えろ」

 露骨に言われ、声にならない呻きがそこここで上がる。なによりココに言われると説得力があった。




 そんな中で、恐る恐るナタリアが手を挙げた。

「あの、ココ様……こんなことを聞くのは何なのですが」

「なんだ、ナッツ?」

「公爵殿下が勝っちゃったら、マルグレードにつながる者は全員御家断絶になっちゃうのでは……」

 そう。ココはこれまで、セシルが勝つ前提で話をしている。

 でも現状は公爵の方が優勢なのでは……という思いは誰の頭にもあった。

 だけど。

「それは心配するな」

 ココはケラケラ笑って手を振った。

「私がどんな手使ってでも引きずりおろすから」


 十四歳の女の子が、国家権力の大半を握っている王族相手に何ができるのか。


 一瞬そんな考えがちらりと皆の脳裏をかすめたが、結局誰も口には出さなかった。

 だって、言ったのがココだから……。


 ココの悪知恵が政界で通用するレベルか、それはこの場にいる者たちではわからない。

 だけど、この聖女様なら……知恵で相手に負けた途端、横っ面を鈍器で殴りつけて無理矢理ご破算にしてしまいそう。

 そういう点では絶対の信頼のある聖女、ココ・スパイス。




 なんとなく微妙な雰囲気で会議が静まったところで、おずおずとウォーレスが手を挙げた。

「あの、そろそろいい時間なので王宮に出発してもよろしいでしょうか……?」

「ふむ。セシルにうまく諜報部を片付けてもらわんとな」

 ココが頷き、修道院長シスター・ベロニカを見た。

「というわけでシスター・ベロニカ、こいつ行かせてもいい?」

「まあ、よろしいでしょう。反省を心に刻むように」

「ははっ。ご配慮感謝します、シスター……うおおっ、足が……」

 院長の許しが出たので、王宮へ出立するためにウォーレスが立ち上がりかけて転びそうになる。慌てて横の騎士隊長ウォルサムが支えた。やはり石の床で三時間も正座していると、足がすぐには動かない。男二人がなんとか支えあって出て行って、そこでアデリアがはっと気がついた。

「あっ! ウォルサムさんは許可が出てないのに!」

「そう言えば!? あの野郎、うまく逃げやがったな!」

 慌ててココが追いかけようとして、やはり足が痺れてすっころぶ。そこに院長の冷ややかな声。

「それはそれとして、聖女様も追いかける振りをして逃げたら後で追加ですからね」

「……はい」


 ココ、ウォーレス、ウォルサムは昨夜の捕縛劇で初動に失敗したことで。

 ナタリアは寝ぼけてココの動きを妨げたことで。

 アデリアは刺客の前に飛び出してシスター・テレジアと一緒に絶叫したことで。


 それぞれシスター・ベロニカに咎められ、侵入者が連行された後に食堂の石畳の上に座らさせられてお説教を食らっていた。実は対策会議はそのついで。

 初動に失敗したのはナタリアが邪魔したせい……とか、そもそもナタリアは計画を聞かされてない……とか、夜中に侵入者と出くわしたら悲鳴を上げるだろ……とか、いろいろ仕方ない理由はある。

 だが、修道院長のお叱りにはそういう理由は考慮されたりはしない。


 だって、気に障ったから。


(やっぱり深夜にやったのが良くなかったか……)

(院長、寝不足で機嫌悪いのが絶対ありますよ)

(ていうかココ様、そんな危ないことやるなら言っといてくださいよ!?)

「私語は慎みなさい」

「申し訳ありまっせん!」




 またグジグジお説教が始まろうとしたところで、ドロテアが恐る恐る手を挙げた。

「あの~、シスター・ベロニカ~……」

「なんですか?」

「私~、昨晩は~何もして~ないんです~けどぉ~?」

 ドロテアの主張を聞いて、他の三人は昨夜のことを思い返した。確かにドロテアの顔は見ていない。

 それに対する院長の返答は。

「あなたは起きてこなかったからです」

 院長が足を組み替え、意外な回答に固まっている庶務係を睨み据えた。

「あの騒ぎで起きない人間がいる筈は有りません」

「……」

「寝る前にこっそり飲んでましたね?」

「だってぇ~、思い出しちゃったんですよぉ~!? 飲むしか~ないでしょ~!?」

「あなたは昼までそうしていなさい」

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