Data.50 弓おじさん、画面の前で

 朝……。

 ベッドから起き上がった俺は、顔を洗ったり歯を磨いたりと身支度を整えた後、簡単な朝食を用意してPCの前に座った。

 予告されていた3日が過ぎ、ついにイベントの情報が明かされる時が来たのだ。

 公式サイトや動画サイトで生配信されるということなので、今回はゲーム内で見るのではなくリアル世界で画面を通して情報を受け取るとしよう。


 ちなみに時間は午前7時!

 真のゲーマーには健康的過ぎるな。

 俺の場合はまだ朝起きるクセが抜けてないから良かった。


「まだ少し時間があるし、なんか動画でも見ようかな」


 俺は生配信をいつも愛用している動画サイトで見ることに決めている。

 配信開始までのしばしの間、一般の人のチャンネルでも漁るとしよう。

 最近は個人で所有できるPCやら撮影機器、その他もろもろの性能も上がって、みんな綺麗で凝った動画を上げている。


 働いていた時は他社ゲームのPVをチェックしたり、動物動画で癒されていた。

 辞めてからはもっぱら自分でゲームを遊ぶばかりなので、あまり見ていなかったな。

 どうせならゲーム関係のチャンネルをチェックしてみるか。


 GrEed SpUnky CHAnNels

 チャリンちゃんチャンネル/メダリオン・オンライン公式

 ハタケさんの畑

 MacocoTV

 NecocoTV

 正道騎士団の砦

 ドロシィの魔法研究所

 新生!グローリア戦士団!

 アラン・ジャスティマ/Alain Justima


 ゲーム関係だけでも数えきれないほどのチャンネルがあるな……。

 それに聞いたことがある名前のチャンネルもあるぞ。

 特に『ハタケさんの畑』ってなんだ……?

 興味を惹く作戦にまんまと引っかかっている気がするが、確認してみよう。


 ……とりあえず、ハタケさんが農作業をしているチャンネルではなさそうだ。

 そりゃ、ゲームのチャンネルで検索かけてるからな。

 内容的には仲間で集まってわいわいやるチャンネルのようだ。

 なんか元ネタあるのかな『~の畑』って。

 彼の性格上、語感と意外性だけで名付けた可能性もあるから侮れない。


 ネココのチャンネルもあるな。

 プロゲーマーと一言でいっても、大会に出て賞金を稼ぐタイプと動画投稿や配信で稼ぐタイプがいる。

 彼女の場合は後者か。

 動画一覧をさかのぼってみると、さほど動画の数が多くないことがわかる。

 やはり新進気鋭のゲーマーのようだ。


 あ、俺をキルしたバトロワの動画があるぞ。

 結構伸びてるなぁ……。

 俺も彼女も後に知名度を上げたから、見に来る人も多いのだろう。


 それにしても、VRゲームの動画ってどうやって撮影するんだ?

 俺をキルした動画に関してはネココの一人称視点だし、プレイヤーの視点をそのまま動画に出力できるのだろうか?

 だとしたら、プレイ中も視線の動かし方に気を配らないといけないな。

 あんまりぐるぐる視点を動かすと見てる方は酔ってしまう。


 俺も動画はあげてみようかなぁと思いつつ、遊ぶのが楽しくてやってない。

 ただ丸上げなら簡単だが、編集まですると手間がかかりそうだ。

 ゲーム動画を投稿する際のセオリーも学んでないからな。

 まあでも……貯金があるとはいえ収入源があるとさらに良いし、前向きに事を進めていかないとなぁ。


 さて、ネココのチャンネルと似た名前の『MacocoTV』というチャンネルがある。

 これがウワサの叔母様か?

 ……かなり年季の入ったチャンネルだ。

 動画の数もかなり多い。


 おおっ、今となっては手に入りにくい本物のレトロゲーの実況があるじゃないか。

 俺が作ってたのはあくまでレトロゲーの雰囲気を再現したもので、ところどころ現代的な便利機能が備え付けてある。

 本物のレトロゲーは良く言うと粗削り、悪く言うと理不尽だ。

 技術的な問題もあるが、なにより作ってる側は何度も遊んで上手くなってしまっているから、どんどん歯ごたえを出そうと難易度を上げていく。

 すると、無垢な子どもたちの手元にとんでもない難易度のゲームが届くことになるのだ。


 最近はチュートリアルを充実させ、細かい難易度選択や使ってもデメリットがないお助けアイテムとかを配置してユーザーに配慮している。

 それをぬるくなったというヘビーユーザーもいるが、俺はそれでいいと思う。

 まったくゲームに触れたことがない人とか、ゲームに時間をかけられない人にも遊んでもらわないと衰退していくだけだからな。


 これは別にヘビーユーザーをないがしろにしてるわけではない。

 むしろ信用しているんだ。

 あなたたちは文句を言いつつ、そう簡単にゲームを見捨てない……と。

 まあ、最近はそういう人たちを満足させるために高難易度モードを搭載しているゲームも多い。


 これは新規に優しくするのと両立できる。

 初心者が高難易度モードを遊んでクリアできなくても、『当然だな』で割り切れるからだ。

 ノーマルクリアができないとなると不満もたまるが、『鬼』とか『超』とかをくっつけて難しいアピールしておけば出来なくても納得してくれる。

 これは上手い作戦だと思った。


 ……また悪いクセで妄想の世界にいってしまった。


 このチャンネルはレトロゲーの実況をしばらく続けた後、やや間を開けてVRMMOの動画を上げ始めている。

 ネココが憧れているのだから、当然VRゲームはやっていると思っていたが、確かにここから人気が出始めている。

 悲しいがレトロゲー実況と再生数が段違いダンチだ。

 そのゲームの名前は……。


『じゃじゃーん! NSO公式チャンネルの生放送が始まるにょん!』


「うわっ!?」


 2窓で開いておいた生配信のページから急に音が出てビビった……。

 たまにやるんだよなぁ、こういうの。

 というか、開始の挨拶はそれでいいのか? 結構雑じゃないか?

 語尾はそれでいいのか?


『知ってる人は知っている! でもきっと知らない人の方が125倍ほど多いと思う! メダリオン・オンラインの……いや、この場では話題の人工知能アイドルのチャリンだにょん!』


 開くページを間違えたか……。

 いや、そんなことはない。

 ここがNSOの公式チャンネルだ。


『口走ってしまったように、私は本来別のゲームのアイドル兼マスコット兼宣伝部長なんだけど、ソロでアイドルとしても活動してるから、今回はそっちの方で『Next Stage Online』さんとコラボさせてもらう運びとなったにょん』


 なるほど、時間を置くと言った割に早めにイベントをぶっ込んできたと思ったら、他社との兼ね合いがあったのか。

 流石に前回のイベントでちょっと揉めたのでコラボを延期してくださいとは言えない。

 身内ならまだしも他社には……!


 それにしても、画面に映るのは独特な雰囲気がある女の子だ。

 長い金髪ツインテール、金属の丸いメダルをあしらったアクセサリーの数々、幼い顔だちに不釣り合いなスタイル……。


 そして何より、彼女はNSOのNPCたちとは一線を画した高性能AIだ。

 人と変わらぬ思考能力と、人を上回る計算処理能力を持つ。

 以前は最新技術ということで各企業の話題作りにたくさんの人工知能が生み出されたが、昨今は予算やもろもろの問題で新たに作られる人工知能の数は減っている。


 科学技術の発展が生んだ新たな種族。

 人類がついに踏み入れてしまった領域。

 かつて夢見たSF上の存在……なのだが、彼女がそう見えないのはキャラ付のせいか。

 彼女を作った人の趣味が古臭いような……。主に語尾とか。

 だが、おかげでかなり親しみを感じる。


『私の話はこれくらいにして、みんなが知りたいイベントのお話をするにょん! まずはこちらをドーン!』


 現れたのはザックリとしたゲーム世界『ネクスタリア』のマップ。

 その中に光のピンが打ち込まれている。

 数にして12個だ。


『イベントの名前はズバリ! 黄道十二迷宮ゾディアック・メイズ! 名前こそ大げさだけど、簡単に言うとスタンプラリーみたいなものだにょん! 各地に出現する12のポイントをめぐり、試練をクリアしてメダルを受け取ればいいにょん!』


 画面にイベントの詳細が表示される。

 『黄道十二迷宮』といってもすべての試練がダンジョン攻略ではなく、中にはミニゲーム的な遊びも含まれているらしい。

 詳細はその試練のポイントに行ってからのお楽しみとのこと。


 ただ、ヒントは与えられた。

 各地のポイントには十二星座の名が付けられている。

 試練もまた星座由来のものになる……と。


『ちなみに試練を良い成績でクリアすると、メダルの他に追加でご褒美があるにょん! それはイベントの記念アイテムみたいに後々使い所に困るものじゃなくて、本来NSO内で入手できるけど、入手難易度が高くてなかなか手に入らないアイテムだにょん!』


 ゲーム内で手に入るけど、手に入れるのが難しいアイテムをくれるってことか。

 このイベントの企画も彼女が考えているのだろうか?

 だとしたら、かなり確かなユーザー目線を持っている。

 ユーザーからすればレアアイテムが一番嬉しいご褒美だからな。


『さらにさらに! 12の試練をくぐりぬけ、12のメダルを手にしたプレイヤーには、最後の試練に挑む権利が与えられるにょん!』


 マップのほぼ中央が新たに光る。

 そして『サーペント・パレス』という文字が表示される。


『12のメダルを持つ者はサーペント・パレスで私との最終決戦だにょん! 私に勝った暁には、装備することで特別な力を発揮するメダルをプレゼントだにょん!』


 彼女、戦いもできるのか。AIってすごい。

 それにしても、内容が多すぎるな。

 12の迷宮+最後の試練だと、よほどイベント期間が長くないと遊び尽くせない。

 俺みたいにゲームだけやってるならまだしも……。


『イベント期間はかなり長めに設定してあるから、のんびり挑むといいにょん。難しいと思ったら他の試練を先にやったり、イベントとは関係ない場所を冒険して鍛えるのもアリにょん』


 やはり、彼女はわかっているな。

 アイドル兼マスコット兼宣伝部長と言っていたが、ゲームの運営もやってるんじゃないか?

 いきなり出てきた時は失礼ながら『なんだこいつ!?』っと思ってしまったが、今ではイベントが楽しみになってきた。


『詳細を確認したい人は公式サイトをチェックだにょん! まあ、シンプルなイベントだからほぼほぼ説明はできたにょん! この後はゲーム内特設ステージでコンサートだにょん! 配信もするから是非見てほしいにょん!』


 言われた通りにコンサート配信を見つつ、イベントの戦略を練るとするか……って、そもそもイベントの開始はいつなんだ?

 説明はわかりやすかったが、結構肝心な情報を言い忘れてないか?

 チャリンはすでに歌い始めている。

 AIも完璧じゃないし、いろいろ大変なんだなぁ……。


 とりあえず、公式サイトの更新を待つとしよう。

 彼女が言うのを忘れてしまっただけで、まだ開催時期が決まってません……なんてことはないだろう。

 流石に、きっと、たぶん……。

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