3-4.部長決済のスイーツ

 マウスが手術から回復したのを見計らって、いよいよAIとの本格的な接続準備を開始する。

 前回、単純な接続については確認済みではあるが、本格的に飛んだり跳ねたりが自由にできる状態かどうか、を精査していく。

 

 オフィスにマーカスの檄が飛ぶ。

「Hey Guys! Let's start the operation! (お前らやるぞ!)」

「Yes sir!」「Yes sir!」「Yes sir!」

 みんな気合十分である。


 それを見届けると、マーカスは特注の高級ネットチェアに、ドスンと座り、キーボードで何かを高速に打ち込んだ――――


 流れる出力を見届けると、


「No.1! Check Deep linking! (1番接続!)」と、エンジニアチームに向かって叫んだ。


「No.1 Sir! (1番了解!)」

 コリンは大声でそれに答え、キーボードをチャカチャカ叩きながら、複数の画面をあっちこっち見ている。

 

 オフィスには、大画面モニタを3つ、メゾネット上階の手すりの所に配置している。

 ここには、主要なステータスを常時表示しているので、状況が良く分かる。

 マウスの生命安全度バイタルや、筋肉への運動信号の強度マップが表示され、触覚や視覚、聴覚などのモニタリングもできる。なんだかアニメに出てくる科学基地みたいだ。

 心臓の鼓動に合わせて、ステータスは波打つように変化しており、マウスがしっかり生きている事を感じさせてくれる。

 

 一番左の画面上では、ステータスバーが点滅しながら伸びている。

 どうやら、今の接続確認工程が進むたびに、このステータスバーが伸びるようだ。

 

 順調に伸びていたステータスバーだが……急に止まってしまった。

 同時にマウスのステータス表示が、急に乱れはじめた。

 嫌な予感がする。


「No! No! Stop!!!」

 デビッドが立ち上がって叫んだ。

 

 と、次の瞬間、全部の画面が急に真っ赤になり『WARNING!!!』のサインが明滅する。


 ビーッ! ビーッ!

 

 非常音もあちこちから鳴り響く。

 

 

 慌ててマーカスが

「Stop Deep linking! (停止!)」と、コリンに向かって叫ぶ。


「Stop Sir! (停止了解!)」

 コリンも慌ててキーボードを叩き、リカバリに努める。


 クリスも、急いで走ってマウスの方へ行ってしまった。

 一発目からいきなり緊急事態である。


 オフィスに緊張が走る。


 俺は両手で顔を覆い、ソファーにドスンと身を沈めた。

 やはり、そんな簡単な話ではないのだ。


 マーカスが、マーティンの方に走って行って、何か深刻そうに相談している。

 どうやら、筋肉に行くはずの信号が、内臓に向かっている神経に流れてしまい、出てはいけない分泌物が多量に分泌され、生命安全度バイタルが乱れたらしい。


 生体とのリンクは、強引につないだものだから、どうしてもこの手の混線が避けられない。

 そして、混線はBMIのフィルムの中の、極微細な配線の中にあり、もはや手が付けられない。つまり混線は直せない。


 その配線を使わずに、筋肉を動かさないとならないが、他のルートを探すのも慎重にしないと、マウスが死んでしまう。


 みんな必死で解決策を探しているが、簡単な解決策などない。

 ここまで難しいとは……。

  

 1時間ほどして、ようやくマウスの生命安全度バイタルが落ち着いてきた。


 エンジニアチームは、会議テーブルで善後策を議論しているが……やはりそう簡単ではないようだ。


「That's That! (しかたないだろ!)」

「No! No!」

「I don't give a shit!(知らねぇよ!)」


 みんなちょっとイライラしてきている。

 ピリピリした雰囲気がオフィスを包む。


 俺がハラハラしていると、


「誠さん、何してるの! こんな時こそあなたの出番よ!」

 美奈ちゃんが、ひそひそ声で珈琲セットを指さす。


 確かに、ちょっとブレイクを入れた方がよさそうだ。

 俺はさっそく、珈琲の豆を挽き始めた。

 珈琲豆は、ふんわりと香ばしい芳醇な香りをたてながら、砕けていく。

 

 俺は珈琲の香ばしい豊かな香りをゆっくりと吸い込み、心を落ち着けた。

 そして、細心の注意を払って丁寧にドリップし、美奈ちゃんに渡す。


 ちょっとヒートアップ気味だったみんなも、美奈ちゃんから珈琲を受け取ると、笑顔を見せた。

 笑顔は問題を解決する。厳しい局面でこそ心の余裕が大切なのだ。

 

 珈琲が功を奏したのか、この後、混線の回避手法が開発された。

 事前に微小電圧で混線具合のマッピングを取っておく事で、クリティカルな配線を封印できる事が分かったのだ。

 これで何とか副作用なく、筋肉を動かす事ができるようになった。


 しかし、最初の接続テストからこんな感じなので、長期戦が予想される。


「誠さん、買い出し行くわよ!」

 美奈ちゃんがそう言って、俺の手を引く。


「え? 何買うの?」

 俺がぬるい返事をすると


「バカねぇ、腹が減っては戦ができないって言うでしょ? お昼買ってきてあげなきゃ!」

 呆れたように言う。

 確かに、もう午後2時近くなのに、皆必死で、お昼を食べるような雰囲気じゃない。


「なるほど、行こう!」

 

 二人でコンビニに行き、適当にパンやおにぎり、サンドイッチをカゴに詰め込んでいく。

 食べ物をたくさん買い込むと言うのは、実に楽しい。普段は散々選んで一つ買うだけなのに、気になる物手あたり次第買えるのだから、素敵なエンターテインメントである。

 鼻歌まじりに次々とカゴに入れていると、美奈ちゃんが、高級そうなショコラを、さり気なくカゴに入れるのを見つけた。


「え? スイーツも買うの?」

「それは私のよ!」

 そう言ってニコッと笑う。

 値札を見ると1100円もする。


「いやいや、ちょっと高すぎないこれ?」

「100億もある癖に、何ケチってんのよ!」

 逆ギレである。


「いや、これ、経費で落ちるのかなって……」

「総務経理部長は私で~す。部長決済で通しま~す!」

 いたずらっぽい笑顔で、嬉しそうに言う。


 職権乱用だとは思うが……まぁ長丁場だし、仕方ないかもしれない。


「じゃ、俺の分も……」

 俺が棚のショコラに手を伸ばすと……


 Flickピシッ


 俺の手を叩く。

「ダメで~す! 男性の方は経費になりませ~ん!」


「え!? 男女差別反対!」

「うちの会社は赤字で~す! 経費節減!」

「いや、100億もある、って自分で言ってたじゃん!」

「つべこべ言わないの! 私の一口あげるから」

 そう言ってウインクする美奈ちゃん。


 しかし、社長が女子大生に言い負かされるわけにはいかない。

 ここは断固抗議をして、威厳を取り戻さなくてはならない。


 俺が決意を固めていると、美奈ちゃんは首をかしげ、俺を見上げるようにして最高の笑顔で言った。

「ねっ♡」

 俺は彼女のあまりの可愛さに、脳髄に衝撃が走るのを感じた。そして、本能が勝手に白旗を上げた。


「わ、分かったよ、一口ちょうだいね」

 俺はそう言うと、負け切った表情で、手をさすりながらレジへと向かった。


 あらがいがたい、この謎な彼女の強さは何なのだろうか。


 女子大生ってみんなこんなに強いのだろうか……、女性との交流が乏しかった俺にはさっぱり分からない。


 人間を知るというのは大変だぞ、これは……。

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