姉弟迷宮(きょうだいめいきゅう)

うつわ心太

第1話 吉田脱サラ迷宮


 今より数十年後の事、日本の政治家は第三新世代と呼ばれる若者達にほぼ入れ替わった。

 この者達はパソコン、ゲーム、漫画、アニメを中心とした文化と情報で育ってきた世代であり、日本をその方面に特化した国として柔軟に、時には過激に世界へ発信し、国内でも法案を作り替えて行った。

 また、その独自の頭のおかしい文化にジャパルチャーという言葉が自然発生的に付いた。


 ある時、世界中に異世界神からの神託であると、全ての電話・テレビ・無線機など何らかの電波が受信できる人や機器に通信が入った。

 それは不思議な言語で誰が聞いてもネイティブに捉えられ理解できた。


 要約すると、仲良くしたい、この世界に迷宮を開設する術を教えようという物。

 返事は三日後午前零時に、各国のテレビ・ラジオ・インターネットにて国の代表者がライブで表明せよ、という物であった。


 各国の反応は様々で、半数以上が異世界の存在を信じない国であり、また一神教信者が大多数の国では異世界神などいない、異教徒の言葉は信じるにあらずと言う国民の声に政府は抗えずにいた。

 その他に仮に異世界があると言う前提でも、享受する内容が疑わしい、そもそも迷宮開設するとはどういう事だ? 対価は何だ? という国ばかりであった。


 日本では、迷宮もしくはダンジョンという言葉に全く抵抗がなく、よろずの神々があられるという多神教が根源である為に違和感もなく、政治家達は諸手を挙げて喜び、緊急召集された国会では三分で全会一致という与野党の枠を超えた可決に、全国民は当たり前だ、受け入れなかったら暴動を起こした所だった、と様々な所で会話が飛び交っていた。


 結局、全世界でこの申し出を受け入れるのは日本だけとなり、いつもは消極的な日本に各国は驚愕と畏怖を表明し賞賛する国はなかった。


 早速異世界神から迷宮開設方法を教授され、翌年国営迷宮を開設、三年後に各都道府県迷宮、その十年後に民間へも技術提供されて、国家資格を満たした者であれば迷宮を開設できるようになり、またその法案、所謂「迷宮法」が成立した。




 これはある姉弟きょうだい迷宮探索者の物語……



「よいしょっと、終わったよ姉ちゃん」


「こちらも終わりましたよ」


「ここが最下層? ここ詐欺じゃねぇ? 三階層しかないって……」


にゅうきゅうりょう安いですし、こんな物でしょう」


「ま、そっか。にゅうきゅうりょう五百円とかゲーセン感覚だしな」


 二人がいるのは民間迷宮の一つ、昨年越してきた吉田さんが脱サラして開設した格安迷宮。迷宮では入宮料という迷宮に入る際に払うお金と、ドロップ品買い取り額のパーセンテージマージンを取られるのが通常であった。


「はい、お帰り。ドロップ品の買い取りして行く? うちの奥さん迷宮古物商取り扱い許可持ってるから正規の値段だよ」


「ちょっと、吉田さん。ここしょぼすぎ、三階層って。安いからいいけどもうちょっと何とかした方がいいと思うよ」


「開設にお金使い切っちゃって、まだ階層を増やせないんだよねー。ボスも配置できないし」

 

「私、奥さんに買い取りお願いしてきますね」


「あ、頼むわ、姉ちゃん」


 姉は、先月国営迷宮でドロップした迷宮鞄を持ち、隣の買い取りカウンターへ向かう。

 迷宮鞄はその見た目と裏腹に多くの物を入れる事が出来る鞄である。鞄にはランクがあり、姉が持っている物は迷宮鞄(中)というボストンバッグほどの鞄に軽自動車一台分もの大きさの物が入るという不思議な物である。


「買い取りお願いします」


「はい、お帰り。二人に来て貰って箔がつくわー。物はここに出してね」


「はい」


 そう返事をしつつ鞄の中身を取り出していく。三階層しかない迷宮でのドロップはたいしたことはないが、それでも二人で少し贅沢な夕食を取る位の金額にはなるはずだ。


「うちは二十五パーセントよ」


「良心的ですね。国営でも五十パーセントですよね」


「薄利多売、高価買い取りじゃないと民間はやってけないわよー。ま、でも国営は迷宮税、所得税込みでしょー? 民間は税別だからねー」


 ここでいうパーセンテージは、ドロップ品のマージンである。買い取り金額が千円だとしたら二百五十円を吉田さんに、七百五十円を手持ちに出来る。

 毎年確定申告の際に税金を納める必要があるが、国営や公営迷宮でのドロップ品には買い取り時に差し引かれるので税金が掛からない。


「じゃー差し引き一万二千円ね。うち初めてよね? スタンプカード作っとく? 五十回入宮で一回無料とマージン十五パーセントよ」


「お願いします」


 姉はそう言うと自分の迷宮探索者証を取り出し渡す。

 迷宮探索者証は国が発行する物であり、迷宮を探索する者の許可証カードとなる。

 そのカードには身分証明証、財布機能電子マネー、迷宮踏破情報、魔物討伐情報、ドロップ品情報、探索者能力、迷宮毎のスタンプカード情報がひとつになっている。

 セキュリティ機能として各個人固有であるマナを使用している為、他人が使用する事は出来ない。またこの技術は異世界からの提供のひとつである。


「また来てねー、ちなみに四月四日は四四よしだの日で、入宮無料とマージン十パーセントにするからよろしくね-」


「はい、それではまた」


 迷宮探索者証を返してもらいながら、小さく手を振って弟の方へ戻る。弟は店主と話し込んでいる。誰にでも人なつこくすぐに親しくなれる弟と、大人しく引っ込み思案な姉、誰から見てもそんな風に思われていた。


「姉ちゃん、いくらだった?」


「一万二千円」


「あれ? 結構いってない? あれだけで?」


「そうでしょー! うちはマージン安いんだよー、宣伝しといてよ」


「イイネ押しとくよ。ダンコミに」


「満点でよろしくー!」


「それはちっと厚かましすぎ! 満点はないわ、階層増えたら考えるけど」


「当分無理かなー。まぁ、また来てよ!」


「うん、まったねー」


 愛想良く手を振りながら吉田脱サラ迷宮を出る弟。ダンコミとはダンジョンコミュニティの略で、各迷宮の紹介とレビュー評価を載せている民間主導のインターネットサイトであり、迷宮探索者にとって、入る迷宮を選ぶ指標のひとつになっている。


 二人は帰宅途中にある惣菜店で弁当を買い自宅に戻る。

 両親は三年前迷宮内で行方不明となった。今は当時の捜索の為に私設捜索隊を組んだ莫大な借金と、両親が建てた家のローンを返済しながら迷宮探索で稼ぎ、両親の入った迷宮探索を目標としている。


 家は平屋で五LDK。そのひとつの部屋に両親の写真と神棚がある。


「ただいま、親父、母ちゃん」


「お父さん、お母さんただ今戻りました。今日も無事でした」


 神棚に柏手を打ち両親に帰宅報告をする。


「お風呂洗って、お湯を入れておいて下さい」


「はいよー、明日何処行く? やっぱ国営いかないと稼げないよなぁ」


「国営は抽選が当たらないですし、他を探しましょうね」


 国営迷宮は全二百階層。下に降りていくタイプの迷宮で、下層に行くほど高額なドロップ品が出る。しかしその分ポップする魔物が強く、頻繁に死人が出る。

 探索者達には人気の迷宮で、ひと月先の入宮を抽選で決める。迷宮探索者証での申し込みになる為、転売、譲渡は出来ない。


 先月、初めて当たった国営迷宮探索で二人は百二十階層まで進み、迷宮鞄をドロップさせた。もちろん買い取りにはせず自分達で使用しているが、迷宮内での使用しか出来ない仕様となっている為、普段の買い物等には使えない。

 また二人は超一流に入る迷宮探索者で、若いながらスポンサー付きでもある。今日は散歩がてら近所の吉田さんの迷宮開設祝いに入宮したのであった。


 それぞれの部屋のベッドで横になり姉は思う。



「今月の借金返済足りないかもしれません……」


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