第50話 レナリアの行方

「お嬢様を見たのですか?」


 クラウスの問いに、マリーはびくっと震えながら硬直する。

 でも、レナリアの行き先を知っているのは自分だけなのだからと、勇気を振り絞って説明した。


「見たというか……。あの、うまく言えないんですけど、でも、あっちにいるのは確かで……。あっ、あの、私はレナリアさんと同じ風魔法クラスで……だから、えっと……」


 マリーは、魔力の強さを色のように見ることができる。

 だからレナリアが魔法を使うのを初めて見た時は、あまりに力強く赤い魔力に、気絶するかと思う程驚いた。


 今までに見た魔法の色は、弱い魔力の青か、普通の魔力の黄色がほとんどだ。


 今までに見た一番大きな魔法は、マリーの父が干ばつの時に使った水寄せの魔法で、それでも魔法の色はオレンジだった。


 あんな風に真っ赤に燃えるような真紅の魔力など、マリーは見たことがないどころか存在することすら想像していなかった。


 それほど強大な魔力を持つレナリアだが、なぜか学園では実力を隠しているようだった。


 なにか陰謀でもあるのだろうかと警戒していたが、特に怪しい行動をとるわけでもなく、ただ単に目立ちたくないだけのようだった。


 その理由は分からない。


 でも引っ込み思案で他人と喋るのが苦手なマリーにとって、あえて一人でいるレナリアは一種の親近感を感じさせた。


 だから森に入ってからレナリアが一人でどこかに向かう時に、なんとなく同じ方向へ行った。

 ……別に、レナリアと同じ杖の材料が欲しかったわけではない。


 いや。ちょっと、欲しかった。


 けれど途中で見失ってしまってがっかりしている時に、森の奥で真っ赤な魔法の色が輝くのを見た。


 あの魔法の色はレナリアだ。

 だけどあれだけの魔法を使うということは、何かとんでもないことが起きているに違いない。


 もしかしたら結界の外に出てしまって、魔物に襲われているのでは。


 そう思いながらもどうすることもできずにオロオロしているところに、レナリアの護衛騎士と一緒に、なぜかセシル王子もやってきた。


「あの、それで、もしかしたら結界の外に行ってしまっているかもしれないんですけど……でも見てないから確実じゃなくて。あの……」

「分かりました。行ってみます。教えてくださって、ありがとうございます」


 段々自分でも何を言っているか分からずに涙目になってきたマリーを見て、嘘は言っていないようだと判断したクラウスは、軽く頭を下げて礼を言ってから身を翻した。


「正確な情報かどうかも分からぬのに、まるで猪だ」


 護衛騎士はそんなクラウスを呆れて見送ったが、セシルはピタっと口をつぐみながらもレナリアがいると言ったほうをチラチラと見ているマリーを見て、決断した。


「だが直感で動かなければならない時もあるだろう。ウィルキンソン嬢は、危ないから学園に戻っていてくれ。我々でレナリアを探しに行ってくる」

「殿下!?」


 驚いたような護衛騎士の声を無視して、セシルはクラウスの後を追う。


 残されたマリーはほっと安堵すると同時に、セシル王子が自分の名前を知っていたことに気がついて、もしかして全く関わりがなくても、生徒全員の名前を覚えているのだろうかと思った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一方、クラウスの後を追うセシルは、全く追いつけずにいた。

 王族は精霊との契約を結ぶと、まずは身体強化の魔法を覚える。


 何があってもとっさに逃げる事ができるようにだ。


 将来、護衛騎士になるランベルトも同じだ。

 ランベルトの場合は土の精霊と契約したこともあり防御を重視して学んでいるが、最初に覚えたのは身体強化の魔法だった。


 同じ身体強化の魔法でも、精霊の力を借りているものとそうでないものでは、強化の度合いに差がある。


 だから本来であればクラウスに追いついても良いのだが、なかなか追いつけないということは、クラウスが本来持っている身体能力が非常に優れているということなのだろう。


 レナリアほどの血筋がよく美しい少女に、なぜ守護精霊を持たないただの騎士を護衛としてつけたのだろうとセシルは疑問に思っていたが、なるほどこれならば任せられるだろうと納得した。


 むしろ自分の護衛騎士のほうが問題だ。

 臨機応変に動くことができない人間に、自分の命を預けたいとは思わない。


 学園という守られた世界の中だけならば良いが、これは今後の課題だろう。


「結界を越えたのか」


 結界まで辿りついてもレナリアの姿はない。

 クラウスの姿もないから、おそらくレナリアは結界の外にいるのだろう。


 セシルは迷わずに結界を越えた。

 護衛騎士は何かを言いたそうにその顔を見ているが、何を言っても無駄だと思っているのだろう。手に持った剣をぐっと握りしめながら、周囲の気配を窺っている。


 やがて、黒い霧のようなものがわずかに漂ってきた。


 瘴気だ。


「ここまでです、殿下。この先にはかなり強い魔物がおります。危険ですのでお戻りください」

「だがレナリアがこの先にいるはずだ」

「いくらタンザナイトの瞳を持つといっても、シェリダン嬢は王族ではありません。我らが守るのは、王族であるあなただけです」

「しかし――」


 護衛騎士の言うことも分かる。


 だがこの先に強い魔物がいるというならば、レナリアが危険に晒されているということだ。

 おめおめと背を向けて見捨てることなど、できるはずがない。


 そう思うセシルの目に、クラウスの背中が見えた。

 瘴気に当てられ苦しそうにしているが、それでも前に進もうとしている。


「ウンディーネ。私の周りに水の障壁を」


 セシルの呼びかけに、紫がかった水滴が現れる。

 王族と同じ、タンザナイトの色を持つウンディーネだ。


「セシル、あの子を助けたいの?」

「そうだ」

「ふふっ。私もあの子は好きよ。いいわ。行きましょう」


 ウンディーネがくるくると回ると、セシルの周りに薄い水の膜が張られる。

 これで瘴気によって苦しむことはない。


 セシルはクラウスの側までいくと、水の膜を広げて中に入れた。


「大丈夫か?」

「ありがとうございます、助かりました」

「魔力の少ないものに、この瘴気は辛いだろう。……レナリアは見つけたか?」

「いえ。ですが、この先にいらっしゃいます」


 そうクラウスが言うと同時に、瘴気の先でゴオオと大きな音が聞こえた。


 何かが、森の奥で起こっている。


「急ごう」

「はい」

「セシル! さすがに危険だ!」

「殿下!」


 セシルは止めるランベルトも護衛騎士も置いて、クラウスと共に先に進む。


 途中で、ドーンと何か大きい物が落ちたような音がして、クラウスと顔を見合わせる。

 自然と走る速度を早めた。


 そして見つけたレナリアは――。


「ファイアーウルフかっ!」


 レナリアに噛みつかんばかりに襲い掛かっていたファイアーウルフだが、その寸前で崩れ落ちる。

 その横にはレナリアの守護精霊のエアリアルがいるから、なんとか撃退したのだろう。


「レナリア! 大丈夫かっ」


 うずくまるレナリアが顔を上げる。


 いつの間にかあんなにも重く息苦しく感じられた瘴気が、消えてなくなっていた。

 一筋の清涼な風が、ファイアーウルフによって燃やされた森の中を、すうっと吹き渡る。


「…………」


 小さく何かを呟いたレナリアがセシルを見つけて微笑んだ。


 どこまでも澄んだタンザナイトの貴色が、涙にうるみ、愛おしさにあふれた思いを乗せて、セシルをとらえる。


 たまらずに駆け寄ると、グラリとその体が揺れた。


 差し伸べられる白い手に、胸がかきむしられそうになりながら、地面につく寸前にその華奢な体を抱きとめる。


 しっかりと抱きしめた体の暖かさに、セシルの胸の奥で小さな炎が灯った。



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