第1章 第2話 異世界ねこ誕生

  一面の草原くさはら

 

 僕はそこにいた。

 神様とやらの言っている事は理解できたが、理不尽極まりない。

 

 確かにここは空気が違う。

 適当にてしてしと歩いてみるが、街の家並みもざわめきもない。

 ここにはご主人様かすみちゃんがいないんだ。

 そう思うとしっぽにちからが入らない。

  

 転生といっていたけれど生まれ変わりってわけでは無さそうだ。

 異世界の母がいる訳でもなく、四肢しし強靭きょうじんさも前と変わらない。


 白い花の影に見たこと無い虫がいた、とっさに狩りモードに入る。

 灰色ですばしっこい虫、初めて出会う獲物だ。

 ゴキブリのように直線的な動きではなく、小さな円を描くように逃げ回るなかなかやっかいな奴だ。

 

 3回、4回と横にぐように攻撃をする。

 虫を仕留めた。


 味はまあまあ、草のあるところ虫あり。

 飢えて死ぬという事が無ければなんとかなるよね。

 虫はあちこち大量にいたので片っ端から捉え、腹の足しにする。

 とりあえずマーキングをしておく。


 枯れ草溜まりを見つけ落ち着けそうだと判断し寝転がる。

 まだ日は高いけど食後はお昼寝が必須だよね。

 ぽかぽかと毛並みに当たる太陽光が血液を温めてくれる。

 

 

< シッシッ シッシッ >

 

 

 微睡まどろみに浸っていると、擦過音さっかおんが聞こえ覚醒を促される。

 耳をすませば左前足方向から、僕と同じくらいの背丈の蛇が近づいてきていた。

 

 

< シッシッ シャァァァッ >

 

 

 威嚇いかくなのだろう、蛇が鳴く。

 僕は体躯たいくを引き絞り戦闘態勢を取る。

 爪を最大限まで伸ばし頭を刈り取るように横殴りする。

 

 

< ピシュァッ >

 

 

 蛇が頭を浮き沈みさせ襲いかかってきたところへ見事に当てた。


 追撃するように首めがけて飛びかかる。

 蛇に回避され横をかすめるように飛び越す。


 後方に回り込むと、蛇は標的を見失ったかのように左右を警戒する。

 

 のだ。

 接近戦なのに不意打ちのようなもの。

 飛び掛かり両手で頭を押さえ身動き出来ない状態にし噛み付く。

 牙が肉を裂きあごに皮膚の弾力を感じて勝利を確信した。

 

 次の瞬間。

 噛み締めた口から

 

 僕は混乱していた、わけがわからない。

 目前にいた蛇を捉えたのに、次の瞬間には背中右上から落ちてきて腹に巻き付かれたんだ。


 蛇との戦いは初めて。

 でも母さんは蛇をよく狩っていて、戦い方は教わったことがある。 

 巻き付かれた時の危険性も。


 爪を蛇の腹へ突き立て、後ろ足でキックする。

 前足で鎌首を牽制しながら引っ掻く。

 蛇が牙を突き立てようと襲ってきた時、唐突に理解した。

 

 締め上げられている螺旋らせんと逆、反時計周りに体を捻りキック。

 食い込ませた爪で蛇腹じゃばらを押し下げ。

 狙われた首を力いっぱい左にずらす。

 

 蛇の攻撃で伸ばした首は空振りし僕の口元にあった。

 噛み付くだけの簡単なお仕事、がぶり。

 今度はちゃんと噛みつけた。

 

 瀕死の抵抗をするかと思ったが、蛇はあっさり死んだ。

 首の後に噛み付いた時、肉とは違う抵抗があり突き切った感覚があったけど、あれが急所だったんだろう。

 

 奇妙な感覚が全身に走る。

 眠りから覚めたような…起きてるのに。


 こいつ、食えるかな?

 肉をむしり食べてみる。

 骨ばかりで肉は少ないみたいだけど、味は悪くない。

 

 戦いに勝利した充足感と腹が満たされた満足感。

 まだまだ明るい陽差しに眠気が襲ってくる。 

 母さん、僕も蛇に勝ったよ。

 

 

_/_/_/_/_/


 大陸西方に位置するイリグランデ。

 イリグランデを縦断するように広がる大森林。

 大森林のはずれから街道ともいえぬ獣道を、冒険者パーティの一行いっこうが街に向かっていた。

 

 

「疲れたなー、街までの帰りが歩きってのがまた更に疲れる」

 

「うるさいわねえ。

 ギルドに帰って報告するまでが依頼ですって言うでしょ。

 まだ依頼は完了してないんだからしっかりしなさい!」

 

 

 20代前半と思われる男と、30代の女性が言い合っている。

 男性は革鎧を中心とした軽装、女性は金属板を当てた胸甲を付けた重装備である。

 10メートルほど先にローブを着込んだ年齢不詳の小男が先導していた。

 

 

「ベリア、ロッタン、警戒して下さい!

 白蛇草の生育域です、蛇が3匹ほど近くでこちらを狙っています!」


「行きに6匹狩ったんだっけ?

 どっから湧いてくんだか…だりぃなあ」

 

「3匹程度ならあたしだけで充分よ、まかせて」

 

 

 小男が大きく下がり、女性が前に出る。

 女性の得物えものは背中の戦斧だが腰に下げている手斧を引き抜く。

 

 構えるが早いか蛇が草むらから連続して飛びかかってくる。

 蛇は男性の腕ほどの太さを持つ大蛇であったが、女性の腕はその何倍も太い。

 まるで飛びかかってくるタイミングが分かっていたかのようにきっちり三回手斧を滑らかに振り回す。

 三匹分、蛇の死体が転がった。

 

 

「さすがベリア、お見事です。

 他に気配は……大丈夫のようですね。

 ロッタン、蛇頭の剥ぎ取りをお願いします」

 

「へいへい、お安いご用、っておいシェギ! あれ!」

 

 

 しとめた三体のうち、一行いっこうから一番遠い蛇の死体。

 そこにてしてしと猫が近づき肉をむしり食べ始めた。

 

 

「そんな、あり得ない。

 探知の呪文は鼠程度でも把握出来るはずなのに」

 

「魔獣化の兆候ちょうこうは?」

 

「無いようです、ただの猫です」

 

「ただの猫が魔法に抵抗する訳無いでしょ!

 分析してみなさいよ」

 

 

 ベリアは油断なく戦闘態勢を取りシェギに指示する。

 

 

「そ、そうですね」

  

 

―――――――――― 

名前:たま

生年:一年二ヶ月

種族:猫

スキル:[長寿][隠密][学習][ねこはいます]

――――――――――

 

 

「な、なんだこれ……。

 ステータスも見れないし、スキル[ねこはいます]って何?

 聞いたことも無い」

 

 

_/_/_/_/_/

 

「魔獣でないのなら敵意も感じないし放置で問題なさそうだな。

 [隠密]があるなら[探索]へ抵抗出来たのも納得だ」


「た、たまちゃーん? おいしい? こっちおいで?」

 

「ベリアって猫好きだったっけ?」

 

「街中の猫を撫でようとして何度も振られていましたね。

 害は無いんでしょうけど不思議な猫です。

 白蛇草の生育域に蛇以外の動物が生き残れていたなんて。

 あ、ベリアに撫でられた」

 

 

 一行いっこうが蛇頭を剥ぎ取っていると たま がベリアを引っ張り、食べきって骨だけになった蛇の場所に連れていく。

 

 

「こいつぁ驚いたぜ、見た感じ小さいけど立派な白蛇の骨だ。

 魔獣としては最低ランクだが牙にしびれ毒もある。

 新人冒険者でも命取られかねないってのに」

 

「たまちゃん、えっらい! お前ら、これで蛇頭10個だ。

 今日はちょっとした贅沢ができそうだねえ!」

 

「ベリアは飲みすぎに注意してくださいよ……」

 

 

 胸を張るように得意そうな たま

 ベリアに撫でられ、喉を鳴らす。

 一行いっこうが街へ再び歩み始めると たま も、つかず離れず付いて行くのであった。

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