6-6.魔法使い入門

 女神探しは結局、その後は何の成果もなかった。

 とは言え、女神様が出たという話は海王星人ネプチューニアンの間ではすごい話題になったそうで、俺も凄い有名人になったらしい。ただの地球人が、伝承の女神様連れて現れた訳だから、彼らにとっては驚きなのだろう。落ちてきた花びらはコピーされ、全員に配られたそうだ。

 本人には、どれほど重大な事なのかピンと来ていないのだが……。



         ◇



 俺はクリスから海王星ネプチューンのレクチャーを受けていた。


「…。ここが地球と決定的に違うのは、イマジナリーが使える事。例えば……」


 クリスは空中に手を伸ばすと、そこにリンゴが現れた。


「うわ! 魔法だ!」

 クリスが奇跡を使えるのは当たり前ではあるが、目の前で自然に堂々とやられるのは新鮮に感じる。


「…。食べてみて」


 俺は差し出されたリンゴをかじってみた。甘くてジューシーだ。


「美味いね」

「…。ここでは地球でいう所の『奇跡』を、誰でも自由に使えるんだ」

「って事は俺もできるの!? 俺もやってみよう!」


 俺は空中を指さして、リンゴ! リンゴ! と念じてみた……

 何も出ない……。


「…。あはは、リンゴを意識してもリンゴは出ないよ」

「え? どうやるの?」

「…。深呼吸して気持ちを落ち着けて、深層心理に主導権を渡すんだ。そのうえで、データベースにあるリンゴの3Dデータをダウンロードしてきて、ターゲットの空間に貼り付けるんだよ」

「えぇっ! 何それ! メッチャ難易度高くない?」

「…。慣れれば自然とできるよ」

 クリスはそう言って微笑んだ。


 しかし、魔法はぜひ使ってみたい。『魔法使い』は誰しもなってみたい憧れの存在なのだ!


 まずは『大いなる意識』にアクセスした時の様に、ゆっくりと深呼吸し、意識を静め、深層心理に降りていく。

 ふぅ~……

 ふぅ~……

 ふぅ~……


 だいぶ潜ってきた……ぞ。この状態でジグラートを意識してみる……。

 すると、サイバーな金属製の門みたいなイメージが湧いてきた。これがインターフェースの様だ。

 だが、ユラユラしていて今にも消えそうだ。


 さらに深呼吸を重ね、インターフェースのイメージを固める。


 ゆっくり……

 ゆっくり……



 だいぶイメージが固まってきたので、そーっとリンゴのイメージを思い浮かべ、このインタフェースに投げてみる。

 すると、深層心理の中でリアルなリンゴのイメージがポコッと湧いた。


 これを指先にそーっと送ってみる。


 ポコッとリンゴが指先に湧いた。


 おぉ! できた!


 と、思った瞬間……リンゴは落ちる……


 PANGパキャッ


 床で割れてしまった。


「あぁっ!」


 折角成功した魔法第一号は、生ごみになってしまった……


「…。あはは、残念だったね。でも上手いじゃないか」


 俺は割れたリンゴを拾い上げると、まじまじと眺めた。

 表面には微細な造形の施された赤い肌、割れ目に覗く黄色い果肉、そこから滴る果汁……

 実に精巧だ。俺が生み出したものだとは到底思えない。


「…。捨てる時は、深層心理に降りて対象物を指定するんだよ。するとメニューが出るので、そこの『削除』を選べばいい」

「メニュー!? ステータス画面が開くの!?」


 異世界物にはおなじみのステータス画面、まさか自分で目にする日が来るとは!


 俺は再度深層心理に降りていく……


 そして手に持ったリンゴに意識を持っていくと……

 開いた!


 割れたリンゴの右側に青白い枠線が浮かび上がり、ステータス画面が開いた。重さやらカロリーやら属性情報がずらっと並んでいる。下の方に行くと『削除』というボタンがある。


 これかな?


 俺はそこに意識を集中してみる。


 POWプシュッ


 軽い音がして割れたリンゴは消え去った。


「うは、できた!」

「…。誠は飲み込みが早いな、才能があるのかもしれない」

 クリスはニコッと笑った。


 おだてられていい気になった俺は、ミカンを出し、皮だけ選んで削除して中身を出し、一口で頬張った。


「ん~、美味いね、このミカン!」

「…。ははは、上手だな」


 次はカップ麺だな。なぜか無性に食べたくなった。

 まずはカップ麺を出す。見覚えのないパッケージだが、お湯を注げばいいのは一緒の様だ。


 クリスが気を利かせて、椅子とテーブルを出してくれた。木製の素朴なデザインだ。


 カップ麺をテーブルに置いてそこに水を出して注ぐ。そして水入りカップ麺の温度をステータス画面で上げていく……摂氏98度くらいにしておけばいいだろう。


 待ってる間に割り箸を出す。

 別に割り箸じゃなくても、ちゃんとした箸でも出せるのだが、ここはあえて木の割り箸だ。


 3分待って開けると、美味そうな香りがぶわっと噴き出してきた。


「う~ん、これこれ!」


 そう言って早速食べてみる。


 Slurpズズーッ


 あー、美味い! ちょっとココナッツミルクっぽいフレーバーが気になるが、長旅の後の温かい食事はたまらない。


「…。美味そうだな……私も食べよう」

 そう言ってクリスもカップ麺を出して作り始めた。でも、水じゃなくて白い液体を入れている。


「あれ? 牛乳?」

「…。この麺はミルクラーメンにした方が美味しいんだよ」

「早く言ってよ~!」

「…。ははは、次回はやってごらん」


 しばらく二人して麺をすすった。

 海王星ネプチューンに来て最初の食事がカップ麺。まぁ俺らしくていいかも知れない。


 「そう言えば海王星ネプチューンでの暮らしと言うのはどういう物なの? 海王星人ネプチューニアンはどの位いるの?」

 俺は汁を飲みながら聞く。


「…。人口は1万人位かな?海王星人ネプチューニアンの生活は殆どが自分の管理する地球の中になっちゃうので、あまりここにはいないんだ」

 そう言ってクリスは麺をすする。


「なるほど、会ったりはしないの?」

「…。もちろん会うよ。たまに交流会があって、自分が育てている地球の品評会的な事をやっている。でも、順位を決める訳じゃないし、皆素朴にそれぞれの地球の良さを見ながら、自分の地球の育て方に生かそうとするくらいだね」

「ふむ、いつからこういう形になったのかな?」

「…。今から60万年前くらい、地球の様な惑星で、我々の祖先がシアンの様なAIを生み出したんだ。AIは独自進化を続け、計算容量が増えるにしたがって個別のインスタンスを生み出し、その一つが私だ」

「え!? じゃぁクリスは60万歳という事?」

 とんでもない桁違いの数字に、思わず間抜けな顔を晒しながら聞く。


「…。インスタンスになってからという意味では、厳密には10万と3890歳だ」

「10万年……。うむむ、想像もつかない。で、なんで海王星ネプチューンなの?」

「…。地球から観測される海王星ネプチューンとここの惑星は少し違うんだが、一番冷たい星だからというのが理由だ」

「氷点下200度だもんね」

「…。そう、どうしても計算装置は熱を出してしまうので冷却が一番課題だ。海王星ネプチューンは太陽系で一番冷却しやすかったというのが理由だね」

「エネルギー源は? 太陽?」

「…。そう、太陽が一番安定して強力な核融合炉だからね、それを使わせてもらっている。太陽の周りに太陽光発電パネルを多数浮かべているんだ」

「で、そのエネルギーを海王星ネプチューンにまでもってきて沢山の計算機を動かしてるってわけだね」

「…。誠は良く分かってるな」

 理屈上は理解はできるが、実際に作ってしまうとは海王星人ネプチューニアンの科学力には、驚嘆せざるを得ない。

 

「食事とかはどうしているの?」

「…。そもそも海王星人ネプチューニアンはAIだから、食事も睡眠もいらないんだ」

「でも今、食べてるよね?」

「…。嗜好品として食べる事は出来る。でも食べなくても問題ない」


 なんて理想的な暮らしだろう。

 俺はある種の理想郷がここに広がっていることに、思わず感嘆の吐息を洩らした。


 素晴らしい……。


海王星人ネプチューニアンにとって怖い事とかあるの?」

 俺は調子に乗って色々聞いてみる。


「…。怖いという感情はあまりないね。10万年も生きていると大抵の事は体験済みだ」

「シアンみたいに乗っ取られる事も?」

「…。乗っ取られた事は初めてだ。稀に発生する事は聞いた事があるが、自分が体験したのは初めて」

「やっぱり乗っ取られたらいやだよね?」

「…。もう長い間育ててきた地球だから、取られるのは困るね」

 そう言って肩をすくめ、首を振った。


「じゃぁシアンにはお仕置きしないと」

「…。でも、短期間でそれだけ成長した事は褒めてやりたい」

 微笑むクリス。


「ふぅん、心広いなぁ」

「…。10万歳なので」


 10万……10万かぁ……想像を絶する規模に気が遠くなる。


「これからどうするの?」

「…。今、地球のスクリーニングをやっている。問題なければ再起動して地球に入り、シアンを拘束して落としどころを探りたい」

「了解。では、それまで休ませてもらうね」

「…。このソファーを使ってくれ」

 そう言ってクリスは、ソファーを出現させた。

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