第100話 トリスとレヴィ

「うお。この蟹めちゃくちゃ美味いなっ!」


 マーシャがトリスのことで頭を悩ませている時、レヴィは一人でのんびりと食事をしていた。


 ブレヒト蟹は惑星ブレヒトで有名な美食材だが、まさかコロニーで食べられるとは思わなかった。


 屋台で軽く飲みながら、ブレヒト蟹にかぶりついているのだが、屋台とは思えないぐらいに美味しい。


 いや、これは屋台に失礼だが、どうしても店の雰囲気からして、美食とはかけ離れたイメージがあるのだ。


 もちろん、屋台には屋台の良さがある。


 しかしレヴィの知る限り、ブレヒト蟹は高級料理店で出てくる代物の筈だ。


 だからこそこのような屋台で食べられるとは思わなかったらしい。


 まあ、屋台と言ってもブレヒト蟹なのでお値段はそれなりだったが。


 しかし美味しい。


 次々と胃袋に入っていくブレヒト蟹。


「満足したかい、兄ちゃん」


 屋台のおじさんが美味しそうに食べるレヴィを見て声を掛けてくる。


 自分の作ったものをこれほどまでに美味しく食べて貰えるのを見るのは、料理人として嬉しい気持ちになるのだろう。


「うん。美味い。おっさん、料理上手だな」


 レヴィは素直に料理の腕を賞賛する。


「そりゃあ、料理が下手だったら店なんて開いてねえだろ」


「それもそうだな。ただ、俺の知るブレヒト蟹は高級料理店でしかお目にかかれない代物だったと思うんだけど、クレイドルじゃ違うのか?」


「基本的には違わない」


「基本的には?」


「こんな高級食材をこんな小汚い屋台で出す奴は俺ぐらいのものってことさ」


「自分ではっきり言うなぁ」


 小汚いことは確かだ。


 しかしそれは古さと雰囲気も含まれているので、決して不衛生という訳ではない。


 飲食屋台なだけあって、衛生管理はしっかりしていることが分かる。


 だからこそレヴィも安心して立ち寄ったのだ。


「事実だからな。食材ランク的には間違っても屋台で扱っていいものじゃない」


「じゃあなんでおっさんは扱ってるんだ?」


「そりゃあ、店主がどんな食材を仕入れようと自由であるべきだろう?」


「そりゃそうだ。しかし値段も屋台にしては高いけど、高級料理店よりはずっと安いよな」


「この店で高級料理店と同じ値段だったら客が来ないだろ」


「それもそうだな」


「単に仕入れの伝手があるだけだ。クレイドルはブレヒトからかなり近いからな。蟹の輸入も行っている。で、蟹の輸入を担当している会社の社長は俺の友達なのさ」


「ああ、なるほど」


 つまり優先的に食材を回して貰えるということだ。


 確かにそれならばこの価格での提供も納得出来る。


 身内から流して貰っているのならば、安定した数も確保出来るし、値段の変動も最低限で済むだろう。


「それなら尚更高級料理店でもやればよかったのに。おっさんの腕なら出来そうだけどな」


 高級料理を食べ慣れている訳ではないレヴィだが、それでもこの屋台で出される料理の味は絶品だった。


 料理の腕が確かなのは間違いない。


 少しアレンジすれば高級料理店でも十分に通用するだろうと思っている。


「お上品な雰囲気は苦手なんだよ」


「そうなのか?」


「ああ。こうやって適当に砕けた雰囲気の料理の方が性に合ってる。居酒屋でも良かったんだが、気に入った土地が見つからなくてな。じゃあ屋台でいいかということになった」


「ふうん。でも屋台だと出来る料理が限られるんじゃないか?」


「そこは自宅で仕込んでおけば問題無い。まあ、提供出来る料理の種類は限られるが、客のリクエストがあれば自宅で仕込んでからこっちで仕上げることも出来るしな」


「なるほど。自宅の料理設備はしっかりしているってことだな」


「当然。といっても、この車もそれなりにしっかりした設備を入れているけどな」


 屋台の足として使っているのは業務用の移動販売車だった。


 大きさは中型トラック程度だが、設備は小さくともかなりしっかりしているらしい。


 車の外に簡易的な飾りを施して、古びた屋台に見せている。


 小汚い雰囲気にしているのはわざとだろう。


 そういう雰囲気を好む客もいるので、それに合わせているのだ。


 レヴィもそういった雰囲気を好む一人だった。


「うん。まあ、俺としても意外なところで美味いものが食べられて満足だけどな」


「そう言ってくれる客がいるから屋台はやめられないんだよな。というよりも、料理の好みが高級料理店向けじゃない。臓物の煮込みとかたまに作りたくなるしな」


「なるほど。それ、今日もある?」


「おう。あるぞ」


「じゃあそれも追加で」


「よしきた」


 確かに臓物の煮込みなどは高級料理店では出せないだろう。


 しかし嵌まる味であることは確かなのだ。


 少ししてから椀に盛られた臓物の煮込みを食べる。


 臓物の濃厚な味わいと、とろりとした食感。


 これを不快だと思う人間も確かにいるだろう、癖の強い味。


 しかしそれは逆を言えば癖になる味ということでもある。


「美味いなっ!」


 そしてレヴィは癖になる方の人間だった。


「わははは。そうだろうそうだろう。俺の一番の得意料理だからな。ちなみに隠し味はブレヒト蟹の蟹味噌だ」


「最高じゃんかっ!」


 確かにそれは美味い筈だ。


 しかも他では食べられない味だ。


「うーん。これ、マーシャの土産に持って帰りたいなぁ。でもあのホテルで臓物の煮込みを食べるのは冒涜のような……」


「どのホテルなんだ?」


「うん。あのホテル」


 レヴィはここからでも見える高層ホテルを指さした。


 クレイドルで一番の高級ホテルなので、それだけで分かりやすい。


「あー、なるほどな。そりゃあ無理だろう」


「やっぱり?」


「こいつは香りも強烈だからな。チェックアウトした後にホテルの従業員から盛大な恨みを買うことになるぞ」


「それは遠慮したいな……」


「その彼女もここに連れてきてやればいいじゃないか。サービスするぜ」


「それもありか」


「しかしその彼女は臓物の煮込みとか喜んで食べるタイプなのか?」


「問題無い。俺も勝てない肉食獣だから」


「自分の彼女に対してすげえ物言いだな」


「まあそこが可愛いんだけどな」


「惚気るな」


 肉食獣であることは間違いない。


 しかし可愛いことも間違いないのだ。


 堂々とデレるレヴィに対して、店主は呆れた視線を向ける。


 しかし自分のお気に入り料理を美味しそうに食べてくれる客であるレヴィには好感を持ったようだ。


「はあ~。食った食った~」


 レヴィは満足そうに腹をさすりながら息を吐く。


 美味しいものをたっぷり食べて、美味しい酒もほどよく飲んで、気分がふんわりとしている。


 かなり上機嫌だった。


 このままホテルの部屋に戻ってのんびりと寝るのは幸せな未来だと考える。


 マーシャが戻っていたら抱きしめてもふもふしながら、幸せな眠りにつけることだろう。


「うーん。そうだなぁ。そろそろ戻るかな~」


 そんな気分になったところで、新たな客が入ってきた。


「おう、いらっしゃい」


「適当な酒と、臓物の煮込みを頼む」


「おう。兄ちゃん。お気に入りのメニューだな」


「ああ。あれは美味い」


「そう言って貰えると嬉しいね」


「………………」


 自分の横に座った青年の顔をまじまじと見つめるレヴィ。


 その表情は衝撃で固まっていた。


「……?」


 自分をまじまじと見つめる視線に気付いた青年が怪訝そうにレヴィの方を向いた。


「な……」


 そして青年の方も固まった。


 同じように大きな衝撃を受けた表情だ。


「………………」


「………………」


 固まったままお互いの表情を見ている。


 レヴィの方は青年を。


 青年の方はレヴィを。


 信じられない、という表情でお互いを見ている。


「トリス……?」


「………………」


 トリスと呼ばれた青年はしばらく答えられなかった。


 しかし荒みきったアメジストの瞳を僅かに歪めてから、そして懐かしい名前を呼んだ。


「レヴィアース……さん……」


 それは泣きそうなぐらいに弱々しい声だった。

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