Data.218 弓おじさん、衝突する力と力

「いくつもの死闘を演じながら、ミラクルエフェクトをここまで温存していたとは……。やはり、彼らの中で最も未知数なのはアンヌマリー・ゴスノワールだったというわけですね」


 ノルドがつぶやく。

 最強ギルド『VRHARヴァルハラ』とて、すべてを知っているわけではない。

 弱体化されたことによりチャリンに挑むプレイヤーが増えた反面、見ていて面白い戦いは減った。

 また、同時に行われる戦いの数が増え、初期街の噴水広場に設置されたモニターでは画面を分割してもすべてを映すのが難しくなった。

 以上の理由から終盤戦はモニターが撤去されており、外部のプレイヤーが戦闘の結果を知るのは難しい状況になっていた。


 アンヌは動画も上げておらず、ソロなので一緒に戦ったプレイヤーが情報を漏らすということもない。

 ミラクルエフェクトを所持しているという情報は、まさに彼女とチャリンだけの秘密だったのだ。


 そして何より、VRHARヴァルハラはアンヌを大して評価していなかった。

 ゆえに情報収集も大して行ってはいなかった。

 『幽霊組合ゴーストギルド』への加入を志願したプレイヤーは大勢おり、その中には実績あるプレイヤーもいた。

 VRHARヴァルハラの合理的な戦力分析による予想では、そういったすでに結果を残しているプレイヤーが4人目に選ばれる確率が高いという結果が出ていた。


 しかし、予想は外れた。

 ゴーストフロートでわずかとはいえアンヌと戦ったノルドも、彼女に選ばれるだけの実力があるとは思えなかった。

 実際、あの時のアンヌはノルドにいいようにあしらわれただけだったので、その判断は間違っていない。

 恐るべきは……彼女の成長速度なのだ。

 本選に入って以降、ノルドはアンヌに対する認識を大きく改めていた。


「ちょいちょ~い、ノルドちゃ~ん! なんか俺たちもふわふわしだしたんですけど! どうなっちゃってんのぉ~!?」


 パーティの1人であるグリムカンビが手足をバタバタさせている。

 彼の言うようにVRHARヴァルハラの4人もまた空中に浮かぶ小さな地球の重力に引き寄せられていた。


 先に浮かび上がっていたキュージィたちは地球に着地し、自転によってちょうどノルドたちから見えない地球の裏側へと行ってしまっている。

 攻撃を仕掛けるなら、ノルドたちも地球に乗り込むという選択肢もあるが……。


「エッダさん、僕らを地上に固定してください。キュージィ氏を警戒するなら接近して攻撃を仕掛けるのがセオリーですが、あの足場は敵のミラクルエフェクトによって生み出されたもの……。決して相手の土俵で戦わないのが戦いのセオリーです」


「了解、了解、りょうかーい!」


 手を挙げたのはパーティの1人で『おしゃべり』の異名を持つエッダ。

 小柄な体に似合わない分厚い本を武器とし、先端にポンポンが付いた三角形のナイトキャップ、そして肌触りの良さそうなゆったりとした服を着ている。

 眠たくなりそうな要素が満載だが、彼女自身の目はカッと見開かれ、直視されると本能的に目をそらしたくなるくらいの目力がある。


重力の呪文グラビスペル!」


 エッダの周囲に重力場が発生し、浮き上がりかけたノルドたちの体を地上に固定する。

 これでとりあえずは地球に引っ張られることはなくなった。


「破壊するか……?」


 パーティの1人であるスカルドは、背丈以上の大剣を抜きノルドに尋ねる。

 筋肉質な体でありながら、どこかスマートさを感じさせる細マッチョの男だ。

 いつも口元から足首まで覆えるボロ布をまとい、最低限のことしかしゃべらないワイルドさが魅力と本人は言っている。


「……いや、やめておきましょう。あれが本物の地球を再現した物ならば、割って出てくるのはマグマです。重力の影響で動きが制限される中、そんなものに降ってこられたら少々厄介です」


「なるほど……。では、どうする……?」


「地球の真下にいては選択肢が限られる……。しかし、真下から逃れると地球の裏側……位置関係的にはこのフィールドで一番の高所にいるキュージィ氏に狙い撃たれる……」


「私が飛んで上にいる人たちを叩き落してくる? ねぇ? どうする?」


「……そうですね。向こうもあの地球を見た時、心底驚いた顔をしていました。落ち着かせる間を与えないためにも、牽制をお願いします。無理する必要はありません。少し揺さぶるだけで構いません」


「よし! よし! よっしゃ! 飛行の呪文フライスペル! お星さまにひとっとび……あ? お? ん~? なんか、めっちゃ近くなってない?」


 彼らがその違和感に気づいた時、すでに地球は加速していた。

 それも地上に向けて……!

 星の裏側からアンヌの叫び声が聞こえる……!


「あれあれあれ!? この地球さんはどうやって制御するんでしょうか!? 存在を隠すことに必死で練習とか全然してないんですよ~っ!!」


 浮かび上がったばかりの小さな地球は地に落ち、ド派手に砕け散った!!




 ◆ ◆ ◆




「う、浮雲の群れ!」


 地球が地面に衝突する直前、俺はみんなの足元に雲を作った。

 【浮雲の群れ】の同時に9個の雲を生み出せる効果が、移動以外の役に立つのは珍しい。

 これでとりあえず自分たちのミラクルエフェクトで全滅という永遠に語り継がれそうな敗北はなくなったわけだが……。

 お相手さんが地球の落下で全滅したという素晴らしい勝利は……あるかな?

 いや、流石にそれは……。


「あ、ほ……ほんとに!?」


 相手パーティの1人、スカルドというプレイヤーがアンヌによって撃破されたというアナウンスが流れた!

 えっと、確か大剣を持ってた細マッチョマン……だったかな?

 彼は見るからに接近戦が得意なアタッカーという感じだったし、ここで落とせたのはデカすぎるぞ……!

 もしかして、それ以外のプレイヤーのアナウンスも……。


「……来ないか。来るぞ!」


 土煙の中から無数の黒い弾丸が飛来する!

 これは二丁の銃を使うノルドの攻撃……!

 弾丸が発射される位置は複数あり、これではどこにノルドがいるのかわからない!

 だが、やみくもに地上に降りるのも危険だ!


 弾丸に矢を当てて相殺し、土煙が晴れるのを待つ。

 出来ればスキルで一気に土煙を吹き飛ばしてしまいたいが、みんな弾丸から身を守るのに必死でそこまで気が回らない……!


 その時、土煙の一部がブワッと大きく舞い上がり、中から無数の紙切れが飛んで来た!

 これも攻撃なのか……!?


「とう! とう! とーう!」


「なっ!?」


 紙に紛れていつの間にか接近していた少女がネココに3発の蹴りを食らわせる!

 だが、ネココはその3発の蹴りをすべて受け流した!


「私の蹴撃の呪文キックスペルを見切るなんて……。すごい! すごい! すごい! 拳撃の呪文パンチスペル!」


 今度は拳による一撃がネココの腹に入る!

 彼女は武器や防具から察するに、敵パーティのエッダという少女のはずだが、見た目が少し変わっている。

 髪が金色に染まり、耳が長く伸びて先端がとんがっている。

 まるで……エルフだ!


「ぐぅ……ッ!」


 体勢を崩したネココが雲から落下する!


「ネココ! くっ、マズイ……!」


 エッダに意識を持っていかれたせいでノルドから放たれる銃弾への対応が遅れた!

 足場の雲が撃ち抜かれ消える……!

 体をカスる弾丸がHPを削る……!

 も、もう一度【浮雲の群れ】を……。


「いや、地上に降りる!」


 【浮雲の群れ】の雲に防御効果は一切ない。

 それを足場にしていても、ノルドからすればいい的だ。

 地上には【母なる地球マザーアース】の大きな破片がいくつも散らばり、身を守る障害物は豊富にある。

 幸い、星の中にマグマは入っていなかったので、降りたらヤバイ場所というのも存在しない。


 さらにエッダがネココと空中で戦い、ふらふらと俺たちから離れたところへと移動していく。

 つまり、足元にいる敵はノルド、グリムカンビ、彼らのユニゾンであるでっかいカバだけ!

 こちらは俺にガー坊、【絆の三位一体ユニゾントリニティ】を発動させ3体のユニゾンを連れているサトミ、そしてアンヌがいる!


 ユニゾンのカバは未知数だが、結局のところ敵は銃と笛の使い手。

 そこまで単発火力が高いタイプではない。

 こちらの数とパワーで押し切るのは決して悪い作戦ではない……!


 逆に俺だけさらに上空に上がって高所から狙撃をしようかとも思ったが、そうすると先ほども触れた【母なる地球マザーアース】の大きな破片が邪魔になる。

 ノルドほどのプレイヤーなら、常に障害物に身を隠しながら戦うことも出来るだろう。

 結局、リアルもゲームも狙撃への対応は隠れるのが一番というのは変わらない。


 だから、あえて地上に降りる。

 地に足つけて、ある程度距離を取って行う射撃戦ならエイム力の差で俺に分がある!


「これくらいの攻撃なら、落ちながらでも相殺でき……」


 意を決して落下を始めた俺たちを待っていたのは、さらに激しさを増した弾丸の嵐だった。

 ノルドは本気を出していなかったのだ。

 あえて相殺できる程度の弾丸を放ち、これくらいならば地上に降りることも可能だろうと思わせ、落下を誘ったのだ。


 もし最初から激しい射撃を行えば、俺たちは一旦退却していただろう。

 俺には【ワープアロー】があるし、サトミも筋斗雲で飛行が出来る。

 ガー坊は飛べないが、前方に突進する効果を持ったスキルである【ストレイトダーツ】を連続で発動すれば、落下しながら前に進む疑似的な滑空状態になれる。

 唯一アンヌだけは逃げるのが難しいが、彼女1人ならば撃ち抜かれて消える前の【浮雲の群れ】を急いで渡って移動することが出来たかもしれない。


 だが、一度銃弾の嵐に飲まれた後に全員で脱出するのは不可能だ!

 とにかく自分の身を守り、地上へ……!

 いける、案外いけるって考えるんだ!

 そう思うとほら、案外相殺できるぞ!


「いや! これは……!」


 この無差別攻撃のように思われた弾丸の嵐は……アンヌを狙っている!

 弾丸の6割ほどはアンヌをずっと狙っているんだ!

 俺とサトミに飛んで来ていた弾丸など、残りの4割!

 1人に対してはそれをさらに半分にした2割程度……!

 乱射技をここまで制御できるとは……!

 いくら耐久面に優れ、トゲ鉄球を盾のように使えるアンヌでもこれは厳しい……!


巨人たちの夜明けの星ジャイアントデイブレイクスター!」


 なるほど、鉄球を大きくすれば盾としての性能は上がる!

 これなら弾丸を防げる……!

 俺はそう思っていた。


 しかし、アンヌは自分の身をかえりみず、その朝焼けのように輝く巨大鉄球を地上に向けて投げつけた!

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