あいまいな二進法

由野 瑠璃絵

1、その、笑顔の裏側に……

ベーダ800をご利用いただくためには、以下の項目に同意が必要です。

ボックスにチェックをつけて、「同意する」を選択してください。

□ 本製品に異常が発見された場合、本製品を速やかにクロッカー社に返還し  

ます。

□ 本製品の定期点検を必ず実行します。

□ 本製品が起こしたトラブルについては、クロッカー社が全責任を負います。


「なんだこれ、めんどくさ」

 僕は長い長い説明をやっと読んで、最後に言いたかったのはこれかよと、じゃあ最初っからこれを言ってくれよ、と思った。


 今日からうちで家事全般をやってくれるロボットは、ベーダ800と言うらしい。一人暮らしの僕のために、両親が大金払って買ってくれた。日本から遠いアメリカ、ロサンゼルスまで語学留学に来た僕に、「日本人なんだから襲われやすいわ」と偏見たっぷりのかあさんの提案で(まあ間違ってはいないんだけどさ)、こいつは僕の家に届いた。


「んでぇ。なになに……とりあえず同意はするさ。はい、チェックね…。そしたら電源が自動で入って、同期……へえ、僕のパソコンの中身まで覚えてくれるのか!そりゃあいい……っておいちょっと待て、もしかしてあのファイルも保存されんのか?そりゃやめてくれよ!おいどうやって止めんだこれ……」

「こんにちは、ベーダ800…ライセンス番号」

「うへぇ!喋った!」

「ご本人様の登録に、虹彩登録と指紋登録が必要になります。まずは私の目を正面から見てください。なお、カラーコンタクトをしている場合は……」

「へえ、にいちゃん、えらいきれいじゃないの」

「虹彩登録と指紋登録が終了するまでは、本製品を正常にご利用いただくことができません」

 むむぅ、かるーいジョブすら通じないってわけね……。

 いいよ、見てやろうじゃないの。僕は彼の青い目を見つめた。

「……虹彩認証が終了しました。続いて、指紋認証に移ります。私の手のひらに、お客様の手のひらを合わせて、終了ですと言うまでそのままにしてください」

 彼が、僕の右手の指紋を取るために、左手のひらをはいと見せてきた。

「こんなのでわかるってのは、すごい進歩だね。いったい、いくらしたんだか……」

「終了です。ご本人様確認ができましたので、今から本製品をご利用可能になります。以上が基本設定ですので、何か変更したい項目があれば、質問してください。では、再起動します」

 と言うと、シュン、と音がなって目が閉じた。


 何だか面白くって、初めて見るものだから、僕は興味津々で。

 心臓あたりに耳を近づけると、パソコンに耳を近づけて聞いたときと同じ音がした。へえ、機械なんだ、本当に。疑っちゃうくらい、彼は人間っぽい。

 髪を手ですいてみると……これは何でできているんだ?本物の人間のような手触り。皮膚も柔らかくって、人間そのものだ。

 その時、僕は思った。


 こいつ、性的な処理はできんのかな?


 来て早々悪いが、先に謝っておこうかな。そうしよう。だってたぶん僕は、その興味を抑えられないだろうからね!

 そう確信した瞬間に、彼の目が開いた。

 僕のキラキラとした超不純の目と、彼の何も知らない「新品の」目が合った!

「こんにちは」

「こんにちは!ねえ君さ、性的なことってできるの?」

「……可能ではありますが、まずはお名前を……」

 そうだよね、生まれて初めての質問がこんなんで、本当に申し訳ないよ。だけど僕の興味は止められないんだ、両親でさえね。

「僕の名前はミチル。名前、呼び捨てで構わないよ。君とは対等の立場で居たいんだ。君の名前は?」

「私の名前はベーダ800ですが、変更も可能です。変更いたしましょうか?」

「じゃあ……カイラスにしよう。今決めた」

「カイラス、ですね。いい名前です。気に入りました」

「ねえ、それは本心なの?」

「……と、言いますと?」

「君たちアンドロイドの言う、嬉しいとか、気に入っているとか、面白いですねとか。そういうのはマニュアルの、あくまでプログラミングの一環としてあるのか。それとも、君たちには感情というのがあって、そのもとで喋っているのか…?」

「私たちは、感情を持つことは一切ありません。エーアイには感情というものは確認されていませんから」

「じゃあ、欲求とかもないわけだ?食べたいとか、セックスしたいとか?」

「私たちは機械ですので、充電は「必要」ですが。それ以外は何も必要ありません。ああでも、定期点検だけは必ず……。」


 彼の答えは、どこからどこまでも、機械!って感じだった。面白みがないし、僕のセックスという単語にも恥らう様子を見せなかった。つまりは、セックスという単語を、恥ずかしいものと思える土台の「感情」がないわけだ。

「で、どうやったらセックスが出来るんだい?」

「ご希望の行動を口頭か、パソコンの文章に打っていただきます。私はその通りに行動します」


 僕は、つまんない。そんなの。と思った。

「つまりは、僕の予想外の行動はできないわけだね?」

「性行為に関しては、そのような作りとなっていますので」

「……あとは?」

「私の右太ももの内側のスイッチを押していただくと、性行為開始となります」

「了解したっ」

 僕は彼のスーツのボタンとチャックを解いて、ズボンをガッと下ろした。

「ミチルさん!?」

「ああ……ここかい?ももの内側にある…ああ、なんて良い位置なんだろうね!」

「あのですね、私の使い方は、性処理以外にも色々とありまして……」

「嫌かい?」

 僕は期待を込めて聞いた。

「いいえ」

 その答えに、僕は落胆した。

「いやだって言って欲しかったのに!」

「では、いやです」

「あーあ……違うよ!そういうことじゃないんだってば!」

「では、次回からの改善点として、不満点をお聞かせください」

 彼が何でもないように、僕の下げたズボンを上げている。

 癪だ。ちょーしゃくだ!


「僕は、機械の可能性を見てみたいんだよ。君たちがどこまで感情を持ち得ることができるのか、すんごく興味がわいたんだ。だから、付き合ってくれよ。僕の気がすむまで、君を研究したいんだ。いいかな?いいよね?」


 彼が僕を見ながら、ズボンのチャックをきゅっと上げて、ボタンを閉めて、ニコッと笑った。

「明日は語学学校のレポートの締切期限です」


 その笑顔は、純粋。でも、内容は確実に皮肉だ!

 いいよ。そういう意地悪なところも見たいんだからね。

「ああ!そうだった。完全に忘れてたよ。でも君のことも知りたいんだ……じゃあ、どっちも手伝ってくれる?」

「ええ、もちろん」


 僕は彼の検索機能と翻訳機能のプログラミングを、パソコンで探した。僕がやるよりも、僕が仕組みを作っちゃえば、課題なんて紙切れに成り下がるんだからね。

「それだと、勉強にならないのでは?」

「いや、僕は英語が喋れるんだ。だけど、逃げるためにね、アメリカに来た。逃亡だよ、逃亡……これでいいかな?」

「あの、そのコードの挿入は脱獄になりますので……」

「ここに来てたった十分で脱獄かい!?どんだけきついんだか……」

 だったら、このコードを、ここに入れれば…。そりゃ。いけた!楽勝だね、こんなの!

 カイラスは僕がやめる気配がないのを悟ったのか、電柱のようにつっ立って僕を見ている。


「……ミチル、一つ質問があります」

「なんだい……?ここは消しちゃダメだな…」

「なぜ私の名前を、カイラス、と?」

 げ、痛いところついてきやがるぜ。

「……秘密さ」

 僕は彼に笑顔で言った。

「かしこまりました」

 彼もまた、一瞬驚いただけで、また笑顔に戻って、言った。




その、笑顔の裏側に……/end



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