第28話 奇跡の翌日

 翌日からの学園は、アンジェ・パーカーの起こした奇跡の件で大騒ぎだった。


 アンジェは泉の女神像から新しい精霊を誕生させた。しかしそれを疑った者がいて、怒ったシャインが天罰を加えたが、聖女であるアンジェが寛大な心で全てを癒したのだ。


 その場にいた者たちは、興奮して事の顛末を皆に語った。


 アンジェを聖女として信奉するロイド・クラフトは、それを聞くと涙を流して感激し、アンジェの靴に口づけて生涯の忠誠を誓ったという。


 それを授業を休んでベッドの住人となっていたレナリアが聞いたのは、午後になって兄のアーサーがお見舞いに訪れた時の事だった。


「レナリアもその場にいたんだろう? 本当にそんな事があったのかい?」

「さあ……。私も倒れてしまっていて、よく分からないの」


 レナリアには今回とても無茶をしたという自覚がある。

 シャインの助けを得られなければ、どうなっていたか分からない。


 だからアーサーを心配させたくなくて、言葉を濁した。 


「あのアンジェという子は、レナリアの後に洗礼を受けた子だよね? 確かにシャインの加護は珍しいけど、あの子も聖女なのか……」


 寮の中は基本的に男子禁制なので、ここは学園の医務室だ。

 貴族用の部屋になっているので調度品は豪華だし、寮の部屋よりも狭いが、護衛と侍女の為の控えの間もある。


 アーサーは部屋の壁に控えているクラウスに視線を向けた。


「クラウスはどう思った?」

「お嬢様が泉に着いた後に精霊たちが誕生したのは確かです。アンジェという少女は、それが精霊たちの先頭にいた自分のシャインのおかげだと主張しましたが、セシル殿下は先頭にいたのはお嬢様のエアリアルだと反論しました。するとアンジェはお嬢様が殿下に頼んで嘘を言わせたのだと言い張り――」

「学園の中でなければ不敬罪で捕まっているな」


 思わずそう言うアーサーに、クラウスも同意する。


「あげくにシャインと契約した自分が妬ましいのだろうと叫んでいるうちに、突然光の洪水に襲われました」

「それは契約者であるアンジェの感情に、シャインがひきずられてしまったからかもしれないね」


 そうならないように学園で学ぶんだけどね、とアーサーは肩をすくめる。


「問題はその後だね。続けてくれ、クラウス」


 次期当主らしく命令するのに慣れた口調でアーサーに尋ねられたクラウスは、いつもの少しふざけた様子は微塵もみせずにハキハキと答える。


「はっ。俺は光に目をやられて見えなかったのですが、その直後に霧が立ちこめたそうです。その後で、優しい光を感じました。目の痛みがすっかりなくったので開けてみると、痛みにうめいていたはずの者達が、どこか悪しきものに惑わされたような顔で立っていました。そして例の少女は確かに光り輝いているように見えました」

「そうか……。確かにその話を聞くと、あのアンジェという子も聖女なのかもしれないね。だけど聖女というのは、もっと神秘的な存在かと思っていたよ。あの子は……少し、違うよね」


 確かにアンジェのまとう空気に神聖さはない。

 神聖さというならば、むしろこうして素のままの美しさを晒しているレナリアにこそある。


「そうだ。倒れた事について不愉快な噂が流れているけど、気にしてはだめだよ?」

「不愉快な噂?」


 レナリアが聞き返すと、アーサーは妹の頭を軽く撫でる。


「すぐに耳に入るだろうから先に言っておくけれど、全てを癒したはずのシャインがレナリアだけ回復しなかったのは、レナリアがシャインに嫌われているからだと言われているらしい」

「シャインが、私を?」


 レナリアはタンザナイトの瞳を見開き、大きくまばたきする。


 シャインには嫌われているどころか、好かれ過ぎて迷惑をしているというのに……。

 確かにあの状況だけを見ればそう勘違いする者もいるだろうが、なぜそんな噂が広がるのだろう。


「もちろん僕は信じていないよ。本来であればレナリアが聖女と呼ばれるべき存在なのだから。ただそれを声高に主張しているのがアンジェだから、その噂を信じた者も多いんだろうね」


 確かにアンジェならばその噂を嬉々として広めるだろう。


 それにしても、なぜアンジェが光り輝いていたんだろうかとレナリアは疑問に思う。

 もしかして今回の事で聖女の力に目覚めたのだろうか。


 それに答えてくれたのは、ヒョイッと姿を現わしたフィルだった。


「魂を呼び戻すほどのレナリアの魔力を受け取ったんだもん。そりゃあ光るよね。シャインなんて大喜びだったよ。もっともアンジェが生き返って契約が戻ったからまた怒ってたけど」


 なるほど。あの時レナリアがシャインの助けを借りる事ができたのは、契約者であるアンジェが死んでしまっていたからなのだろう。


 洗礼の際に交わす精霊との契約は、基本的に契約者か精霊のどちらかが死ぬまで続くものだ。


(また暴走しないといいけど……)


「レナリアが倒れたのを見て、さすがにそれは反省したみたいだよ。いくらアンジェが気に食わなくても、もう暴発はしないって言ってた」


(そう。それなら安心ね)


「でも許せないな。本物の聖女はあの子じゃなくてレナリアなのに」


(フィル……)


 可愛らしくぷんぷん怒っているフィルにほっこりしていると、アーサーが少しも目の笑っていない氷点下の微笑みを浮かべながら、低い声でレナリアの名前を呼んだ。


「レナリア。フィルが言っているのはどういう事かな? この兄に詳しく話しなさい」


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