第26話 光の精霊シャイン

 さっきの光の洪水が、遠くからも見えたのだろう。

 他のグループの生徒や、先生までもが泉へとやってきた。


 今はもうすっかりいつもの佇まいを見せる泉の前で、アンジェが興奮してまくしたてる。


「シャインが像の周りを飛んだら、精霊がいっぱい生まれてきたんです!」

「それは本当か?」


 泉の異変に走って駆け付けたらしいマーカス先生は、乱れた藍色の髪を整えている手を止めてアンジェを見た。


「本当です。皆も見たよね!」

 

 アンジェが勝ち誇ったようにセシル王子たちの方へ振り返る。

 セシル王子はかすかに眉をひそめたが、アンジェはそれに気づかなかった。


「確かに見ました」

「僕も見ました!」

「ええ。僕も」


 重々しくランベルトが頷くと、アークとクオーツもそれにならう。


「セシル殿下もご覧になりましたか?」


 マーカス先生は、あえて生徒ではなく王子としてのセシルに尋ねる。

 証言を偽った際の言葉の重みが、それだけ違ってくるからだ。


 セシル王子が口を開こうとすると、アンジェがそれを遮る。


「当然じゃないですか。セシル様も見ましたよね? ねっ?」

「いや。シャインだけではなく、ウンディーネやサラマンダーも像の周りを飛んでいたはずだ」

「でも、あたしのシャインが先頭でしたよ!」

「先頭はエアリアルだった」


 セシル王子の証言に、アンジェだけではなく一緒にいたランベルトたちも驚いた顔をする。

 それはそうだ。

 フィルはレナリアと魔力の近い者にしか、その姿が見えないのだから。


「……は? 何言ってるんですか? エアリアルなんて見えるわけないじゃないですか。そんなの常識です」


 アンジェは、レナリアに馬鹿にしたような視線を送る。

 その周りではシャインがチカチカとまたたいていた。

 レナリアもそれに気づいたが、あえて無視する。


 すると反論しないのは核心を突かれたからだと思ったのか、アンジェはさらに言い放つ。


「レナリアさんはあたしが聖女になったのが悔しくて、セシル王子に嘘ついてくれって頼んだんですね。同じ教会で洗礼を受けたのに、シャインはあたしの方を選んだから!」

「誤解だわ」


 レナリアは断言する。

 そもそも聖女になんて、なりたくない。

 シャインに選ばれなくて良かった。


「あ~。シャインの奴、怒ってる」


 頭の後ろで腕を組んだフィルが、やれやれとアンジェの横で飛び回っているシャインを見る。

 点滅しながら飛び回っているが、あれはアンジェの主張に同意している訳ではなく、抗議しているのだろうか。


(怒ってる?)


「うん。好きで選んだんじゃないって怒ってる。魔力が少なくて自分と会話もできないくせにって」


(でも、シャインだってそれは最初から分かっていて契約したんでしょう?)


「あの子と契約すれば、もっとレナリアと仲良くなれると思ってたみたいだよ。ほら、同じ教会にいたから」


(ただそれだけで?)


 レナリアは呆れるが、そもそも精霊の考えなど人間に分かるはずもない。


「うん。それなのにレナリアには避けられるし、あの子はシャインの加護をもらったって自慢するしで、契約破棄したいんだけどそれができないからずっとイライラしてた」


 それは自業自得な気もする。


 確かにアンジェが聖女になるともてはやされて増長しているのは事実だが、その原因となったのはシャインだ。


 だからシャインにも今のアンジェの状態には責任があるのではないだろうか。


「あ。暴発しそう」

「暴発!?」

「うん。でもレナリアは光の属性を持ってるから大丈夫だよ!」


 にこにこするフィルだが、光の属性を持っていないとどうなるのだろう。


「光に焼かれちゃうね」


 それは、もしかして。

 前世で魔物を倒す時に使った、光のフレアの事ではないだろうか。


 あれは聖女たちが数人で発動する究極魔法で、対象を一瞬のうちに消滅させてしまう程の威力を持つ。


 そんな物がここで発動されてしまったら――。


「フィル! 風の盾をみんなに張って!」

「よく分からないけど、分かった~」


 緊張感のないフィルだが、その仕事は迅速だ。

 瞬く間に、全員に障壁を張った。


「くるよー。あ、目はつぶってね」

「そういう事は早く言って! 皆、目を閉じて!」


 目を閉じてもまぶたの裏が焼かれそうなほどの光を感じる。

 直視してしまったら、ただでは済まないだろう。


「痛いいぃっ!」

「目が、目がぁっ」

  

 光が収まった後で目を開けたレナリアが見たのは、目を抑えて地面に転がる生徒たちの姿だった。


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