【序章】第四話:ナルミの過去

 無事にダンジョンを出て、王国へと戻る途中でキドは


(鬼岩…成美…って言うのか…俺の本名は…)


 ナルミとなったキドは成美の身体から記憶を引き出していた、乗り移った他人の記憶を盗み見るのは人道的に疑問も有ったが、自分が死んで乗り移った以上は、成美として生きていくしか無い、出来るだけ、この世界での事にだけ、必要な事にだけ集中して記憶を思い出していく




 この世界に来たキッカケから、この世界に来て今日までの経緯を……


 ヘビー級のプロボクサーとして活動していた成美は

 日本チャンピオンへの挑戦者として田舎から長距離バスで東京に向かう途中だった


 それが事故に遭遇し、命を落とした………筈だった

 次に目が覚めた時、キドと同じ様に、白い空間が砕けていき

 視界の向こうに居たのは俺の時と同じでリギットだった


 スキルを使わず素の身体能力で、キドには見えなかった攻撃を回避した

(俺の時と違うんだな……あの黒い空間は何だったんだ……)



 ナルミの身体能力を気にいったリキッドは俺の時と同じように

「ようこそ異世界へ…そしてお前は今日から俺の奴隷だ……」



「……奴隷?」



「そうだ…胸の紋章がその証拠だ」

 楽しそうに説明するリキッドの言葉を聞いてナルミが自分のシャツの中の胸を見ると大胸筋に身に覚えの無い、刺の付いた首輪の紋章が胸に描かれていた



「その紋章はお前の自由を奪う、所有者の命令に逆らえなくする物だ、当然危害も加えられない…なに、俺の役に立つなら酷い目には合わさない、所有権は見つけた者が何より優先されるからな……安心して良い」



「へへ、アンタツイてたな、リキッドさんは役に立つ奴には優しいから安心して良いぜ」

 小判鮫君がいた…ナルミより先輩だったんだ



 このダンジョンを出て三日程歩くと王国に着くらしい


 途中で野宿や村に泊まりながら王国へとたどり着いたナルミ達は真っ直ぐにギルドという建物に連れて行かれた


 ギルド登録を済ませた成美は他の奴隷仲間と一緒に、【奴隷街】に連れていかれた


 街に入ってナルミが一番驚いたのは、殆どが日本人だった事だ


 反抗の術がない召喚された日本人にはその街の中で自治権を与えられてるらしい


 戦闘スキルを持つ者は探索者と共にダンジョンに入って行き命を掛ける

 それは奴隷街の自治を認めるという報酬の一つだった



 戦闘奴隷、生活奴隷、肉体労働、女娼、男娼、どんな種類の奴隷も居るが家に帰る事は約束されている

 鞭と飴、全くバランスは取れていないが……殆ど人間扱いされない奴隷に取っては何より必要な物だったんだろう



 街に着くと

 リキッドの奴隷として同行していた

 小判鮫君と三十路のおっさんが居酒屋風の店にナルミを誘い

 其処で改めて自己紹介を受けた


 小判鮫君は

「俺は、小口 治(おぐちおさむ)って言うんだ、よろしくな」

「お前はコバで良いだろう?誰もその名前で呼んで無えだろが」

(それはやっぱり小判鮫からなのか?……まぁ見た目もそんな感じだしな)


「良いだろう別に!自己紹介くらいちゃんとさせろよオッサン!」

(三十路風のオッサンも見た通りにオッサンか…)


「オッサン言うな!まだ29だ!」

 オッサン言われた29才のオッサンが小判鮫の襟首を捻りあげ

「ぐぇぇぇ………ギブ…ギッ……ブ……」


「……それで、ここは何なんだ?」


 話が進まない、この状況で漫才見せられても、面白くも何ともないナルミが話を戻す


 コバがオッサンに解放されて、椅子に座り直すと、

 店に入るなり2人が注文した品物がテーブルに置かれる

 骨付きの肉とスープだ

 小判鮫が骨付き肉をかじりつき、頬張りながら吐き捨てるように言う


「もう流石に分かるだろ?異世界だよ……ただしクソッタレだ」

 とても分かり易い?説明をしてくれた


「それじゃ分かんねえだろ?馬鹿っ……だけど確かにクソッタレ何だ、お前が召喚されたダンジョンは………」

 オッサンの説明は分かり易かった


 ・奴隷ダンジョン、そう呼ばれるダンジョンで階層主を倒すと、確率で白い球が現れる

 それを外から砕くと中から人間が現れる


 ・現れた人間はパーティ内に居る探索者の所有物となり、逆らえないし反抗もできない


 ・所有者はギルドに持ち帰り売るか所有権を維持するか決める


 所有権を維持された場合は奴隷ダンジョンへの同行が仕事になる事が殆どで

 売られた奴隷は売り先が決まるまでは、ギルドが割り振る仕事を無料で奉仕活動を強要される


 ・生産系スキルを持つ物はそれぞれの産業へと従事される


 ・スキルの無い、見た目の良いものは男でも女でも関係なく娼館に連れて行かれる


 ・スキルの無い、健康な物は肉体労働を


 ・スキルの有る、子供は戦闘訓練と簡単な仕事の手伝い


 ・スキルの無い、子供は向き不向きに合わせて、同じ奴隷の日本人が教育しながら仕事を手伝う


 ・どんな奴隷も一日の終わりに本人が望めば奴隷街に帰れる

(ダンジョンで泊まる場合は別)



 白い球は触れなきゃ割れない事と、低層階では使えない奴が多い為、依頼が無ければ滅多に召喚されないそうだ


 そしてこの状況は既に50年に及び、奴隷として召喚された日本人はずっと便利に使い捨てられて来たそうだ


 オッサンはこの世界に召喚されて今年で10年近くになるそうで、奴隷の中でも古株だそうだ


「まぁ……毎日が死と隣り合わせの世界に来たって事だ、ただ良い事も有る」


「……何処に良い事が有る?」

 一通り話を黙って聞いたいたナルミは内心腹ワタが煮えくり返っていたが、紋章の効果のせいか、不思議と暴れ回る程には昂らなかった



「戦闘スキルを持つ俺たちが身体を張れば、この奴隷街の街の中だけは自由にして良い、

 後は女も充てがわれる、もっとも相手が既に居る場合は、要相談、…つまり決闘だけどな」


「……何でそんな事をするんだ?」


「需要と供給をゼロから賄えるんだ、便利なシステムだろ?女を作れば家に帰りたくなるのが男ってもんだろ?女だってよく分からない奴、まして今の貴族は殆どが醜い豚野郎だ、そんなのを相手に股を開くより、自分を守ってくれる男の方がずっとマシだろう?」



 10年ここで生活しているオッサンの言葉は予想以上にナルミに響き、記憶を覗く木渡にも重くのし掛かった



「……スキルってのは何なんだ?」


「召喚された人間に確率で付与されるんだ、お前もさっきギルドで登録した時に確認したろ?

 ギルドで貰ったカードはその場で直ぐに回収された、すぐ無くすのでギルドで預かっているらしい、

 自分のステータスについて説明を受けた時の事を思い出す


 ・身体強化(基本ステータスアップのパッシブスキルで常時20%向上する)


 ・フルスイング(意図的にクリティカル攻撃を発生させる、但しリキャストタイムが5秒発生する)

 確か名前の下にそんな事が書いてあった気がする……


 オッサンが骨付き肉をかじりながら大事な事を教えてくれた


「確か完全にアタッカータイプだったよな?……死にたく無いなら、よーく聞け、防御するな、回避を優先にしろ、忘れるなよ?」



 オッサンの忠告ナルミには余り響かなかったが、記憶を覗く木渡には強く響いた



「さて、それじゃあ明日から楽しいダンジョン生活だ、腹も膨れた事だし明日からの準備しにいくぞ」



 店を出て2人について行くナルミは………目標を見失い虚無感に包まれている事が不思議とキドには伝わってくる

(この感情……必死に練習していたんだな………)


 日本タイトル奪取は確実と騒がれてた鬼岩成美

 ボクシングに興味が無い木渡でさえ知っている、タイトル戦の直前の事故、海に落ちたバスは引き揚げられたが、数人は今も行方不明のままで

 このニュースは当時、日本中で騒がれてた


 まさか異世界に転生しているとは誰も思わない



【王国前】

【◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇】

「…ルミ……ナルミッ!」


「……何だ?」

 ナルミの記憶に集中していた木渡はオッサンに声を掛けられ、気がつくのに少し時間がかかった



「何だじゃねーよっ起きてんのか眠ってんのか分かりにくい奴だな、王国に着いたんだから、そろそろ武器をしまえよ」



「……分かった」

 普段から自分からは滅多に喋らないナルミは特に怪しまれず、森を抜けた

 向こうには草原が広がり、その向こうにはご立派な城門に囲まれた王国が有った



 レーベル王国……召喚された奴隷達のスキルによって堅牢な城門を完成してから一度も魔物の侵入を許していない



 近づく程その大きさに圧倒される

(アレを作った奴は絶対に漫画か映画の見過ぎだろう……)



 大き過ぎて分厚い城壁は厚さだけで10メートルは有りそうで、

 高さも100メートルに届きそうだ、



 よく見ると城壁のあちこちに窓のような物が見える内部から魔物を攻撃する為なんだろう



「ようリキッド!今日は良いもん拾ったか?」



 城門に近づくと兵隊らしき男が気さくに探索者であるリキッドに話しかけてきた


「あぁ…今回はスキル持ちを見つけたんだがな、残念ながら死なせちまったよ…勿体ねえ」


「それは残念だった、まあそんな日もあるさ!ギルドに行くんだろ?ちゃんと奴隷の帰還報告しろよ?勝手に解散するんじゃねーぞ?」


「っち、分かってる」


 ダンジョンから戻ったパーティは必ずギルドに帰還報告をして安否を確認する事になっていた




 俺たちは異世界にしては豊かな街並みの王国の中へ入って行った

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