第43話 だからレナリアと契約したんだよ

 瘴気が黒い靄のように渦巻いていた。

 その渦の中心に、太いツタをうねうねと蠢かせているエルダートレントがいる。


 普通の木に擬態して獲物を襲うこともあるトレントとは違い、ゴツゴツとした樹皮は毒々しい紫色で、目と口にあたるうろは、ただの穴ではなく意思を持って動いていた。


 レナリアはエルダートレントの根に目を向ける。

 エルダートレントの攻撃はツタだけではない、地中から襲ってくる根もまた脅威だった。


「地面の色がだいぶ変わっているわね。かなり力を蓄えているわ」


 エルダートレントの根の範囲は、地面の色が変わっているからすぐに分かる。

 そしてその範囲が狭くなっている時は、イビルトレントに進化しようとしている兆候だから要注意だ。


 今のところ目の前のエルダートレントに進化する気配はないが、それでも警戒しておいたほうがよい。


「まずはあのツタと根を切らないとね」


 エルダートレントの倒し方は、トレントの倒し方と同じだ。

 まずはその手となるツタを切り、足となる根を切る。


 そこまでは普通のトレントの倒し方と同じだが、エルダートレントの場合は、それを同時に行い、なおかつ切り口を焼かなければすぐに再生してしまうのだ。


 だから普通は複数で討伐するのだが、今はここにレナリアしかいない。


 でもレナリアただ一人ではない。

 フィルとチャムという頼もしい仲間がいる。

 だからエルダートレントが相手でも、きっと倒せるはずだ。


「フィル。あのツタと根を同時に切るわ。土の中まで風の刃を届かせたいの」

「了解。そんなの簡単だよ」

「チャム。切ったツタと根の根元を焼くわ。力を貸してくれる?」

「チャムがんばるー」

「じゃあ、行くわよ」


 レナリアはすうっと息を吸うと、勢いよく走る。

 手にはさっき手にしたばかりの桃の枝がある。

 折れた枝のままで、まだ杖の形にはなってはいないが、魔法の軌道を正確にするための触媒くらいにはなるだろう。


 レナリアの接近に、エルダートレントが気づいた。


 紫のツタが鞭のようにしなってレナリアへと向かう。


「風の刃よ!」


 レナリアは桃の枝を振って、襲ってくるツタを風の刃で切り裂いた。

 そのまま枝を地面に向けて、土の中に潜むエルダートレントの根を、土ごと切る。


「ふふーん。どんなもんだい!」


 魔素を集めてレナリアに渡したフィルは、自分も一緒に攻撃をする。


 前世で聖女だったからなのか、レナリアは魔素の使い方がとても上手だ。

 フィルが渡した魔素を、効率よく魔法に変換している。


 だからフィルにも余裕ができて、こうして一緒に攻撃できるのだ。


 それに意思の疎通ができるのがいいよね、とフィルは思う。


 風の精霊――と人々に呼ばれてはいるが、エアリアルは大気の精霊だ。だから世界に満ちる大気の中に含まれる、全ての魔素を扱える。


 けれども高位の存在であるエアリアルと会話できるほどの魔力を持つ人間はほとんどいない。


 昔はいたらしいが、フィルが契約者を探しに教会に行っても、フィルと会話どころか、姿を見ることすらできない者ばかりだ。


 なぜ精霊が人との契約を望むのか、それはフィルにも分からない。

 だが全ての精霊が、契約者を探すために教会に集まるのだ。


 人間があの丸い珠を触ると、なぜか精霊にも人間たちの姿が見えるようになる。


 そこで好ましいと思った人間と契約を結ぶのだが、エアリアルと契約をして喜ぶ人間はほとんどいない。


 フィルも契約者を探しに何度か教会へ行ったが、せっかく力を貸しても、言葉を交わすことができず感謝もされないのでは、契約してあげようという気持ちにはならなかった。


 それでもいいから契約したんだよ、と仲間のエアリアルが言っているのを聞いたことがあるが、フィルには全然分からなかった。


 でもほんの気まぐれで立ち寄った教会でレナリアを見つけた時、絶対にこの子の力になりたい、と強く思ってしまった。


 そこまでの強い気持ちが自分にもあったのかと我ながら驚いたけれど、レナリアとの契約は誰にも譲りたくなかった。


 そしてレナリアと契約した瞬間、レナリアの体から、今まで以上にたくさんの魔力があふれ……。


 レナリアはフィルと会話できるだけではなく、フィルの本来の姿を見られるほどの魔力を持つようになった。


 なんでもレナリアには前世の記憶があって、それを思い出したから他の人よりも魔力が多いらしいが、フィルにはよく分からない。


 ただ、こうしてレナリアと一緒に言葉を交わしながら戦うことができるのは、とても楽しい。


 一年ぶりに春風を感じる時より楽しいくらいだ。


 フィルは、以前「感謝されることがなくてもいいから、契約したんだよ」と言っていた仲間の気持ちが、やっと理解できるようになった。


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