第67話 聖女様は王子に発破をかけます
ジト目で見つめるセシルに、ココはいかにも軽い話をするようにひらひらと手を振って見せた。
「ははは、別に大したことをするわけじゃないって。甥っ子をこっそり始末してまで
「見るだけか?」
「いや、さすがに王国の重鎮と顔を合わせて素通りするわけにもいかんだろう。初めましての挨拶ぐらいはするよ」
「どういう風に?」
「『ボクちゃん、いい子でちゅね~。今何歳でちゅか~?』って感じだな」
「さすがココだな。あの叔父上相手にそういう煽りかたは普通考えつかないぞ?」
「そうか?」
「横を見ろ」
ココが横を見ると、ナタリアとナバロが心臓発作寸前の顔で硬直している。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも!?」
ナタリアがパントマイムみたいにやたらパタパタ身振り手振りを入れながら悲鳴を上げた。
「そのままでも王国で三番目に偉い人ですよ!? それもあの年まで実績を積み上げてきた、功績も豊富な古株の王族です。ただ貴族の生まれをかさに着ただけの人とはわけが違います!」
ナバロも慌てて言い募る。
「しかも殿下は二十年にわたり王国軍の采配を振るい、今やビネージュの武を象徴する人です! 王太子殿下が苦慮しているのも、公爵家の私兵どころか王国騎士団や常備軍まで公爵殿下の影響下にあるからですよ!」
「ふむ」
いかにラグロス公爵が実力派の大物か。甘く見ていい相手ではないのかを付き人二人が説明するが……貴族社会を知らないせいか、ココはいまいちピンとこない顔をしている。
とうとうココに理解させる前に、説得に疲れた二人が疲弊して黙り込んだ。
「あの、ココ様? ちゃんと聞いてました?」
ナタリアに逆に聞かれて、ココが白けた顔で頭を掻いた。
「まあ、今の王国でどれだけの重要人物かはなんとなくわかった」
「これだけ言ったのに、なんとなくですか……」
ガックリ来るナタリア。だがココにはココの言い分がある。
「敵に回すのは厄介な相手だというのはわかったが、そんなことに何の意味がある」
「ん?」
「え?」
「は?」
三者三様に疑問符を浮かべる面々に、ココは自分的に一番大事なことを指摘した。
「おまえら忘れていないか? その公爵様の名誉も権力も全部剥ぎ取って地獄に突き落とさないと、セシルが死ぬんだぞ」
「!」
「話はシンプルに考えろ。
ココに言われて、ナタリアとナバロはぐうの音も出なくなった。
そう。相手がどれほど高位で功績が綺羅星のごとくあろうと、王太子を暗殺して国を乗っ取るのは死刑しかありえない反逆罪だ。それまで積み重ねた名誉など何の意味もない。
その事実を剥き出しで突き付けられ、一瞬息をのんだセシルが不意に笑い出した。
「ははっ、そうだな。その通りだ! ……向こうは殺す気で仕掛けてきているんだ。突き詰めれば殺るか殺られるかしかないのに、俺たちはしがらみを気にしすぎて構図を複雑に考えていたようだ」
深く座っていたセシルが前へ身を乗り出した。
「いつまでも守勢に回って気力を削り取られるのは、やはり俺の性格に合わないな。せっかく教会が助太刀すると言っているんだ。派手に短期決戦で行こうじゃないか」
いつもの調子が戻って来たセシルに、ココが悪い笑みで答えてみせる。
ナバロも深く頷き、ナタリアも(ほぼ役立たずながら)こぶしを握って意気込んでいる。意気の上がる側近の二人へ、セシルが慈愛溢れる穏やかな笑みで語り掛けた。
「並び立てない以上、叔父上と白黒つけるのは避けては通れない。相手が相手だ、おまえたちにも大変な思いをさせるだろうが……どうか、俺とココを信じてついてきて欲しい」
「はっ! 不肖このナバロ、我が命に代えましても!」
「私も頑張ります!」
王子に頼みにされ、鼻息荒く付いて行くと宣言したナバロとナタリア……の肩を後ろから、とってもイイ笑顔のココがガシッと抱きしめた。
「じゃ、おまえたちもやる気になったところでぇ……早速王宮の中をぶらついて、クソオヤジに一発かましてから帰るかぁ!」
「嵌められたっ!?」
◆
ラグロス公ゲルハルドは王宮内の執務室から騎士団の営舎へ向かう途中で、軟禁状態の王太子の所へ教会の使者が来ていることを知らされた。
「通したのか!?」
不機嫌に問い返して来る公爵に冷や汗をかきながら、当直の騎士はしどろもどろに弁解した。
「その、教会からと申しましても、聖女様からの私信とのことで……持って来たのも教皇庁の外交官ではなく修道女でして、はい」
「聖女か……」
セシルが下賤な聖女にのぼせ上がっているというのは、公爵も聞いていた。
政務を無理に詰めてでも、月に一度は顔を見に行かないと気が済まないとか。そんな王子が急に来なくなったので、焦った聖女が向こうから手紙を送って来たということか……。
社交界で若い娘がどいつもこいつも、セシルの一挙手一投足に黄色い悲鳴を上げているのはさんざん見ている。貴公子など縁が無かった賤民の聖女が、せっかく捕まえたセシルが急に冷たくなったと思い込んで身の程知らずにも向こうからアプローチをかけて来た……。
あり得る話ではある。
「だが偽装の可能性もあるな」
先日セシルのお忍び外出を狙い、諜報部の手の者を大量に繰り出したが暗殺に失敗した。
その現場になぜか。大聖堂の警備兵が駆け付けた。当然ながら街の治安維持は王国の所管であり、騒動が起こってもゴートランド教団の私兵が出張ってくることなどありえない。
セシルとゴートランド教の両方から探りを入れたが、当日何があったのかは依然謎のままだ。教会の中はすっかり事件を忘れたかのように平常に戻っており、あの日何を守ろうとして兵を繰り出したのか、さっぱりわからない。
だが状況から見れば、セシルの保護に向かった可能性は高い。
セシルは聖女単体ではなく、ゴートランド教団から懐柔されている恐れがある。半人前で王宮では誰にも相手にされない男だ。教団に接待でチヤホヤされ、取り込まれたのだろう。
となればセシルが暗殺の危険に晒され、教団が慌てふためくのも当然だ。将来王国を陰から操るのに必要な、
「本当に聖女からの恋文か? 確かめる必要があるな」
まさかセシルの執務室に押し入っても素直に見せたりはしまい。その使いが帰る前に、手の者と多少なりとも会話をさせて感触を確かめたいところだが……。
そんなことを公爵が考えていると、報告に来た騎士が不意に短い叫び声を挙げた。
「あちらです! あの修道女が聖女の使者です!」
「む?」
廊下の反対から、セシルの警護の騎士に先導されながら修道女が二人やってくる。ちょうど帰る前に間に合ったようだ。
「なかなか、美形な女ですね」
公爵に付き従っていた伯爵家令息が思わず漏らした言葉に、無意識に公爵も頷いてしまっていた。
背が高く金髪碧眼と貴族に多い特徴を備え、楚々と歩く姿も気品がある。聖女がいるのはマルグレード女子修道院の筈だし、間違いなくどこかの家の令嬢だろう。
それなのに。
「高貴な血に生まれながら賤女の使い走りとは、哀れなことだ……」
せっかく格式あるマルグレードに花嫁修業に入ったのに、よりによって
公爵は敵方とはいえ運の悪い令嬢に多少の哀れみを覚えながら、すれ違いざまに声をかけた。
「そこのおぬし。ちょっとよろしいか?」
良いかも何も、公爵に話しかけられて拒めるわけもないのだが。
通常はまず先導する廷臣にいったん止まってくれるように声をかけるが、その不文律を公爵は敢えて無視した。セシルの部下など眼中にないと、廷臣たちの前でみせつける為だ。
王太子の直臣が無視される。かなりの侮辱だが、それでもたかが騎士では公爵に食ってかかることなどできない。片手間でセシルの権威を貶めながら、公爵は修道女と話をしようとした。
ここまでは良かった。
聖女の使いだという修道女は、声をかけて来た公爵を見て軽く会釈し……先導の騎士と一緒に、一歩下がって横にずれた。
「?」
貴人同士が出合い頭に挨拶をするとき、先導の従者はそのようにして場所を開ける。マナーとして、それは正しい。
しかし、それも主がいる場合の話なのだが……。
修道女のおかしな動きに意表を突かれた公爵は、一瞬遅れて正面にまだ一人残っているのに気がついた。
(……まさか!?)
「これはこれは、公爵殿下」
てっきり見習いがお供についているのだと思い込んでいた。
だがこうして真正面から向きあい、それが勘違いだったことを公爵は悟った。
銀糸のような髪に透き通る白い肌。美人だと思ったお付きの修道女でさえ適わない、ややあどけないが整った目鼻立ち。
衆愚どもが神秘的と褒め称える幼い美貌に艶然と微笑を浮かべ、目の前に残った少女は典雅に腰を折った。
「ご無沙汰しております、公爵様。ゴートランド教聖女、ココ・スパイスでございます」
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