4-8.AIを纏う赤ちゃん

 俺はクリスに声をかけた。

「クリス、グッジョブ! 折角だから、BMIの設置までやっちゃおうか?」


 BMIとは、コンピューターと身体を接続する機器の事、つまり赤ちゃんをAI化してしまおう、というわけだ。

 また麻酔をかけて、一度縫合ほうごうした所をまた切開、となると赤ちゃんにも負担だろう。


「…。そうだね、1時間くらい様子を見て、問題なければやってしまおう」

「了解! 準備してもらうよ」


 俺はエンジニアチームを集め、事情を話す。彼らは深夜にも関わらず、快く引き受けてくれた。

 マーカスが、大きな声で気合を入れてくれる。


「It's a long night! Cheer up, guys!(長い夜が始まる、気合い入れていこう!)」

「Sure!」「Great!」「Yeah!」

 

 俺はBMIフィルムとケーブル、それから頭に埋め込む予定の、AIと電波接続をするトランスミッタを一式そろえ、消毒を行う。

 ついに本番がやってきた。マウスとは違うのだ、これは違法な人体実験、もう後戻りはできない。人類を守るためとはいえ、犯罪は犯罪。バレたら牢屋行きだ。


 消毒する手が震え、俺は目を瞑って天を仰いだ。そして何度か大きく息を吐くと、俺は覚悟を決めた。

 

 エンジニアチームは、各自席につき、忙しく動き始める。


「Deep network No.1 to 15, OK! (AIの1番から15番までは、準備OK)」

「Transmitter connection No.1 to 5, OK! (電波接続の1番から5番までは、準備OK)」

「Oh! data link from No.13 to No.18 is dead! (データ連携の13番~18番が切れてる!)」

「Restart the session No.13! (13番のセッションをやり直し!)」

「No.13 Sir! (13番了解!)」

 :

 :

 

 深夜のオフィスが、にわかに活気づく。

 

 由香ちゃんが丁寧に珈琲を入れ、メンバーに配る。

 クリスはシアンを左手で癒しながら、ゆっくりと珈琲を啜った。

 

 俺はクリスに手術の計画図を見せ、最終確認を行う。

 人間の背骨は35個の骨でできている。そして、その一つ一つから左右に神経が出ているので、合計70カ所に、BMIフィルムを巻き付ける必要がある。

 そして、脳幹の所にもBMIフィルムを、設置しないとならない。

 また、目玉は義眼のカメラに、耳はマイクにそれぞれ換装する。

 それぞれのフィルムや機器から出た配線は、全て頭の所に引き回し、そこからトランスミッタでAIと接続する。

 

 実に非人道的な手術ではあるが、人類の守護者となるために、申し訳ないが赤ちゃんには犠牲になってもらうしかない。

 


           ◇



 準備ができた。シアンのバイタルも安定している。

 俺は静かに眠るシアンをそっと見つめた。

 お人形みたいな小さな手足、時折ピクッと動く可愛い唇。まさに天使である。


「ごめん……」


 俺はそうつぶやいて目を瞑り、そして部屋を後にした。

 メゾネットの上の柵から、下のオフィスのメンバーに檄を飛ばす。


「Let's start the operation! Are you all ready? (手術開始だ! 準備は良いか?)」

「Sure!」「Great!」「Hell yeah!」「Yahoo!」

 みんなの気合も十分だ。

 

 午前2時過ぎ、いよいよAI接続手術を開始する。

 

 新しい手術着に着替えたクリスが、ゴム手袋を付けた手を胸の前に構え、俺が開けた簡易無菌室の入り口を入っていく。


 小さなベッドに、うつ伏せに横たわるシアン。


 いよいよオペの開始だ。


 マウスの時にやった要領で、クリスは背骨の脇にメスを入れ、クリップで切開部を固定し、マニュピレーターの顕微鏡で、神経線維を探す。


 神経線維を見つけたら、周りの膜を切ってスペースを作り、金のナノ粒子溶液を垂らした上で、BMIフィルムをそっと巻き付ける。

 何度見ても、ほれぼれする様な神の技である。太い糸に、数ミリ四方のサランラップを巻くような作業なので、とても俺ではできない。

 

 その上から固定用のテープを巻き付け、BMIフィルムがずれないようにする。

 この段階で一旦止まって、電気処理を入れる。


 画面を見ていたマーカスが声を上げる

「No.1! Create Connections! (1番接続!)」

「No.1 Sir! (1番了解!)」


 トランスミッタからの指示で、BMIのケーブルに電圧がかかり、BMIフィルムの端子と神経線維の間に、微細な金の回路が構成される。

 数分待ってから次の場所に移る。これを80か所繰り返すのである。


 クリスは丁寧に一カ所一カ所切開し、フィルムを巻き付けていく。正確無比のその技はまさに神業だ。

 俺達はモニター画面を食い入るように見ながら、手術の無事を祈った。

 


        ◇



 夜通し手術は続けられ、結局すべての作業が終わったのは、朝の9時過ぎ、外はすっかり明るくなっていた。

 

 最後に接続の確認試験を行う。


 クリスは、シアンの足の指先から、ゆっくりと指先でなでて、部屋の大画面モニターに表示される、神経電位図の変化をチェックした。


「No.1! Check Deep linking! (1番接続!)」

「No.1 Sir! (1番了解!)」


 クリスがなでるたびに、モニターの一部が赤く明滅する。約80箇所全てのエリアで、身体のどこを触っても、どこかが明滅するのを丁寧に確認した。どうやら、うまくいっているようだ。


 マーカスがニヤッと笑って、俺に親指を立てて見せた。

 俺は、メゾネットの柵の所から大声で言った。


「Deep linking Process Complete! (手術完了!)」

「やったー!」「Yeah!」「ヒャ―――――!」「Hi yahoaaa!」

 オフィス中に歓声が響く。


 俺はマーカス達と、次々とハイタッチをしたのだった。

 

 ただ、由香ちゃんは、手術の成功を喜びながらも、やはり人体実験に使われてしまうシアンの事を思い、暗い表情でいる。

 生まれた後に、数時間ではあるが、一緒に過ごした赤ちゃんはもういない。

 あくびをして、ムニャムニャ口を動かしていた、愛くるしいあの赤ちゃんは、もうAIに接続されて動かなくなってしまった。

 由香ちゃんは、手術のために脱がしたベビー服で、顔を覆い、動かなくなった。

 俺は由香ちゃんの隣に座ると、


「大丈夫、シアンは死んだわけじゃない。シアンの心は、ちゃんとあの体の中にあるよ」

「でも……操り人形にされちゃうんでしょ?」

 由香ちゃんは、ベビー服で顔を隠したまま涙声でいう。


「AIの根底の部分は、身体を無視できない、逆にAIを根底で操るのは、本能的な情動であってそれはまだ、シアンの中に息づいているんだよ」

「本当……なの?」


 ベビー服を少しずらし、真っ赤な目で、俺を真っすぐ見る由香ちゃん。


「逆にそれが無かったら、そもそも人体実験なんて要らないんだよ。人間の身体に、AIを接続する事で出来上がる知的生命体、これが深層守護者計画の目標であって、AIの行動も、赤ちゃんの心は無視できないはずだよ」


「なら……良かった……」

 由香ちゃんは少しホッとして、ベッドの上のシアンを見つめた。

 

 すると、


「うぇ、誠さん、これどうすんの?」


 向こうで美奈ちゃんが、ステンレスケースの中を見て、顔をしかめながら声をかけてくる。

 そこには、摘出した赤ちゃんの目玉が入ってる。

 

 ヤバい!

 そんなの由香ちゃんが見たら、卒倒しかねない。


「あー、適当にやるから放っておいて」

 俺は必死に平静を装い、適当にあしらう。


「適当にってどうすんのよ? その辺に捨てるわけには、いかないでしょ?」

「い・い・か・ら、放っておいて!」

 俺は内心イラつきながらも必死に平静を装う。


「何よ! 私には言えないようなこと?」

「いや、そうじゃないから黙ってて!」

「黙れってどういう事よ!」

 美奈ちゃんもヒートアップしてしまう。

 やりあってる俺たちを見て、由香ちゃんが美奈ちゃんの方を見る。


「何ですかそれ?」

「何でもない、見なくていいよ~」

 俺は冷や汗をかきながら、ごまかそうとしたが……


「これよこれ! 目玉」

 美奈ちゃんが、見せてしまう。

 俺は思わず天を仰いだ。この人、致命的にデリカシー足りないと思う。


 みるみる青くなっていく由香ちゃん。


「えっ!! 目玉取っちゃったんですか!?」

 声を裏返らせながら、俺を問い詰めてくる。


「い、いや、目玉はカメラに取り換え……」と、言い訳をする間もなく、

「鬼!! 悪魔!! ひとでなし!!!」

 

 由香ちゃんは、ベビー服を鞭のようにして、俺をビシビシと打ち据え、


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! シアンちゃぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 号泣してしまった。


 オロオロしていると、


「もう! 信じらんない!!」


 ベビー服を俺に思いっきり投げつけ、部屋から走り出て行ってしまった。


 美奈ちゃんは『やっちまった』という感じで、ひどく申し訳そうな顔をしている。


 俺がにらみつけて、あごで『追いかけろ』とドアの方を指すと、


「ちょっとフォローしてくるわ!」


 そう言って、由香ちゃんを追いかけて、出て行った。


 俺は投げつけられたベビー服をひろい、淡くプリントされた可愛いクマさんをじっと眺める。

 冷静に考えれば、由香ちゃんの方が正常だ。狂ってるのは俺たちの方だろう。


 俺は大きく息を吐いて頭を抱える。

 由香ちゃんには改めて、自分たちがやっていることの非道さを、突きつけられてしまった。

 たとえ無脳症であっても、人類のためであっても、人間は一人一人かけがえのない存在である。こんなことはやってはいけないのだ。俺はこの罪を一生背負って生きねばならない。

 せっかく手術が成功したのに、俺は心の底に鉛を流し込まれたような気持ちで、しばらく動けなくなった。

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