第103話 マーシャの迷い

「ただいまー……って、どうしたんだ? マーシャ」


「ん……何でもない」


 部屋に戻ると、ごろりと寝転がったマーシャの姿があった。


 今は耳尻尾を晒したままなので、ひたすらだらけているように見える。


「何かあったのか?」


「何でもない」


「何でもないって顔でもないんだけどなぁ」


 レヴィはマーシャが寝転がるベッドの上に座ってから頭を撫でる。


「ん~……」


 気持ちよさそうに眼を細めるマーシャ。


 撫でられるのは心地いいらしい。


「隠し事をされるのは面白くないなぁ」


「駄目か?」


「駄目って訳じゃないけど、分からないようにして欲しい。ここまであからさまだと、問い質したくなるのは当然だろう?」


「まあ、それもそうか」


「それで、何があったんだ?」


「うーん。レヴィに言っていいものかどうか迷うんだけど」


「何だよそれ」


「あれ」


「ん?」


 マーシャがテーブルの上を指さす。


 そこには封筒が置かれていた。


 レヴィはその封筒を手に取る。


「中身を見てもいいのか?」


「出来れば見て欲しくないけど」


「どっちだよ」


「それが隠し事の内容だから。見て欲しくないって言ったら、見ないのか?」


「どうしても見て欲しくないっていうんなら、考えるけど」


「………………」


「マーシャ?」


「見て欲しくないけど、見せないままというのも後ろめたい」


「………………」


「そういう気持ちなんだ」


 どうやらなかなかに複雑な気持ちになっているらしい。


「じゃあ見る」


 迷っているのなら見る。


 レヴィは封筒を開く。


 そして中に入っていた資料を取り出した。


「………………」


 そこにあったのはトリスの資料だった。


 ついさっきまで一緒に居た青年の写真。


 レヴィが見た時よりもずっと荒んだ眼をしている。


 これがあのトリスだとは信じたくない。


 しかし本人に会っているので信じない訳にもいかない。


「ファングル海賊団……ねぇ……」


 そして今のトリスはファングル海賊団の頭目をしているらしい。


 犯罪街道まっしぐら。


 はっきり言って今すぐにでも引っ張ってきて止めたいところだ。


 しかし口で言っても聞き入れないだろう。


 それはトリスと多少なりとも会話をしたからこそ分かる。


 彼はもう、戻れない場所に立っている。


 少なくとも、決着を付けるまでは戻れないだろう。


「マーシャの用事はこれだったのか?」


「うん」


「この情報は、リーゼロックのものか?」


「よく分かったな」


「当然だろ。あのクラウスさんがトリスをあのまま放っておく訳がないからな。常に情報を仕入れられる状態にしてあるってことは予想出来る」


「うん。トリスの活動資金はほとんどお爺さまが出している。ファングル海賊団が略奪の少なさに較べて資金に余裕があるのは、リーゼロックの財力のお陰だな」


「……いいのかよ。下手をするとリーゼロックが大打撃だぞ」


 海賊団に手を貸しているとなると、如何にリーゼロックが強大な権力を持っていても危ない。


 しかしマーシャは不敵に笑った。


「資金の出所がバレるようなヘマはしないよ。そのあたりはお爺さまも考えている。トリスもあからさまにリーゼロックを巻き込むと分かっていたら、そのお金は使わなかった筈だからな。トリスが今でもお爺さまの財力に頼っているのは、お爺さま自身の願いを裏切らない為だ。必要以上の犯罪は行わない。トリスはお爺さまとそう約束したんだ。だからトリスとファングル海賊団はエミリオン連合軍しか狙っていない。民間の船からの略奪は一切行っていない」


「なるほどな……」


 変わり果ててしまったと思ったが、変わっていない部分もある。


 いや、大切な部分だけは変わっていないのだろう。


 自分を想ってくれている相手との約束を裏切れない。


 本当にトリスが堕ちてしまったのなら、そんな約束などとっくに破り捨てている筈なのだ。


 クラウスの想いを、未だに大切にしてくれている。


 財力で頼ることを遠慮しないのは、その約束を守る為なのだろう。


「なんっつーか、相変わらず不器用な奴だな……」


「うん」


「随分様変わりしていたけど、相変わらず脆そうだったし」


「………………」


「マーシャ?」


「まるでトリスに会ったみたいな言い方だな」


「いや、ついさっきまで一緒に居たぞ」


「っ!?」


 がばっと起き上がったマーシャがレヴィの胸ぐらを掴み上げる。


 いきなりそんなことをされたレヴィはかなりびっくりしてしまうが、毛を逆立てた猛獣に逆らうほど愚かではない。


「お、落ち着け。偶然だから。別に狙い澄ました訳じゃないから」


「う~……」


「か、噛みつくなよ?」


 今にも噛みつきそうな表情で睨んでくるマーシャにそんなことを言う。


 逆効果かもしれないが、本当に噛みつかれそうな気がしたのだ。


 肉食獣に噛みつかれたら洒落にならない。


「詳しく言わないと、首に噛みつく」


「吸血鬼かっ!」


「血の滴るレア肉も美味だよな」


「怖いわっ!」


 吸血鬼じゃなくて生肉好物の肉食獣だった。


 恐ろしすぎる。


「いや、本当に偶然なんだってば。屋台で蟹食ってたら偶然トリスが飯を食いに来たんだ。で、飯を奢ってやった」


「……本当に嫌になるぐらいの偶然だな。しかも、奢ってやったのか」


「そりゃあ、あんな姿を見せられたら飯の一杯ぐらいは奢ってやりたくなるだろう」


「……あんな姿って。そんなに酷かったのか?」


「すげー荒んだ眼をしてたな」


「………………」


「でも俺と別れる頃にはちょっと昔に戻ってたぞ。いろいろ話も聞いたけど、なかなか大変そうだった」


「どんな話をしていた?」


「屋台だからなぁ。大雑把なことしか話せなかった。でも、あいつが何か厄介なことをしようとしているのは伝わってきたけど」


「……だろうな」


「死ななければいいんだけどな」


「誰が死なせるか」


 きっぱりと断言するマーシャ。


 ということは、マーシャはトリスが何をしようとしているのか知っているのだろう。


「首を突っ込む気満々だな」


「当然だ。でもエミリオン連合軍を正面から敵に回すことになるからな。レヴィ達は一時的に船を下りてくれて構わないぞ」


「却下」


「……まあ、そう言うだろうと思ってたけど」


「当然。エミリオン連合を敵に回すとか、今更だろ」


「レヴィがレヴィとして戦えば、絶対に正体がバレるぞ。ついでに言うと手加減して勝てるような戦力差でもない。つまり、戦闘を切り抜けたとしても、政治的な身の安全は確保出来なくなる。それでもいいのか?」


「トリスを見捨てるよりはいい」


「そうか」


 はっきりと言うレヴィ。


 本当に変わらない。


 誰かを助ける為に、自分が危険に晒されることを受け入れている。


 自己犠牲、とは少し違うのだろう。


 ただ、譲れないものがあるだけなのだ。


 その為に自分の安全をある程度無視出来る。


 譲れないものを自分の安全の為に譲ってしまったら、自分自身ではいられなくなる。


 それでは生きていても意味が無い。


 それは誇りとか、矜持とか、そういうものなのだろう。


 だからこそマーシャはそれを尊重したいと思う。


「レヴィの気持ちは分かったけど、他はどうなんだろうな。シルバーブラストの機能をフルで使う予定だからシオンは一緒に来て貰うとしても、オッドやシャンティは本人達の同意を得ずに巻き込む訳にはいかないだろう」


「問題無いと思うぜ。あいつらもそういったことは気にしないと思うし」


「まあ、一応確認はしないとな」


「そうだな」


 オッドはレヴィ一人を危険に晒すことは絶対に了承しないだろうし、シャンティも電脳魔術師サイバーウィズとしての能力をフルに発揮出来る戦場から逃げる理由は無い。


 可愛い顔をして、恐ろしいぐらいに肝が据わっている少年なのだ。


「トリスはずっとエミリオン連合軍を襲っている。それはファングル海賊団のメンバーの復讐心を満たす為でもあるけれど、ずっと情報を追っていたんだ」


「情報?」


「セッテ・ラストリンド」


「誰だ?」


「エミリオン連合が密かに匿っている研究者だ」


「………………」


「研究対象は、亜人。私達の身体能力や、その他の能力を人為的に引き出す為の研究をしているらしい」


「つまり、自分の身を守る為に?」


 或いは、生き残ったマーシャの身を守る為にそうしているのだろうか。


「違う。身を守る為なら、トリスは飛び出したりはしなかった。私を守る為なら、傍に居た方が確実だからな」


「だろうな」


 トリスは自分のことよりも、マーシャのことを一番に考える少年だった。


 だからこそ、マーシャの傍を離れてまで成し遂げたいことは、自分以外の理由に関わっているのだろう。


「ジークスを覚えているか?」


「当然だろ」


 マーシャとトリス、そしてレヴィが始めて出会った場所。


 多くの仲間の死体が横たわる場所で、彼らは出会い、そして助けられた。


 レヴィがいるからこそ、今の自分達が在る。


 マーシャはトリスと同じぐらいにそれを実感している。


 だからこそ、レヴィにあの光景を思い出させるようなことはしたくなかったのだが、そこを理解させないと話が進まないので、今回はやむを得ない。


「あの時エミリオン連合軍は、亜人の子供の遺体を回収する命令も受けていなかったか?」


「……受けていたな」


 実際には生きている子供がいた場合の引き渡し命令だが、レヴィはそれを無視してマーシャ達を助けた。


 こっそりと連れ出してから、ロッティへと向かい、クラウスへと出会わせることが出来た。


 生き残りはレヴィの知る限りマーシャ達だけだったので、他にも誰かいたのなら、今も実験体にされているのだろうか。


「違うよ。生き残りが居たのなら、トリスは後先考えずに飛び出して、何が何でも助け出している。あいつはそういう奴だ」


「………………」


「だけど、そうじゃない。ある意味では、それよりもっと酷い」


「もっと酷い……?」


「セッテ・ラストリンドが保有しているのは、あの時周りに居た仲間達の死体だ。つまり、私達の元同胞」


「なんだって?」


「セッテは私達の仲間の死体を切り刻んで、実験しているんだよ。亜人の子供の身体を隅々まで解剖して、弄んで、実験を繰り返している」


「………………」


 レヴィの奥底ではらわたが煮えくりかえる感情が湧き上がってくる。


 マーシャの声もかなり険しい。


 考えただけで胸くその悪くなる話だった。


 そしてそれを知ったトリスがどんな行動に出るか。


 そんなことは考えるまでもなかった。


「トリスはそれを知っているのか」


「当然だ。その光景を目の当たりにしたんだからな。七年前に、自分の目で、直接」


「………………」


「レヴィと別れてから、私達はリーゼロックで平穏に暮らしていた。こんな生活がずっと続いて、なりたい大人になれるんだと、私は信じていた。トリスはそんな自分に戸惑いながらも、今を受け入れようとしていた。迷ってはいたけれど、それでも私の為にそれを受け入れようとしてくれていたんだ」


 マーシャは自分がトリスの足枷になっていることを自覚していた。


 自分がトリスを縛っていることを、誰よりも理解していた。


 自由を望んだマーシャ自身が、誰かを縛り付けている。


 それは気分のいいものではなかったが、それがトリスを護ることに繋がるのなら、敢えて受け入れようと決めていた。


 しかしセッテ・ラストリンドがトリスを誘拐したことで、全てが変わってしまった。


 いや、壊れてしまったというべきか。


 不安定な状態で仲間の無残な姿を目にしてしまったトリスは、その心を完全に壊してしまった。


 仲間の遺体を取り戻すまで、トリスは止まれない。


 止まることを、自分に許さない。


「なるほど、な。過去を清算しないまま、未来に目を向けることは出来ないということか。俺とは真逆の生き方を選んだんだな」


 同じ経験をしながらも、真逆の生き方を選んだトリス。


 かつて自分が保護した少年が、同じ道を辿り、そして違う道を選んでしまったことを寂しく思った。


 それでも、トリスらしいと思ってしまったのだ。


 そして共感してしまう。


 レヴィもトリスも、一度は全てを奪われた。


 しかしレヴィは未来に目を向けている。


 過去に縛られるよりも、未来を生きることを選んだ。


 それは死なせてしまった部下達は取り戻せないと分かっているからだ。


 レヴィだけが復讐に走ったとしても、エミリオン連合軍には何の影響も与えられないことを理解しているからだ。


 だからこそ、未来に目を向けるしかなかった。


 足掻いたところで取り戻せないのなら、そうするしかなかったのだ。


 しかしトリスは違った。


 命は取り戻せない。


 仲間も取り戻せない。


 それでも、遺体だけは取り戻せる。


 何よりも、弄ばれ続ける仲間の遺体をそのままにはしておけなかった。


 レヴィの部下の遺体は丁重に葬られていることだろう。


 家族の元に返され、きちんとした手続きを経て、それぞれの墓に入っていると思う。


 だからこそ、それ以上出来る事は無かったのだ。


 しかしもしも部下の遺体が今でも切り刻まれ、実験に利用されているとしたら、どうしただろう。


 やはり、そのままにはしておけなかっただろう。


 生き残った者の責任として、取り戻すことは出来なくとも、跡形もなく消滅させて、これ以上利用させないようにするだろう。


 トリスも同じ気持ちなのだ。


 だからこそ止められない。


「あいつは、相変わらず優しいんだな」


 自分の為ならそこまで出来ない。


 マーシャを託せるクラウスという存在があって、自分は仲間の遺体を取り戻すことに全ての人生を賭けられる。


 そういう状況があったからこそ、トリスは飛び出していったのだろう。


「うん。トリスは優しい。優しすぎるからこそ、いつも苦しんでる。私は、あいつをあのままにしておきたくない。ちゃんと、救われて欲しいんだ。笑って欲しい。幸せになって欲しい。私のエゴだって分かっているけど、それでも放っておけないんだ」


「そうだな。俺も同じ気持ちだよ」


 トリスに幸せになって欲しい。


 これ以上苦しんで欲しくない。


 それはレヴィも同じだった。


 しかし今のトリスにその気持ちは届かない。


 復讐と、そして決意に塗り潰されているあの青年に、堕ちていない者の言葉は届かない。


 だからこそ、どうしたらいいのか分からないのだ。


「トリスを助ける。あと、亜人の遺体も取り戻す。基本方針はそれでいいか?」


「いいけど、あっさり言うよな。どれだけ難易度が高いか、ちゃんと分かってるか?」


「もちろん。ついでに言うと俺たちには不可能じゃないと思っているからこそ、あっさり言ってるんだぜ」


「その根拠は?」


「分からないか? 俺たちが全員揃ってるんだぜ。宇宙空間における戦闘で不可能があるとは思えないね」


「………………」


 言われてみればその通りだった。


 もちろん、正面から挑んで余裕で勝てるという意味ではない。


 戦闘能力だけではないのだ。


 リーゼロックの技術とマーシャの頭脳、そして天才であるヴィクター・セレンティーノの頭脳を用いた最新鋭の宇宙船であるシルバーブラスト。


 その機能を最大限に発揮出来る電脳魔術師サイバーウィズであるシオン。


 天弓システムに、軍艦にすら侵入出来る電脳魔術師サイバーウィズとしてのスキル。


 最強の電脳魔術師サイバーウィズに経験豊富なシャンティが加われば、強烈なタッグとなるだろう。


 更に軍艦すらも一撃で撃墜出来るマーシャの操縦技術とシルバーブラストの必殺技であるアクセルハンマー。


 一人で多数の戦闘機を相手取れる『星暴風スターウィンド』とその能力をフルに発揮出来る最新鋭の戦闘機であるスターウィンド。


 レヴィの動きを誰よりも的確にサポート出来る砲撃手のオッド。


 単純な戦闘から電脳戦までなんでもこなせるのが今のマーシャ達なのだ。


 これほどまでに凶悪な少数精鋭も珍しいだろう。


「更に言えばリーゼロックの力も借りられるだろう? こっそりPMCの連中を呼ぶのはどうだ?」


「……いくら何でもそれは不味い。リーゼロックPMCは表向きも活動している民間企業だぞ。ただでさえ戦争屋として悪名も響いているんだ。今はまだエミリオン連合軍とやり合えるほど権力基盤が固まっていない。リーゼロックは生き残れるかもしれないが、PMCの方は潰される可能性が高い」


「いや、何も堂々と力を貸して貰えとは言ってないぞ」


「え?」


「リーゼロックは宇宙船や戦闘機も造っているんだろう?」


「そうだけど」


「だったら未公表の宇宙船や戦闘機もあるんじゃないか? それこそ、最新鋭の軍艦にも登録されていないような識別不可能アンノウンの宇宙船や戦闘機も」


「……ある」


 レヴィが何を言いたいのか理解したマーシャは真っ青になりながらも、有効な手段だと判断した。


 リーゼロックの宇宙船開発部門で製造している宇宙船や戦闘機は、常に公開しているものばかりではない。


 性能がピーキーすぎて売り物にならないものも多数存在する。


 そういったものは一部の仕事で利用したり、解体待ちに回されたりするのだが、それらはすぐに行われない。


 その多くは倉庫で眠っていたりもするのだ。


 特にマーシャとヴィクターの思いつきを詰め込んだ曰く付きの宇宙船や戦闘機もあって、それらは安全基準を満たしていないという理由でお蔵入りになっている。


 リーゼロックの安全基準は満たしているのだが、エミリオン連合が定めた安全基準からは外れてしまっているのだ。


 エミリオン連合の安全基準を満たしていなければ、売り物には出来ない。


 少なくとも、買い手を見つけるのは一苦労だろう。


 エミリオン連合と敵対している国なら喜んで買うかもしれないが、そういった取引にはエミリオン連合も目を光らせている。


 真っ当な取引ならば邪魔をさせないことも出来るが、安全基準を逸脱している商品を売りさばこうとすると、どうしても邪魔をしてくるのだ。


 だからこそ、それらの機体はお蔵入りとして、時々PMCのメンバーの訓練で使われたりするのだ。


「じゃあそいつで決まりだな」


「レヴィ」


「ん?」


「私は今までレヴィはちょっとアホなお人好しだと思っていたんだけど」


「……アホは余計だ」


「でも、悪巧みさせると凶悪だってことが分かった」


「えらい言われようだ」


 トリスを助ける為に必死で知恵を絞っているのに、悪知恵だと言われたら報われない。


 しかし国にも影響を与える大企業相手に、エミリオン連合軍相手の犯罪行為を唆しているのだから、否定は出来ないだろう。


「でも、惚れ直した」


「そうかそうか。じゃあもっふもふだな♪」


 えらい言われようだが、もふもふ一つで機嫌を直すあたり、アホであることに間違いは無い。


 レヴィは大喜びでマーシャに抱きついてから尻尾をもふもふする。


 先ほどまでの悪巧みを発案した当人とは思えないほどに緩んだ表情だ。


 マーシャもレヴィに身を委ねてから尻尾を好きにさせておく。


 先ほどまで悩んでいたのに、レヴィが居てくれるだけでなんとかなるような気がしてくるのだ。


 いくら感謝しても足りないぐらいに安らいでいた。


「レヴィは不思議だな」


 ぎゅっと抱きついてからマーシャが呟く。


「ん? 何がだ?」


「色々、不思議だ」


「……意味が分からないぞ」


「別に、分からなくてもいいんだ。ただ、私がそう感じるだけだから」


「……謎すぎる」


 好きだという気持ちだけではない。


 こんなにも不安だった気持ちが根拠もなく安らいでいく。


 だからこそ不思議だった。


 どうしてなのだろう、と考えることすらしない。


 ただ、そういうものなのだと考える。


 人の想いに明確な根拠を探すのは無粋だ。


 考えるよりも、感じる。


 それこそが大事なのだ。


「おお、もふもふしたらいろいろ名案が浮かんできたぞ」


「……限りなく胡散臭いと言いたいところだけど、レヴィの場合本当にそれで名案が浮かびそうなのが怖いな」


 尻尾を撫で回す手は加速している。


 絶好調のもふもふ手つきだった。


 本当に名案が思い浮かんだのかもしれない。


「エミリオン連合軍がこっちに集結しているんなら、向こうの軍艦へのバックドアを構築しておこうぜ。シルバーブラストのステルス機能を最大限にしてからギリギリまで近付いて、シオンとシャンティで集まっている軍艦の管制頭脳に侵入しとくんだ。で、本番でいつでも侵入して機能を狂わせるようにしておけば、だいぶ違うんじゃないかな。ついでに言えば管制頭脳を口説いて作戦内容とか、戦闘機の戦力詳細も分かるかもしれないし」


「……確かに可能だろうけど、よくもまあそんな凶悪なことを思い付くなぁ」


 通常、戦闘時における電脳魔術師サイバーウィズの使い方は、戦闘が始まってからの管制頭脳侵入だ。


 海賊達の常套手段がそれにあたるが、当然、軍艦もそれに応じた防壁を構築している。


 軍用の管制頭脳は簡単には侵入されないように強化されているし、仮に侵入されてもけたたましい警報を鳴らしてから人間の手によるネットワーク遮断が可能になっている。


 自分が機能不全に陥った時は、人間による手動操作が可能になっているのだ。


 しかしそれも管制頭脳が気付かなければ意味が無い。


 管制頭脳に気付かれないようにこっそりと侵入する、あるいは管制頭脳を口説いてからこっそり入れて貰うという手法を取れば、軍艦の戦力は半減させられる。


 戦闘機の管制頭脳は危険回避以外は操縦者の手動に任せられているのでそういったことは出来ないが、システムの大部分を管制頭脳の処理能力に頼っている軍艦相手ならば問題無く使える手段なのだ。


 そして前もってバックドアを作成しておけば、戦闘中という厄介なタイミングで大変なことをしなくても、すぐに罠を発動させることが出来る。


 凶悪極まりない提案だった。


 マーシャがややドン引きしながらレヴィを見る。


「なんだよ、その顔は」


「いや。レヴィは敵に回すと怖いなと思っただけだ」


 味方で居てくれる間は心強いが、敵に回すと実に恐ろしい。


 しかも自分で恐ろしい提案をしている自覚が無いのがより恐ろしい。


 凶悪だという自覚が無い分、恐ろしさもより増している。


「ひでえなぁ。俺としてはトリスを助ける為に最善の提案をしているだけなのに」


「いや、感謝はしている」


「そう思うならもっと感謝している表情で言ってくれ」


「もっともふっていいぞ」


「よしきたっ!」


 表情よりももふもふの方が効果的だった。


 レヴィの手つきが一気に加速する。


 この後マーシャは動けなくなるまでレヴィにもふもふされるのだった。

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