第59話 聖女様は捕まえた魚に泥を吐かせます
とりあえず簀巻きにして転がした刺客の数は実に二十人超にもなった。危ないので口にも猿轡をかませ、足首も縛ってある。ついでに嫌がらせの意味も込めて治療はしていない。
「さすが王子様の暗殺ともなると、すげえ人数が来るもんだな」
ジャッカルが呆れて呟いた。
雲の上の人々に縁のない下町のギャングでも、この暗殺者の数が異様なのは見ればわかる。彼らの世界にも殺し屋はいるけど、こんな人数を動員することなんてない。よほどの大物を暗殺するのでも、集めるのはいいところ三、四人ぐらいだろう。
ギャング団同士の抗争じゃあるまいし、密かに暗殺するのに何十人も投入するなんてありえない。そもそも王都の闇ギルドレベルでは、これだけの人数が所属しているかも怪しい。
それほどの数の手駒が存在し、それを一度に投入できる。とんでもない力を持つ者が後ろにいるのは明白だった。
ちなみにジャッカルのギャング団「
「こいつらがまとめて襲撃してきたら、とてもじゃないけど持ちこたえられなかったな」
それについては同感のようで、セシル王子もホッとしたように肩の力を抜いた。
そこへ。
「殿下! ご無事ですかっ!」
「ナバロ」
けたたましく走る音に続いて顔を出したのは、いつもセシルの直衛を務めている騎士だった。急報を聞いて来たらしく、普段は着けていない軽装の革鎧を騎士服の上に装着していた。彼に続く血相変えた一団も同様の服装をしている。平時の勤務中に連絡が入り、慌てて駆け付けたのが見て取れる。
さらに。
「聖女様!」
こちらも血の気の引いた顔のウォーレスが続いて入ってきた。彼に続くのはこれも実戦装備で武装した聖堂騎士と教団兵の一隊。使いに走ったジャッカルの手下だけだと信用されるか心配だったので、ココが経緯を説明した手紙を持たせてあった。状況が状況だけに、市街戦ができるだけの兵を繰り出したようだ。
「おお、すまんなウォーレス」
「聖女様!」
軽く手を挙げて無事を知らせるココに、姿に気づいたウォーレスが駆け寄った。
「今度は何をやらかしたんですか!? 相手の被害は!? 弁償で済むような話ですか!?」
「こちらが被害者側だ、バカ野郎! おまえは持たせた手紙を読まなかったのか!?」
ナバロが率いたセシルの警護が二十人ぐらいと、ウォーレスが連れてきたゴートランド教の兵が五十人ぐらい。倉庫の内外が味方で埋め尽くされ、ジャッカルたちがあからさまにホッとした顔をしている。官憲に囲まれて心安らいだのは、きっと
「本当に、どれだけ心配したと思ってるんですか!?」
「すまんすまん、ナバロ」
青筋を立てて怒る護衛騎士の様子を見るに、セシルは彼の知らないうちに出てきたらしい。
「セシルおまえ、コイツに何も言わずに出かけたのか?」
「ああ」
セシルが“ちょっと失敗した”と言う感じに肩をすくめた。
「言ったら絶対に王宮から出してくれなさそうだったんで、用事を言いつけて離れた隙に出てきた」
王子様は確信犯。
「その結果がこれですよ!? 聖女様に偶々会ったから助かったものの……生きているのが奇跡だったんですからね!?」
「わかったわかった」
部下の諫言をうるさそうに聞き流す王子様。この調子だと、またやりそうだ。
これだけ危ない目にあって懲りてなさそうな王太子に、呆れたココも一言言いたくなった。
「おまえな、セシル……こいつらの立場も考えてやれよ。しかもおまえはこの国で唯一人の王子様なんだからな? 万一のことがあったら、それこそおまえだけの問題じゃなくなるんだぞ?」
ビシッとお小言を言うココの肩を、ウォーレスががっしり掴んだ。
「私の言いたいことをそれだけわかっていて、なんでご自分はできないんでしょうね? ねえ、聖女様」
「よそはよそ。うちはうち」
懲りない少年少女へのお小言がいったん静まったところで、自然と関係者の視線は転がされている捕虜に向かった。
ウォーレスが顎をさすりながら首をひねった。
「野良の暗殺者集団ではないですね。整いすぎてます」
服装・装備・技。特殊技能者と言うのは基本自己流なので、同じギルドに所属していても普通は皆バラバラになる。これらが全て統一されていて、しかも一糸乱れぬ集団戦術もできる。そうなると、こいつらはどこかの組織の兵と言うことになる。
「心当たりは? ちなみにこんな現場で『ありすぎてわからない』とかいう定番ジョークは無しだぞ?」
ココの問いに、隣のセシルは渋い顔で歯切れの悪い答えを返した。
「正直、これじゃないかと言うのはあるんだが……逃走中にも言ったとおり、まずはこいつらにしゃべらせたい」
ココは後ろのナバロもセシルと同じ表情をしているのをちらりと確認し、何食わぬ顔で芋虫の団体を眺めた。
「どいつにする?」
セシルはしゃがみ込んで捕まえた賊たちを一人一人見つめ……。
「こいつが頭っぽいな」
最後の追い込み漁から脱出しかけて、路地の入口で待ち構えていたギャングたちにタコ殴りにあった男を指し示した。
セシルの警護が二人がかりで指名されたヤツを引き起こし、慎重に猿轡をはずした。その男は図らずも一団を指揮していた男……彼らの頭目だった。
十分な距離を取って立つセシルが問いかけた。
「あらかじめ言っておくが、正直俺はおまえたちの正体をわかっているつもりだ。素直にしゃべれば保護してやる。俺個人として言うのではなく、王太子として約束しておく」
そう宣言した王子をしばらくじっと黙って見ていた男は、ナバロたちがしびれを切らす直前に口を開いた。
「ならば我らがしゃべる筈もなし。まして証言に価値など無いのはご承知の筈でしょう?」
意外なほどに丁寧な言葉づかいで返す刺客に一同が驚いている中、一部の者はやはりと言う顔をしている。セシルとナバロ、それにウォーレス。その面々の顔を確認して、ココは眉間に皺をよせた。世界の裏に詳しい連中には、何か基礎常識があるらしい。それを自分は聞いていないことが、ココはムズムズして気持ち悪い。
セシルがさらに言葉を重ねる。
「ヤツは守ってくれないぞ?」
「我らはただ命令に従うのみでございます。では」
王子の説得に捕虜が返した言葉に、おかしな一言がついた。
「ん?」
その一語に引っかかったココが注目すると……にやりと笑った男の唇から血が垂れた。続いて顔がどす黒く染まり、むくんでいく。
「毒を飲んだか!?」
王家の騎士たちが慌てるが、介抱するには明らかにもう遅い。筋肉が硬直したのか首がおかしな方向に捩じれ、男がこと切れたのが判った。
予想していたのかセシルは何も驚かず、じっと男を見つめたまま深々と息を吐いた。その後ろでナバロが苦々しく歪めた顔を浮かべて唇をかんでいる。ウォーレスは普段と変わらないように見えて、人差し指でこめかみのあたりをコリコリ掻いていた。何か考え事をしている時の癖だ。
もう黙っていられない。
半分あきらめが浮かんでいる様子に、ココはたまりかねて割って入った。
「おいセシル」
「ん?」
「おまえたちは何をやっているんだ……生ぬるすぎるぞ」
「んん!?」
どういうわけだかビックリしている男たちを押しのけ、ココは自死した男の襟首を掴んだ。後ろで支える二人の騎士に注意を促す。
「おい、暴れるかもしれないからキッチリ掴んでおけよ?」
「は、はぁ……しかし、こやつはもはや……」
「黙ってろ」
ココは袖まくりをすると、自分の細くかわいい指をまとめて男の口に突っ込んだ。一回深呼吸。そして気合を指先へ……。
男の口と鼻から、まぶしい光が一瞬噴き出した。
周囲が唖然として見ている中、突然男の口からどす黒い液体がごぶりと音を立てて噴き出した。続いて呼吸が戻る。
「グハァッ、ゴハッ!」
溺れていたのが息を吹き返したような声を上げて呻き、涙のにじんだ目蓋が開く。
「グハッ、ウェッ……あっ!?」
自殺した本人が一番状況を信じられないらしく、目を見開いて周りを見回している。
「おかえり」
「……えっ?」
ココが汚れた手を拭いもせずに、ぷらぷらさせながら口角を歪めた。
「身体がばらけちまったって言うんならともかく、服毒自殺なら怪我はないからな。魂が完全に離れる前なら、この程度私なら蘇生できるんだよ。腐っても聖女だからな」
「本当に根性が腐ってるよな、聖女なのに」
奇跡を目の当たりにして言葉もない人々の中、余計な独り言をコソッとつぶやいたジャッカルは……次の瞬間飛来した裏拳に鼻先を打たれてうずくまった。
「なるほど……やはり聖女だったか」
「うむ。握手してほしかったらさっさと白状するが良い」
胸を張るココに、何が起きたかを理解した頭目が嘲るような笑みを浮かべた。
「甘いな聖女よ……毒薬など無くても、な」
言うなり、男のあごに力が入るのが見えた。
「あっ!」
男の口から血が流れ出す。舌を噛み切った影響か、首が限界まで仰け反って噴き出す血が喉を赤く染めた。
「くそっ、こいつまた……」
ざわめく人々の真ん中で、ココがまた口に手を突っ込んだ。
蘇生一発。
また息を吹き返した男の髪をつかみ、顔を近づけたココが至近距離からニタリと笑いかけた。
「甘いな、オッサン。その程度で蘇生できないと思ったか? 派手な刀傷でも癒すことができるんだぞ。舌を噛んだぐらいでお手上げなわけないだろ」
「はっ! だが俺は……」
「何度でもやるってか? じゃあ先に言っておいてやるけど、私も何度でも治してやるぞ。先日も自殺志願者の姉ちゃんが死にたいって言うんで、姉ちゃんが飽きるまで付き合ってやったりもしたんだ」
話が見えてきて黙り込む男に、鼻先を突き合わせるような距離でココが邪悪な笑みを見せつける。
「ちなみに私は自殺はしたことないんだが、思い切るには結構覚悟が必要らしいなあ? しかも決意が鈍って死に損なったりすると、さらに苦しい目に合うんだとか。いやあ、間違って息を吹き返しちゃったりすると、もう一回実行できるまでの覚悟を決めるのは苦しいだろうなあ……あ、オッサンはそのあたり悩まなくてもいいぞ? 私がついてるから」
聖女様は美しい顔にほとんど悪魔のような微笑を載せて、息を詰まらせている男に囁いた。
「どうぞ、何回でも心ゆくまで試してくれたまえ。私はさっきから、ついでで命を狙われたりなんかしたおかげで本気で怒っているんだ……死ねるなんて思うなよ?」
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