1-2.人類滅亡の予言

 クリスと二人でにぎやかな芝生の広場を歩き、うちのテントを目指した。

 展開されている沢山のテントでは、どこもBBQの煙が上がっており、楽しそうな声が響く。


「あ、クリスだ~」「クリスだ~」

 気が付くと、周りには幼児がワラワラと集まって来ていた。


 クリスはうれしそうにニッコリと笑い、頭をなでる。

 歩くにつれ、あちこちから幼児が集まって来て、そのうち幼児の大行進となった。まるで保育園の遠足みたいである。


 クリスは開けた所に出ると振り向き、しゃがんでうれしそうに幼児たちに微笑んだ。


「クリス~」「わ~い」

 幼児たちはクリスを取り囲むと、思い思いにクリスの服を引っ張り、またパシパシとたたいた。中にはよじ登り始めるものまでいる。

 幼児たちにもみくちゃにされながらも、クリスはうれしそうに微笑んでいた。


 そして、クリスはゆっくりと立ち上がると指揮者のように構え、幼児たちを見回すと手を上にパッと上げた。


 その瞬間、数十人の幼児たちは上空に吹き飛んで行った。


「ええっ!?」

 俺は驚いて空を見上げる。すると、澄み通った青空にはるか高く、豆粒になるまで幼児は高く打ち上げられていった。

 すると、今度はフリーフォールのように、うれしそうな歓声を上げながら落ちてくる。


「キャ――――!」「ウキャ――――!」


 近くまで落ちてくると、クリスはうれしそうに笑い、指揮者のように大きく腕を振って、また幼児たちは高く上空に吹き飛んで行った。


 あまりにも異様な光景だが、周りの大人たちは無関心である。見えてはいるようなのだが違和感を感じないらしい。何らかの認識阻害をかけているのだろう。


 打ち上げを何度か繰り返し、幼児たちは地上に戻ってきた。

 戻ってきても、まだ興奮冷めやらぬという感じで騒いでいる。


 クリスはそんな幼児たちをうれしそうに見回すと、


「Dum fata sinunt vivite laeti.(人生を楽しめ!)」

 と、声をかけた。


 それを聞くと幼児たちは、


「うきゃ――――!」「キャハハ!」

 と、口々に叫びながら、蜘蛛くもの子を散らすように自分たちのテントへと帰って行った。


 神様と子供たちの楽しそうなやり取りは、見ているだけで癒される。

 ただ、子供時代の俺だったら、クリスによじ登って空高く飛ばされていただろう。俺は何を失ってしまったのだろうか……。寂しさが胸をかすめ、俺は軽く目をつむり、息を吐いた。


『人は何かを失って大人になり、少しずつ取り戻して老人になるのかもしれない』

 ふとそんな思いが浮かんだ。


 俺はクリスに声をかけた。

「凄いですね、子供は好きなんですか?」


「…。生まれたての魂は、無邪気でシンプルで可能性に満ちている」

 そう言って、よちよちと歩きながら去っていく幼児たちを、愛おしそうに見送った。


「大人はダメですか?」

「…。子供に勝てる大人などいない。でも……、素直な大人なら嫌いじゃない」

 クリスはそう言ってニコッと笑い、俺は軽くうなずいた。



        ◇



 テントに着くと、俺はタープ下の椅子をクリスに勧めた。


「乾杯しましょう。ただ……こんなのでもいいですか?」

 と、俺はおずおずと缶ビールを差し出す。

 クリスはチラッと俺を見ると、微笑んでうなずく。

 

「カンパーイ!」

 俺はそう言って、ビール缶を両手で持って軽くぶつけた。


「…。乾杯」


 クリスは目をつむり、ビールを一口含む……。そして薄く開いた眼で、川の流れをぼんやりと眺めた。

 公園には小川が流れ、木漏れ陽をキラキラと反射して緩やかな時間の流れを演出している。

 

 俺は、ビールをごくごくと飲み、そしてゆっくりと深呼吸をして、言った。


「暴走車の対応ありがとうございました。おかげで大惨事にならずに済みました」

「…。悲劇を私は望まない」


 低い声でゆっくりと答えるクリス。


「ああいう奇跡はよくやるんですか?」

「…。悲劇は毎日、地球上で無数に起こっている。残念だがフォローしきれない」

 そう言って彼は、軽く首を振り、ビールをあおった。


「じゃぁ、今までにやった奇跡で、一番凄いのはどういう……」

 俺は調子に乗って、どんどん聞いてみる。


「…。うーん、規模が大きいという意味では、地球を創……ではなくて……戦争を止めたことかな」

 俺は仰天した。今、『地球を創った』と言いかけたのだ。これが本当なら我々人類をはじめ、動物たちや木や森や、山や海すらもクリスが作り出したもの、という事になる。俺は今、そんなとんでもない存在、創造主と話しているかもしれないのだ。

 これは想像以上だ……俺は抑えきれない胸の高鳴りを感じていた。


 クリスは続ける。

「…。ただ……奇跡じゃ世界は救えない……」

 いきなり暗い表情をする。


 思いがけない展開に、嫌な予感がする。


「世界って今……、そんなに……ヤバいですか?」

 恐る恐る聞いてみる。


「…。人類はもう100年もたない」

「えっ!?」

 俺は絶句した。万能なはずの神様が、人類滅亡を予言しているのだ、事態の深刻さに思わず血の気が引いた。


「人類は絶滅しちゃう……んですか……?」

 予言の重さに、押しつぶされそうになりながら聞く。


「…。少子化と温暖化が進み、まず、先進国の経済が崩壊する。そして、混乱が続く中で災害、パンデミック、戦争が起こり、人類は滅ぶだろう。少なくとも、あと数年の間に、何らかの抜本的な対策を施さない限り、希望はない」


 確かに俺も、日頃からヤバいとは感じていたが、神様から滅ぶという事を明言されると、さすがに深刻にならざるを得ない。


「そ、それは何とかならないんですか?」

 俺は焦って聞く。すると、


「…。誠よ、君だったらどうする?」

 クリスは俺の目をじっと見て言った。

 いきなり俺にふられた……。


 なるほど、これが俺の提案ポイントって訳だな。提案次第では、記憶を消されずに済むって事だろう。

 しかし、少子化や温暖化で、弱体化したところに発生するトラブル、そんなのどうやって止めたら良いのか、全く想像もつかない。


 クリスは俺をじっと見つめている……。

 これは非常にまずい。人類を救う方法など、そんなにすぐ思いつくわけがない。


 俺はテーブルに肘をつき、頭を抱える。

 ギギギと音を立て、キャンピングテーブルが少したわんだ。


 何とか突破口を見い出さなくては……。


 俺は、工学的な問題解決を延々とやってきたエンジニアだ。しかし、少子化にしても温暖化にしても、人類の選択の結果であり、それはエンジニアの問題じゃない。なにしろ両方とも解決策はあるのだから。でも、人類はそれを選択しないのだ。


 なるほど、この問題は奥が深い。複雑な経済システムや社会システムの問題だから、奇跡使って解決できる類の問題ではない。神様がお手上げなのも道理だ。


 では、エンジニアとして、俺はどうしたらいいだろうか?


 行き詰った俺は、思わずビールをゴクゴクっと飲む。


 エンジニアには、エンジニアにしかできない突破口があるはずなのだ。


 鼻に抜けていくホップの芳香……みる……


 と、その時、ひらめきが走った。

 

『鉄腕アトムを、作ってしまえばいいんじゃないか?』


 心優しいAIロボットが人類をサポートする。子育ては一気に楽になるから出生率は回復する……、いや、そもそも労働の多くを鉄腕アトムがやってくれるようになれば、経済システムも人類の在り方も根本的に変わるだろう。そうしたら人類の問題の多くは解決できてしまうのでは? それは人類の新たなステージになるのではないだろうか?


 これだ! これだよ!!


 俺は、クリスに向き合うと丁寧に言った。


「私はAIエンジニアです。AIを使って鉄腕アトムの様な心優しいAIを作るというのは、どうでしょうか?」


 クリスはちょっと首をかしげて言った。

「…。人類の守護者を作るという事かな?」


「そうですね、人類のサポートロボットです」


「…。サポートロボット……、うーん、でも、誠にそんな物作れるのか?」


 シンギュラリティを超える、つまり人間を凌駕りょうがするAIを、どう実現するのか? これは難題だ。何しろ世界中の天才たちが、寄ってたかって頑張っているのに、いまだ実現できていないのだから。


 でも、俺には腹案があった。以前思いついたものの、自分の力では無理だと諦めていた、とっておきのプランだ。クリスの奇跡を使えば作れる可能性がある。


「クリスが協力してくれるなら作れますよ!」

 俺は営業スマイルでプッシュする。


「…。私はAIなんて分からない」

 クリスは怪訝けげんな表情で首を振る。


「大丈夫です! AIの技術的部分は私がやりますから」

 ここは押しまくるしかない。

 

 クリスはビールをあおると、目をつむり、腕組みをして考え始めた。


 沈黙の時間が続く――――


 BBQに興じる、たくさんの人たちの笑い声、子供たちのはしゃぐ声が響いている。

 俺は沈黙に耐えられず、ビールをゴクゴクと飲んだ。


 しばらくして、クリスはこちらを見て微笑んで言った。


「…。そんな事を言ってきたのは誠が初めてだ。いいんじゃないか? AIロボット」


 そして、缶ビールを俺に向け、突き出した。


「あ、ありがとうございます!」


 俺はそう言って、缶ビールをぶつけ、一気に飲み干した。

 神様が俺の提案を認めてくれた。俺はこみあげてくるうれしさを隠せず、思いっきりガッツポーズしてしまう。


 そんな俺を見て、クリスは優しく微笑んだ。

 爽やかな風がビューっと吹き抜け、タープがバタバタと音を立てる。まるで祝ってくれているようだ。


「ただ……、人類を滅ぼすような恐いAIは困るよ」

 クリスは少し不安げに俺を見る。


「大丈夫です。素敵な心優しいAIを作ってみせます」

 俺は胸を張って答えた。


「…。ふむ、心優しいAIか……。具体的にはどうやるんだ?」

 クリスは少し考えながら聞いてくる。


 実は俺のプランには人体実験が必要で、倫理的な問題がある。頼み方を間違えると、怒らせてしまう可能性が高い。言い方を慎重に考えて、丁寧に提案しないとならない。


 俺はゆっくりと答える。

「私に、あるプランがあります。ただ……少し整理する時間をもらえますか?」


 クリスは、俺の目をじっとのぞき込むと……

「…。いいだろう、楽しみにしてるよ」

 と、ニッコリと笑った。


 宿題ができてしまった。

 でも、これは凄いチャンスだ。クリスの奇跡を使えば、本当にシンギュラリティを超えるAIを作れるかもしれない。人類史上誰も実現した事のない、シンギュラリティをこの手で!

 それはノーベル賞なんて目じゃない、人類史上最高で、かつ人類最後の発明になるのだから。



        ◇



 俺は、今、人生の大きな岐路に立っているのを感じていた――――


 23年前のこと、シングルマザーだった母は、保育園児の俺を捨て、失踪した。


 母の失踪後、ばぁちゃんは小さな印刷工場を手伝いながら、俺を育ててくれた。しかし、経済的に厳しいうえに、悪ガキどもからはイジメられ、思い出したくもない子供時代を過ごす羽目となった。

 「おい! 捨て子!」「ステゴザウルス~!」と言う、からかう声はいまだに耳に残っている。

 同級生が戦艦大和のでかいプラモデルを自慢している時も、俺は遠くから眺める事しか許されなかった。


 ばぁちゃんは、俺が肩身狭い思いをするたびに温かく抱きしめて、


「ごめんねぇ、ごめんねぇ」

 と、謝ってくれた。


 俺は、ほのかに香るインクの臭いに包まれながら、

『ばぁちゃんのせいじゃないのになぁ。ママはどうして僕を捨ててしまったのだろう……やっぱり僕には何かが足りないんだな……』

 と、いつもボーっと思っていた。一番愛が欲しい時期に最愛の人に捨てられたことが、俺の中にシコリのように残り、それはいまだに後を引いていた。


 そんな時に、俺を支えてくれたのはアニメや漫画だった。特に、科学者の活躍するシーンは何度も見返した。想像を超えた科学の力で地球を守るその姿に、たまらなくきつけられていたのだ。いつか俺もこんな科学者になるんだ! と心に誓い、必死に勉強を頑張っていた。

 高校生活も後半になり、進路の話が出てきた。もちろん大学へは行きたかったが、年老いたばぁちゃんにこれ以上無理は言えない。俺は密かに就職先を当たり始めた。

 ところがばぁちゃんは、そんな俺を察して大学進学を勧めてくれた。


「ばぁちゃんは大学なんていけなかったけど、マコちゃんは理科がこんなに得意なんだから大学に行くべきよ」

「でも、お金かかっちゃうよ……」

「お金のことはばぁちゃんの仕事だ、その代わり……大学行ったらしっかりと勉強して、世界中の人を笑顔にできる人になりな」

 ばぁちゃんはニッコリと笑いながら、丁寧に俺に語りかけた。


「え? 笑顔に?」

「そう、マコちゃんにはそういう力があるって、ばぁちゃん分かるのよ」

「え~、何それ?」

「いいから、大学行って勉強してみんなを笑顔にすること、分かったね!」

「……。ありがとう……。俺、頑張るよ!」


 そして、俺は無事第一志望の大学に受かり、一番興味のあったAIを研究し、AIベンチャーに就職した。それは子供の頃の憧れに近づいたかに見えた……。

 しかし、AIベンチャーではAIの研究ではなく、AIを使った商売しかできなかった。お客の的外れな要望と格闘し、既存のAI技術を何とか当てはめるだけの力仕事、とても世界の人を笑顔になどできるレベルじゃない。

 そうこうしているうちに、ばぁちゃんは病気で倒れ、帰らぬ人となってしまった。


 そして先週、社長のデータ改ざんの指示に反発して大喧嘩げんか、AIベンチャーも追い出されてしまったのだ。社長は改ざんではなく営業上の装飾だというが、エンジニアから言えば明らかに詐欺だ。クライアントも懐疑的になっている状況で、そんなの出したら最悪捕まってしまう。そもそもエンジニアのプライドが許さない。

 しかし、正義を貫いた結果、俺は無職。愛する母に捨てられ、ばぁちゃんとの約束も守れそうになく、無職になった俺は人生を見失いかけていた。


 そんな時に俺は神様に出会った。これはまさに天啓だ。神様が、俺の技術力で人類の危機を救え、と言っているのだ、もう命がけで取り組む以外ない。この機会を逃したら、俺の人生は何の意味もなくなってしまう。


『俺はやってやる! 俺の力で人類を救うのだ!』


 俺は興奮を抑えられず、一気にビールを空けた。

 しかし、ビールじゃ物足りない。


「折角なんでワインにしましょうか? 奇跡のワイン」

 クリスに聞いてみる。


「…。いいね、あれは自信作だよ」

 そう言ってニッコリ笑う。


 俺はプラカップにワインを注いだ。


「それでは、人類の守護者計画に乾杯!」

「…。乾杯」


 奇跡のワインを一口含む……。

 ……これは凄い!


 立ち上る芳醇ほうじゅんな香り……。こんなの飲んだことない。クラクラする。

 

「お、おおぉぉ~!」

 目をつむって、思わず声を上げてしまった。まさに神のしずく、やっぱりクリスは神様だった――――


 俺はふと思った。神様であれば、母の失踪の理由も、父親が誰かも、聞けば教えてくれるかもしれない……。

 むしろ、『はい、どうぞ』と言って、すぐに目の前に呼び出してしまうかも……。


 俺は急速に鼓動が高鳴っていくのを感じていた。


 しかし……いまさらそれを知ってどうするのか……。それで23年の孤独が埋まるわけではない。

 プラカップを持つ手につい力が入り、パキッと音を立てた。


 俺は、心の奥底にあるおりが揺らぐのを感じていた。

 トラウマにねじれた心は果たして和解に耐えられるのか……、俺は目をつむり、心のおりが落ち着くのをしばらく待った。


 まだ……早いのかもしれない。


 ぽっかりと浮かぶ夏の雲を見上げながら、父や母とわだかまりなく乾杯できる日がくればいいな……とぼんやり思った。


 カァカァとBBQのおこぼれを狙う、カラスの鳴き声が公園に響き渡る――――


 俺は気持ちを切り替えると、

「これ、みんなにも分けてきますね!」

 そう言って、友達とその仲間たちが歓談しているテーブルの方に、ワインを持って行った。


「みなさーん、今日はお招きありがとうございました! 凄いワインが手に入りました! ワインで乾杯しましょう!」

 

「おぉぉぉぉ!」「ワインいいね、ワイン!」

 歓声が上がる。


 ただ、ペットボトルを見せると……


「えー!? ペットボトルのワイン~???」

 

 『教授』と呼ばれている中年男性は不機嫌になる。


「俺はそんなワイン飲まないぞ! ワインは文化なんだ!」

 教授はこういう所、とても面倒くさい人なのだ。


「まぁ、ちょっと味見だけでも、してみてください」


 俺はプラカップにワインを少し注ぎ、教授に渡した。

 教授は、嫌々受け取ると、ワインを口に含んだ。

 口に含んで3秒、教授の動きが止まった。


「……。」


 さらにもう一口……。


 そしてしばらくして……


「な、なんだこれは……。ピノ……? だよな、ピノノワール……だが……。こんな美味いピノは飲んだ事が無い……」


 目をつむったまま教授が動かなくなった。


「ロマネコンティ……。そう、そうだよ、このニュアンスはそのクラスだぞ。馬鹿な……」


 ワインは誤魔化しが効かない。ワインを知れば知るほど、クリスのワインのすごさが分かってしまう。


 教授の奥さん連中も飲んで、美味さに驚いている。


「いや、これなんなの? こんなの飲んじゃったら、もう普通の飲めないよ~!!」

「ほんとほんと~!」

「あっ!? このチーズにすごい合うよ!」


 みんな奪うように、チーズに手を伸ばす。


 う~ん、美味い!


 美味い酒は人を幸せにする。


 暴走車の絶望から、一気に神のワインで天国になった。

 欲を言えば、ワインだけじゃなくて、可愛い娘も出してくれたら最高なのに……などと罰当たりな事を一瞬思い、イカンイカンと首を振って雑念を飛ばした。


 テント横をひょこひょこと歩いていた黒猫は、そんな俺を見て立ち止まり、ニャァと一声鳴いた。猫に見透かされたようで俺は少し赤くなり、うつむいた。


 それにしても、このワインの美味さは異常だ。一口含むたびに幸せに包まれる、とんでもないワインだ。


「いや~これは、本当に美味いわ~!」

 俺は湧き上がる開放感の中、思わず叫んでいた。



          ◇



 ワインの余韻よいんの中、俺は、え渡る青空に入道雲がモコモコと育っているのを見ていた。飛行機が真っ白のラインを引いていく。

 仲間連中はワインをよほど気に入ったと見えて、バカ騒ぎを続けている。

 

 すると、後ろからいきなり声をかけられた。


「あのぉ~、良ければ私にも、一口もらえませんかぁ?」

 

 振り返ると、揺れる木漏れ陽の中、優美な空気を身にまとった女性が、透き通る肌で天使の様な笑顔をたたえていた。

 その、人並外れた美貌、全てを見透かすような澄んだ琥珀こはく色の瞳に、俺は思わず息をのんだ――――


 いきなり訪れたこの瞬間を、俺は一生忘れないだろう。


 神のワインが、新しい人生の扉を開けた気がした。

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