第64話 聖女様は子供の遊びに思いを馳せます

 ココが大聖堂の窓から表を眺めていると、広い中庭で子供たちが追いかけっこをしていた。

 勤労奉仕団か聖歌隊だろうか。呼び出しがかかるまでの間、子供にじっとしていろなんて無理な話だ。

「どうしたんですか、ココ様」

 ナタリアが聞いてきたので、外で遊ぶ一団を指さす。彼女も横にやってきて、ココの視線の先にあるものを眺めた。

「あらー」

 微笑ましい光景に、修道女も目を細める。

「ココ様も混ざりたいんですか?」

 十四歳労働者いちにんまえをナチュラルに子ども扱いしてくる側付きの尻を、ココは無言でひっぱたいた。




 それにしても、あの子たちが遊んでいるのはなんだろう?

 ココはふと、そんなことが気になった。


 追いかけっこをしているみたいだけど、あの手の遊びも何種類かルールがある。さすがに昔ココが市場のオッちゃんたちと遊んでいた一番きついヤツいのちがけは一般的ではないみたいだけど……。 

「うーむ、悪魔ごっこかな?」

 最初に一人「悪魔」になって、他の者を捕まえて「生贄」を増やしていくという遊びだ。

 涙目で尻をさするナタリアが、ココの見解に異議を申し立てた。

「揃いの目印をつけて半分ずつに分かれているみたいですから、ケイドロじゃないですか?」

「ケイドロ?」

「ええ、警邏と泥棒。『警邏』側がどんどん『泥棒』を捕まえて行って、『泥棒』側は『詰所』を襲って捕まっている仲間を解放するんです。違いますかね?」

「あー!」

 そう言われて見て見れば、端っこに固まって動かない一団がいる。

「そうかぁ……だけど、ケイドロねえ。私はジュンドロと聞いてたがな」

 仲間の人数が必要な遊びはしたことがないココ。

「ジュンドロ?」

 ナタリアが聞き返してきたのでココは頷いた。

「そう。巡視と泥棒」

「へえー、地域差があるんですかね」


 おかしなところで感心したナタリアが、後ろで法具を運んでいた同僚を振り返った。

「シスター・ドロテア、あなたは知ってる?」

「ん~?」

 彼女もやってきて、外を眺めた。

「ああ~……私が聞いていた名前は~ドロジュンね~」

「順番が違うな」

 細かい所でも違いがあるみたいだ。

 ドロテアが更にアデリアを呼び寄せた。

「アデリア~。あなたのところは~?」

「うん?」

 アデリアも来て眺める。

「ああ。私の知ってるのはドロケイだね」

「ええええ?」

 

 話をすればほぼ同じルールみたいだけど、なぜか名前だけ地域差が酷い。

 どれが一般的なのか?




 皆で首を捻っていると、そこを通りかかったウォーレスに見咎められた。

「皆さん、儀式が始まるまでもう二時間無いんですからね? 手を動かして下さい」

「おっ、ちょうどいいところへ」

「はい?」

 現在全員違うので、どれかにもう一票入れば多数派がどれなのかわかる。五人目ともなれば、さすがにもうこれ以上レパートリーは出ないだろう。

 ……そう思ったのだけど。

 話を聞いて、遊びのルールを教えられたウォーレスが唸り声を上げた。

「ううーん……私のところでは、その遊びは『天使と悪魔』と呼ばれていましたね」

「おい、新パターンだぞ」

「それ、悪魔側が勝ったらどうするんでしょうね」

「初めから戦力に差をつけて、必ず天使が勝つようにしてるとか?」

「それじゃ~天使側が~悪魔じゃない~」


 それにしても、ケイもドロもジュンも入らないパターンがあるとは。

 ウォーレスが頭を掻く。

「いや、てっきりそれが当たり前だと思ってましたからね。他所では他の呼び方をしているなんて発想自体ありませんでした」

「あー、それはあるなあ……にしてもおまえのとこ、天使と悪魔なんて意識高い呼び方してるなあ。ウォーレスの田舎ってどこだ?」

「あ、故郷での呼び方じゃないです。私、小さい時は本当に勉強ばかりで」

「え? じゃあどこで覚えたんだ?」

教皇庁ここ高等神学校がっこうで」

上級神職キャリア組確定のエリートたちが、成人過ぎて何やってんだよ!?」




 全然結論が出ない。

 そもそも最初に何の話をしていたのかも忘れてしまったが、あの遊びを一般的には何というのか、なにがしかの答えを導き出さないと中途半端で気持ち悪い。


 いっそあの子供たちに聞いてみるか? なんてアイデアも出たところで、ちょうど教皇が通りかかった。

「ん? おぬしら、こんなところで何をしておる?」 

「これは聖下」

「どうした? 何か問題が生じたのか?」

「ちょうどいいわ、教皇様のご意見も聞いてみては」

「そうね~」

「うむ?」

 ココが代表して窓の外の光景を指さし質問した。

「おうジジイ、あの遊びはジジイのところじゃなんて言ってた?」

「遊び? ああ……あれは確か、『ぱ』……」

「パ?」

 何故か言いかけて急に停まる教皇聖下。しばしの沈黙の後……。

「……しもうた、スピーチの原稿に手を入れていなかったわい。ではな!」

「待てジジイ、何を言いかけた」

「なんでもないわい。不意に思い出したので思わず『あ』と言っただけじゃ」

「いいや、確かに『ぱ』と言ったぞ。なんでもないならちゃんと言え」

「婦女子の前で言えるかっ!?」

「その言葉だけでろくでもないってのがわかるな」

「余計なお世話じゃ!」

 振り切って行ってしまいそうな教皇。ココは進路に立っていたウォーレスに……。

「おいウォーレス、ジジイを押さえつけろ」

「はい」

 ココの指令にすかさず教皇を羽交い絞めにする司祭。

「こら、ウォーレス!? おまえは上司をなんじゃと思うとる!?」

「聖女様のご命令ですので」

 ジタバタ暴れる老人に、アデリアの持っていたハサミを振りかざして聖女が迫る。

「おら言えジジイ。ちょうどここにハサミがある。言わないとおまえの一張羅をノースリーブで膝上二十センチのせくしーな感じにしてやるぞ」

「やめい! なんて恐ろしいことを考えるんじゃ、おぬしは!?」

「じゃあ言え! 『ぱ』ってなんだ!」

 逃げるに逃げられず、ジリジリ来るココの圧力に負けた教皇がガックリとうなだれた。


「わ、わしの故郷の辺りでは……あれは、『パンツ見せろゲーム』と……」


 沈黙の帳がおりる。

 しばしの無音の時間の後、ココがボソッと呟いた。

「凄いネーミングだな」

 続いて修道女たちも口々に……。

「不潔……」

「最低……」

「汚れてる……」

「言っておくがの!? ワシが名付けたわけでも、聖職者になってからやったわけでもないぞ!? ほら、夢中で遊んでいるとズボンをずり下ろしてしまったりするから! 無邪気な子供のえげつないネーミングじゃろうが!」

 教皇が皆の冷たい視線に泡を食って主張するが……。

「嬉々として敢えて降ろしてる姿が目に浮かびますね」

「追いかけるのに夢中で、きっと司教帽ミトンをよく無くしてたんだぜ」

 風評被害は絶賛拡大中。

「だーかーらー! 子供の頃の話じゃ! 今やっとるわけじゃない!」

「そうかぁ? 娼館に行って『どうしんにかえるんぢゃ!』とか言って、全裸でやってるんじゃないのか?」

「顔が売れとるワシが娼館など行くか!」

「じゃあ、大司教公邸こっちに呼んでるのか」

「おぬしの認識の中でワシはどうなっとるんじゃ!」




 ココと教皇がまるっきり子供みたいな言い争いを続けていると、背後でなぜか耳に残る靴音が鳴った。

「ん?」

 教皇が怪訝そうに振り返るが、その場にいた女性陣は全員一斉に震えあがる。その音に心当たりがあるからだ。

「始まるまでにあともう一時間なのですが……主だった方々がこんなところで何をなさっているのですか?」

 鬼の修道院長シスター・ベロニカに静かに睨まれ、六人は一斉に背筋を伸ばした。


 その場に正座させたから、一応は弁解を聞いたシスター・ベロニカ。

「なるほど」

 理解を示した院長に、ホッとしたココは続いて意見を聞こうと口を開きかけたが。

「そんなくだらないことに、皆でこの忙しい時間を費やしていたと。役割のある人間が揃いも揃って何をなさっておいでなのでしょうか。理解に苦しみますね」

 ……これ以上火に油を注がないほうが良いと判断して、自主的に口を閉じることにした。


「それでは準備はこちらで進めておきますので……皆さんはお時間までこちらで、どうぞゆっくりなさっていて下さい」

 お小言をそう切り上げて、シスター・ベロニカは踵を返した。

 儀式の前で慌ただしい中に、余計なことで時間をかけていられないのだろう。それは助かったのだけど……。

「あ、あの……ここの石畳、ごつごつしていて脛が痛いんですけど……」

 ナタリアが恐る恐る申し出たのを、院長は軽く一蹴する。

「でないと罰になりません。他には?」

 冷たい目で一瞥する院長様に、それ以上言える者はいなかった。

 去っていくシスター・ベロニカを見送りながら、ココは隣の教皇に小声で話しかける。

「ジジイ、おまえ一番偉いんじゃなかったのか」

「うるさい、話しかけるでない。シスター・ベロニカが戻ってきたらどうする」

「部下の叱責に怯える辺りが、もう情けないです……」

「上司の間違いを正せるって言うのは、組織としてある種健全なんですかねえ」

「院長だから~言えるって言うのは~、あくまで個人技のような~」

「なんでもいいけど、足痛い……」

 院長は本当に始まるギリギリまで、呼びに来てゆるしてくれなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る