第32話 エアリアルの名前

 特別クラスから風魔法クラスへ移動したレナリアはホッと肩の力が抜けるのを感じた。


 気にしないようにしていたつもりでも、やっぱり緊張していたらしい。


 特別クラスは上位貴族ばかりだし、担任のマーカス先生も美形だから、風魔法クラスのポール先生の穏やかな顔を見るとほっこりする。


 レナリアが休んでいた間の授業は座学で、その内容をポール先生が簡単なメモにして渡してくれていたから、そのまま授業を受ける事ができた。


「さて。今日はさっそく魔法紋を刻む練習をしてみましょう」


 そう言って、ポール先生は一見何の変哲もない小型のナイフを全員に配る。

 刃の先だけではなく柄も金属でできており、滑り止めの模様が入っている。よく見ると、その模様は一人一人違っていた。


 レナリアの持つナイフには、シェリダン家の紋章である薔薇が刻まれている。


「このナイフを使うには、こうしてナイフに魔力を伝導させないといけません。ほら、こうすると……」


 ポール先生の持つナイフが光を帯びる。


 青白く光るナイフを見た生徒たちは「おおっ」とどよめいた。


 他の精霊たちと違って、目に見えないエアリアルの守護を受ける生徒たちは、こうして見る事ができる魔力に感動している。


「では、皆さんも早速このナイフに魔力を通してください。指の先から風を出すイメージだよ」


 ポール先生が言い終わると、生徒たちは一斉に手元のナイフに目を向ける。

 その表情はどれも真剣だ。


 レナリアも手にしたナイフに魔力を通してみようと、視線を落とす。

 前世でもこれと同じような訓練をした事があるから、おそらくすぐにできるだろう。


 だが……目立ちたくないならば、ここは他の人が成功してからやるべきではないだろうか。


 そう思ったレナリアはキョロキョロと辺りを見回してみる。

 するとクラスメイトのマリー・ウィルキンソンが持つナイフがほんのり光っているのを発見した。


 まあ、成功したんだわ。


 教室の中を見回しても、成功しているのはマリー一人だけだ。


 レナリアが感心して見つめていると、視線を感じたのか、マリーが顔を上げる。

 そしてレナリアと目が合うと、そのまま固まった。


 見つめ合う事、数秒。

 マリーはおどおどと視線を動かし、ひきつったような愛想笑いを浮かべる。


 レナリアはその不審な態度に首を傾げながらも、とりあえず声をかけてみる。


「えぇと、マリーさんですよね」

「は、はいっ」


 話しかけられて飛び上がるマリーにクラスメイトが注目する。


「もうできるようになったのね。コツがあれば教えて頂きたいわ」

「コ、コツですか。えと、それは、あの……」


 注目されて真っ赤になったマリーはうつむいてしまって喋れない。

 既に手元のナイフの輝きは消えてしまっている。


 そんなに緊張してしまうとは思わなかったレナリアは、声をかけてしまったのを後悔した。


「集中していたのに、声をかけてしまってごめんなさい」

「あ……いえ……その」


 うつむくマリーのつむじが見える。

 それ以上声をかけられなくて、どうしよう、とレナリアも困ってしまった。


「マリーさん凄いね、もうできるようになったんだ。今年のクラスは優秀だなぁ」 


 そこへポール先生が声をかける。

 うつむいたマリーの肩が、見て分かるくらい大きく揺れた。


「大体、できるようになるまで一週間くらいかかるんだけどね。やっぱりエアリアルに名前をつけたのが良いのかもしれないね。皆さんも名前をつけましたか?」


 ポール先生は、一番近くにいたランス・エイリングの横に立った。

 手元に集中していたランスは、せっかく集中していたのにという顔をしながらも、自慢げに答える。


「フォルスと名づけました」

「ふむふむ。古代語で『力』だね。ランス君らしい良い名前だね。皆はどうかな?」


 褒められたランスは、まんざらでもないような顔をする。

 最初の授業ではあれだけ反抗的だったランスだが、レナリアが休んでいる間にかなり態度が改まっている。


 何かあったのだろうか。


「私はロゼよ。妹みたいでしょ」


 ローズ・マイヤーがそう言うと、エルマとエリックもそれぞれのエアリアルの名前を告げる。 


「私は、ミアよ。私のものっていう意味なの」

「へえ。俺はゼファーだ。西風って意味だな」


 良い名前をつけたね、と穏やかに微笑むポール先生は、マリーに目を向けた。


「マリーさんは?」

「私は……」


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