孤軍の章

Data.21 弓おじさん、戦の前

 『天下三分の陣取り合戦』。

 それが今回のイベントの名前だ。

 バトルロイヤルは俺が参加したものの前にも何度か行われたことがあるらしいが、今回は完全新規のイベントだ。

 それだけにベテランもルーキーもドキドキしていることだろう。


 そんな陣取り合戦に参加するには、事前の申し込みが必要になる。

 俺も少し前に公式サイトから申し込みをして、今さっき所属チームが記載されたメールが来た。

 赤い猪のエンブレムを持つ『レッドボア』が俺のチームのようだ。

 他には青い鹿のエンブレムを持つ『ブルーディアー』や、緑の蝶のエンブレムを持つ『グリーンバタフライ』がある。


 猪鹿蝶がモチーフだなんて変わってるな。

 一応このゲームは和風要素もあるとはいえ、大体は王道西洋ファンタジー要素で埋められているのに。

 まあ、カッコいいからいいか。

 イベント中、エンブレムは装備の見えるところに貼らなければならない。

 敵が敵、味方が味方とわかりやすいようにだ。


 俺は『風雲の羽織』を装備して参戦する予定なので、背中にデカデカと配置しよう。

 羽織の背中に何か描いてあると雰囲気出るよね。

 ちょっと空色の布地に赤い猪は合わないけど。

 いや、ちょっとどころじゃないか。

 地上を駆けるザ・ケダモノの代名詞と大空は合わんな。

 でも……これも良しとしよう!

 ちょっとくらいエンブレムの配置がダサくたって戦力には影響しない。


 それより気になるのは『ギルドでの参加』という項目だ。

 オンラインゲーム初心者の俺もギルドくらいはわかる。

 プレイヤーたちが自主的に作ったチームだ。


 ものによって目的は様々だが、基本的に同じ志や理念を持つプレイヤーが集まってギルドを作る。

 気の合う仲間が集まることでゲームはより楽しくなる。

 コミュニケーションツールとしてもそうだし、イベントやフィールド探索、クエスト攻略も仲間がいればやりやすくなるだろう。

 ギルド専用チャットがあったり、ギルドのエンブレムを作れたり、拠点を持てたりとシステム上の利点も多い。


 なら、なぜ俺は入らないのかって? 

 ハッキリ言って人間関係がめんどくさい。

 オンラインゲームと言っても向こう側にいるのは生身の人間。

 その人たちと集団でいろんなことを行うとなれば、それは仕事に近くなる。

 今みたいに自分だけ良ければそれで良いとはならない。


 ○○さんがイベント進んでないし手伝わないと……。

 ○○さん最近ログインしてませんけど、何かあったんですか?

 ○○さんがいないからって、みんなで悪口大会なんて陰湿だ……。


 あぁ、やめよう。

 これ以上妄想を広げるのは……!


 ただ、一概に妄想と言い切れないのもゲーム界隈の怖いところだ。

 エンジョイ勢の集まりだとそんなことはないかもしれないけど、プロゲーマーのチームとなるとギスギスも多いらしい。

 プロを名乗ればゲーマーチームもスポーツチームと変わらない。

 成績が低迷すれば空気も悪くなるだろう。


 そういう人間関係を嫌って最近ではチームや決められたスポンサーに頼らないフリーのプロゲーマーもいるらしい。

 大会の賞金や動画サイトの広告収入、新作ゲーム宣伝の案件などなどで金を稼ぎ、場合によっては何らかの事情でメンバーが欠けたプロチームに助っ人として大会に参加。

 チームを引っ張って優勝させて、賞金の大半を報酬としてかっさらっていく人もいるとか。


 免許も必要ないプロゲーマーは名乗ればなれるが、叩き上げのスキルがなければ安定しない職業だ。

 でも、そういうアウトローな生き方ってカッコいいよなぁ。一匹狼って感じだ。


 俺も名乗ろうかなプロゲーマー。仕事してないし。

 実際、理屈はわからないけど弓に関しては妙にスキルがある。

 天から与えられたものか、偶然の噛み合いなのか……どちらにしろ、これからもありがたく使わせてもらおう。


 反射神経もゲームを始めた頃に比べればマシになっている。

 やはり、厳しい環境に身を置くと人間は成長するようだ。

 何歳になっても……な。


 プロゲーマー長井弓児、またの名を……。


 いや、何一人で妄想の花を咲かせているんだ。

 俺はあの3位に終わったイベントの悔しさから、今度のイベントはもっといい結果を残そうと戦略を練っていたはずだ。

 本題に戻ろう。

 『ギルドでの参加』についてだ。


 ギルドで参加すると、そのメンバー全員が同じチームに配属されるようになっているのだ。

 つまり、100人のギルドがいれば100人まるまる同じチームだ。

 もちろん、それを考慮した上で全体の職業や人数のバランスはとるらしいが、結論から言えば大ギルドが味方にいた方が有利だ。


 デカいところには有能な人材が集まる。人間社会の摂理だ。

 それにこれは陣取り合戦なので、ある程度大人数で統率の取れた行動が必要とされる。

 大ギルドがいれば中小のギルドの寄り合い所帯よりは上手く機能するだろう。

 あくまで俺の妄想……じゃなくて予想だけど。


 さて、肝心の『陣を取る』とはどういうことなのか確認しよう。

 まず陣は『砦』のことだ。

 マップの中にほぼほぼ均等な間隔を開けて30個の砦が配置されている。

 初期の状態では各陣営10個の砦を有していて、それを奪い合って1週間戦う。


 奪うにはまず砦の中からその砦を有する陣営のプレイヤーをすべて排除しなければならない。

 その後、他陣営のプレイヤーが砦内にいる場合、その砦は中にいるプレイヤーが所属する陣営のものになる。


 簡単に言うと『全員追い出して乗り込めば勝ち』なのだ。


 しかし、本拠地と呼ばれる場所だけは違う。

 ここだけは敵を追い出そうが追い出すまいが、内部に配置されている『コアクリスタル』を破壊しないと占領できない。


 そして、本拠地を占領された陣営はその時点で全滅し、確保していた砦はすべて『コアクリスタル』を破壊したプレイヤーが所属している陣営のものになる。

 そうなった場合はほぼゲームエンド。

 三つ巴の戦いで一つの勢力の陣地をすべて取ってしまえば、バランスはもう戻らない。


 本拠地だけは占領されてはならないのだ。


 結論!

 攻める時は全員追い出して乗り込め。

 守る時は逃げ出さずその場にとどまれ。

 本拠地は占領されたら終わり。


 他にも細かいルールはあるが覚えられん!

 実際にイベントを楽しんでいれば覚えるだろう。

 なにはともあれ、本番は明日だ。


 バトロワも初イベントにしてはよく頑張ったけど、今回はもっといい結果を残したいものだ。




 ◆ ◆ ◆




『天下三分の陣取り合戦に参加されるプレイヤー様にご報告します。100秒後にイベントマップへとワープします。装備の確認などはお早めに』


 バトロワの時も聞いた音声が頭の中に響く。

 例に倣って装備とステータスを確認しておく。


 ◆装備

 頭部:風流の襟巻

 右手:風雲弓

 左手:(風雲弓)

 両腕:森の賢者の拳

 胴体:風雲の羽織

 脚部:風受の袴

 両足:雲渡の足袋

 装飾:―、―、―


 これを見たプレイヤーは誰もが指摘したくなるだろう。

 「どうして両腕は風雲装備じゃないの?」と。

 理由は簡単、ゴリラの拳の武器スキル【ブラックスモッグ】を使いたいからだ。


 陣取り合戦は間違いなく集団戦になる。

 それも十人や百人の規模ではない。場合によっては千を超えるだろう。

 そんな敵の軍団にクソ……じゃなくて【ブラックスモッグ】を投げ入れるとどうなるか……。

 悪魔的な妄想が頭を支配して離れないのである。


 しかも、今の俺には【風雲一陣】もある。

 【ブラックスモッグ】をばらまいた後に、風でそれを遠くに飛ばすなんて鬼畜の所業も可能……。

 やってみたい。心の中のいたずらっ子が叫んでいる。

 ほぼ確実にネットに晒されそうだが、これはゲームが用意したスキルを上手く組み合わせただけだ。

 悪いことはしていない。自信を持て……!


 次にステータスも確認しておこう。

 第2職は初期職に比べてレベルが上がりにくくなっているが、クラスチェンジから短期間でこれなら十分だろう。


 ◆ステータス

 名前:キュージィ

 職業:弓使いアーチャー

 Lv:12/30

 HP:105/105(+30)

 MP:145/145(+70)

 攻撃:180(+150)

 防御:131(+115)

 魔攻:20

 魔防:147(+135)

 速度:102(+80)

 射程:400(+180)


 すべての装備とスキル【弓術Ⅴ】のプラス分を加えた数値だ。

 射程極振りしてるだけあって射程が突出しているが、他の数値も装備のおかげで悪くない。

 まあ、極振りしているのは俺の勝手で、運営さんが空気を読んで射程だけが伸びる装備をくれるわけじゃないし、良い装備を集めていけばおのずと数値が良くなる。


 とはいえ、ここまで初期職レベル20分の強化ポイント『100』と、第2職レベル12分の『120』、合計『220』をすべて射程に振っているんだ。

 バランスよく鍛えた人には、攻撃防御もろもろ劣っていると考えた方が良い。


 陣取りで俺が従う自分ルールは『後衛に徹すること』だ。

 たくさんの人と一緒に戦う以上、危険を冒して前に出る必要はない。

 ソロで遊びすぎて忘れているが、『弓使い』は後衛職なんだ。

 前衛のプレイヤーたちが前で頑張ってくれている間に、後ろからバシバシ敵を減らすぞ。

 キルだけには自信があるからな。


『ワープまであと10秒……9……8……』


 おっと、時間配分をミスってスキルの確認ができなかった。

 まあ前日に一回確認してあるし、腕試しのコロシアムからそんなにスキルは変わっていない。

 基本的に戦法は変わらないだろう。基本的には……な。


『ゼロ!』


 一瞬で街の景色が消え、目の前に石造りの堅牢な砦が現れる。

 そして、無数のプレイヤーたちが並び立つ。

 バトルスタートだ。

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