第63話 チャムはおいしい夢を見る

 それから何度やっても、ローズはロウソクの炎を消すことができなかった。


 落ちこむローズを見て、レナリアはフィルにアドバイスを頼むことにする。


「う~ん。ローズのエアリアルもちゃんと手を貸してるんだけど、うまく発動できないみたいだね」


(どうすればいいかしら)


「練習するしかないんじゃないかな」


(そうなんだけど、どういう練習をすればいいのかしら)


 レナリアの問いに、フィルは頭の後ろで腕を組んだ。


 フィルだけではなくチャムにも聞いてみようと教室の中を探したら、窓際でスヤスヤと眠っていた。


 チャムは風魔法クラスの窓際がお気に入りで、レナリアと一緒に教室に入るとすぐに窓際に飛んでいくのだ。


 さすがにお腹を出してはいないが、丸まって寝ている姿は平和で幸せそうだ。

 おいしいものを食べている夢でも見ているのか、時折口元がもごもごと動いている。


「魔力を練るのをパンをこねるみたいにするって説明してたんだから、実際にやってみればいいんじゃないかな」

「実際にパンをこねてみる……?」


 つい口に出してしまったレナリアは、慌てて口元を押さえた。


 するとその発言を聞いて、ポール先生が「それはいいね」と賛同する。


「魔力を練る、というのはとても素晴らしい表現だね。確かにそう考えながら魔力を形にするのはいいと思う。あとはその魔力を自分の思った大きさにするんだけど……そうか、パンをこねるというのはいいね。実際にこねてみようか」


 うんうんと一人でうなずいたポール先生は「ちょっと待っててね」と言うと、教室を出ていってしまった。


 突然のことに、生徒たちはとまどいながらも待っているしかない。


「ねえ、エルマさん。パンをこねるってどうやるの?」


 とりあえず待っている間に、ロウソクの炎を消せるようになるためのヒントがないかと、ローズはアドバイスをくれたエルマに聞いてみることにした。


 ローズの子爵家の領地は小麦の産地で、領内には小麦を挽くための風車がたくさんある。家で食べるパンはとてもおいしくて、学園の食堂で食べるパンよりもはるかに風味豊かだ。


 だがパンが小麦からできるということは知っていても、貴族の子女なので、どうやって作るかまでは分からない。

 だから一番知っていそうなエルマに聞くことにした。


「小麦粉に水を加えて練るだけだよ」

「それでパンになるの?」


 だったら簡単だと思ったローズに、エルマは「それだと膨らまないよ」と笑った。


「そのまましばらく置いとくと、パンの種がふくらむの。それを焼くんだけど、時間がかかるから、大体どこの家でもパンの種を少し取っておいて、こねた小麦粉に足してるかな」


 レナリアも初めて聞く話に、パン一つとっても作るのは大変なのだなと思った。

 前世でも料理をすることはなかったから、ちょっとやってみたい気がする。なんだか楽しそうだ。


 そこへポール先生が戻ってきた。


「許可を取りました。みんなでパンをこねましょう」


 風魔法クラスの全員が驚くが、ポール先生はにこにこと笑って、生徒たちを食堂へと移動させる。


 レナリアはちょうどパンをこねてみたいと思っていたので、ポール先生の提案は大歓迎だ。


(フィル。チャムを起こしてもらえる?)


「いいよー。ほら、チャム、起きなよ。置いていくよ」


 パタパタと窓際に飛んでいったフィルの羽が、日の光に反射してキラキラと光っている。


 蜂蜜色のくるんとした巻き髪にも輝く光の輪ができていて、その光景を切り取って絵画として残したいと思うほど美しい。


「むにゃむにゃ。もうチャム食べられないー」

「何を食べてる夢を見てるんだろう……。チャム、早く起きないとここに一人ぼっちになっちゃうぞ」

「マカロン……ケーキ……もっと……」


 フィルはチャムのしっぽを持って持ち上げるが、しっかりと閉じたチャムの目が開くことはない。


「起きないから、もう置いて行こう」


 フィルはそう言ってチャムのしっぽを離し、レナリアの元へ戻ってくる。


 ポテッと窓枠に落ちたチャムは、むにゃむにゃと言いながら再びくるんと丸まってしまう。

 再びスピスピと幸せそうな寝息が聞こえた。


(でも途中で起きたら可哀想よ)


 レナリアはみんなが教室から出ていった後に急いで窓際に行くが、熟睡しているチャムが起きる気配は全くない。


「チャム。起きて、チャム」

「むぅ……。もう食べられない……」


 チャムを起こそうとしていたレナリアだが、食べ物の寝言しか言わないチャムを食堂に連れていったら、もしかしたら大変なことになるのではないかということに気がついた。


 精霊は食べ物を必要としないはずだが、チャムはとても食いしん坊だ。

 そして食堂には食べ物がたくさんある。


 とても危険だ。


 レナリアはチャムを起こさないようにそっと持ち上げると、制服のポケットの中に入れた。


 それでもまだチャムは起きない。


 このまま起きませんように、と、さっきとは逆のことを願いながら、レナリアは急いでポール先生の後を追いかけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る