第47話 セシル王子

 華奢な体が力を失って崩れ落ちるのを、セシルは間一髪で抱きとめた。


 セシルは自分の杖となる木を探すのに、とっておきだよと兄のレオナルドに教えられた、桃の木が生えている場所へ行こうか迷っていた。


 桃の木は破邪の力を持ち、魔を祓う。

 それゆえに王家の者たちは桃の木でできた杖を好むのだ。


 だが森の中に何本か散在する木は、魔法学園が張っている結界の外にある。

 

 レオナルドほどではないが、セシルもそこそこの剣の腕を持つ。

 それでも王族として護衛をつけずに結界の外へ出るのはためらわれた。


 王族が桃の木を好むのは魔法学園の教師たちも知っているから、学園のほうでも結界内に桃の木を植えているのだが、不思議なことになぜか結界内では桃の木が育たない。


 そこで王族に関しては、桃の木を求めるのであれば護衛を連れて行くのを黙認されている。


 だから結界の外にある桃の木を探しに行っても良いのだが、王太子のくせに破天荒なレオナルドと違って、生真面目なところのあるセシルは規則を破るのを躊躇ちゅうちょしてしまうのだ。


「殿下、どうなさいますか?」


 学園内での護衛も兼ねているクラスメイトのランベルト・パリスに尋ねられて、セシルは「どうしようか」と答える。


 セシル自身は特に桃の木でなくてもいいかと考えている。


 だがせっかくだから桃の木を見てみようと結界の外に向かおうとした。


 そこへ、息せき切って走ってきたのは同じ特別クラスのクラスメイトである、バーナード・トマソンだ。


「殿下!」

「そんなに慌ててどうしたんだ、バーナード」


 セシルの姿を見つけて、足をもつれさせながらバーナードが走ってくる。


「お願いです。助けてください。トレントが――!」

「トレントだって?」


 セシルの護衛たちが「トレント」という単語を聞いてざわめく。

 森の中で普通の木に紛れて潜むトレントは、騎士たちにとってはそれほど強い魔物ではないが、まだ学園に入学したばかりの生徒たちにとっては脅威だろう。


「結界の外に出たのか?」


 固い声で聴くランベルトに、バーナードは言葉を詰まらせる。

 それを見たセシルは、ランベルトの肩に手を置いた。


「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。……もしかして、他にも外に出たものがいるのか?」


 セシルに詰問されたバーナードは口ごもりながら答えた。


「マグダレーナがトレントに捕まってしまって……それで、コリーンが助けようとしてるのだけど……」

「それを早く言わないか!」


 大きな声で非難するランベルトに、セシルは「落ち着くんだ」と声をかける。

 そして振り返って護衛の騎士たちを見た。


「誰か先生方にこのことを伝えに行ってくれないか」

「かしこまりました」


 騎士の一人が頭を下げて走っていく。


「残りのものたちは私と一緒に来てほしい」


 セシルがそう言うと、一番体の大きい、筆頭の護衛騎士が驚いたように口を開く。


「まさか殿下自ら助けにいらっしゃるおつもりですか」

「もちろん。同じクラスメイトだというのに、見殺しにはできないからね」

「ですが、尊き御身を危険に晒すことなど承知できかねます」


 筆頭護衛騎士の言葉に、セシルは緩く首を振る。

 高貴なアクアマリンの髪が、さらりと揺れた。


「だからこそだ。この身は民のためにある。ここで見捨てることなどできない。……もちろん無理はしないと誓うよ。それに私は、君たちの強さを信頼している」


 セシルは、命令し慣れた王族の覇気をあえて見せつけて、騎士たちと共に救出に向かった。

 

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