第24話 オリエンテーション

 疲れ果てた昼食会の後は、速攻で寮の自室へと帰った。


 兄のアーサーには、もう二度と王子たちとは昼食を摂らないと、抗議の手紙を書いておく。

 可愛い妹の為に、少しは防波堤になってほしい。


 翌日もセシル王子が昼食に誘ってきたが、何度か断っているうちに誘われなくなった。


 さすがに兄の暴挙には思うところがあったのだろう。もの言いたげな視線を感じる事はあったが、概ね静かに過ごせた。


 王子の取り巻きには凄い顔で睨まれたが、心の平穏の方が大切だ。


 王子に対して不遜な態度を取っているせいか、特別クラスでは親しい友人ができなくなったが、ドリュアスの守護を持つクラスメイトたちとは普通に話すから、別にいいかなとレナリアは思っている。


 それに風魔法の教室では、ローズやマリーと仲良くなる事ができた。

 平民のエルマとエリックはまだ貴族であるレナリアとは距離を置いているが、そのうち仲良くなれるだろう。


 ランスに関してはまだ少し距離があるが、少なくともポール先生の事は慕っているようだから、そのうち教室の仲間にも馴染んでくるだろうと期待している。


 なんとか平穏な日々を過ごせそうだと思ったレナリアだが、新入生同士の親睦を深める為に行われるオリエンテーションのグループ分けを見て、思わず頭を抱えそうになった。


 よりによって、セシルとアンジェが一緒のグループだ。

 何事もなく無事に終わればいいが……。


 オリエンテーションでは六人程度のグループに分かれ、講堂からスタートして、校舎、図書館、食堂、騎士棟、魔法棟、教員棟をグループごとに違う順番で周り、最後に学園の裏にある女神の泉に立っている女神像へお祈りをして、それから広場へ集合するという流れだ。


 レナリアのグループは、セシル、アンジェに加え、セシルの側近候補であるパリス侯爵家のランベルト、ベルグランド伯爵家のアーク、そしてアウグスタ男爵家のクオーツの六人だ。


 レナリアが風のエアリアル、セシルが水のウンディーネ、アンジェが光のシャイン、ランベルトが土のノーム、アークが火のサラマンダー、クオーツが木のドリュアスと、全ての属性の精霊たちが集まっている。


 レナリアの他に女子はアンジェだけだが、彼女はセシルとランベルトのそばにくっついて離れようとしない。


 アークとクオーツは男子同士という事で会話がはずんでいるようだし、必然的にレナリアは一人で皆の後をついていく事になった。


 でもセシルに色々と話しかけられるよりは全然気楽だ。

 それに話し相手にはフィルがいる。


「わぁ、レナリア。風が気持ちいいね」


 穏やかな風にフィルのぽわぽわの金髪が揺れる。

 小さな透き通った羽が、飛ぶ度に金色のきらめきを残す。


(そうね。今日がお天気で良かったわ。外でお昼を食べるんですもの。雨が降ったら散々だわ)


 心の中ではっきりと言葉にすると、フィルともっと正確な会話を楽しめる。

 レナリアは声を出さずにフィルとの会話を楽しんでいた。


「バーベキューっていうんだっけ。うん。風を感じながら食べるのはいいと思うよ」


(そうね。楽しみ)


 戦場では外で食事を摂るのは当たり前で大して珍しい事ではないのだが、平民の生徒はともかく、貴族の生徒たちにとって外での食事は新鮮なのだろう。


 セシルを筆頭に、特別クラスの生徒たちは皆楽しみにしているようだった。


 レナリアも、レナリア・シェリダンとしては初めての外での食事だ。

 やっぱり皆と同じようにワクワクしている。


「セシル様は何がお好きですか? あたし料理が得意なんでセシル様の分も作ってあげますよ」

「アンジェ嬢。ここは学園とはいえ、セシル殿下とお呼びしないか」

「えー。ランベルトさんダメですよ。学園では皆平等なんですから、特別扱いしちゃいけないんですよ」


 ……前の方で聞こえる会話に頭が痛くなるような気がするけど、聞こえない聞こえない。

 さっきから無言のままのセシルが、たまに助けを求めるような視線を送ってくるけど、見えてない見えてない。


 レナリアはそっと前方から視線を外す。


「凄いな……。あれだけ嫌がられていても、全然堪えてないぞ。平民とは、なかなか図太いもんだな」


 アーク・ベルグランドが感心したように言うと、クオーツ・アウグスタは細めの銀縁眼鏡をかけ直して肩をすくめる。


「うちは男爵家といっても平民に近いから分かりますけど、あれは平民の標準じゃないですよ。さすがにもっと分はわきまえてます」


 学園が平等というのは建前だ。

 一応その中にも身分制度は残っている。

 その中で、学友として許される領分があるというだけの話だ。


「そ、そうか。すまん」


 素直に謝るアークに、クオーツは気にしないでくださいとかぶりを振った。


「シャインの加護を得たという事で舞い上がっているんでしょうけどね……」

「ああ。いずれは聖女になると言われているそうじゃないか」

「どうなんでしょうねぇ」

「ん? 何かあるのか?」


 不思議そうに目を瞬くアークに、クオーツは翡翠色の目を細める。


「噂ですけど、光魔法が使えないとか」

「まさか。シャインの加護があるのに、あり得ない」

「そうなんですけど、ね」


 意味深長に笑うクオーツとばっちり目が合って、レナリアは慌てて目を逸らした。


 不審がられていないと良いのだが、と、ちょっとドキドキする胸を押さえる。


「レナリアー! 着いたよ。あれが女神様の像?」


 パタパタと横を飛んでいたフィルが、女神の泉を見つけて嬉しそうにはしゃいだ。



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